彦崎貝塚出土の骨角器のうち、今回報告するのは78 点で、3001~3078 までの通し番号を付した。このうち8 割以上を貝製品が占めている。骨角製品については釣針と刺突具が大半を占める一方、装飾品とみられるものは垂飾1 点のみである。牙製品はいずれも器種不明である。貝製品はそのほとんどが貝輪とその未成品であるが、2 点の有孔貝製品が出土していることも注目される。報告の対象としなかった資料中には、加工痕のある鹿角や打ち割られた貝破片などがある。計測値など基本的情報については属性表を参照されたい。
3001~3005 は釣針である。3001は鹿角分岐部を利用した板状素材から鉤形に切り出した段階の未成品であるが、針先相当部を欠損している。器体の断面は角ばっていて一部鹿角表面の凹凸が残り、切断痕も何箇所かみられる。外縁のラインは鋭角にはっきり屈曲している。3002はかなり長い棒状の軸部で、屈曲部から先を折損している。器体の研磨が完了しておらず断面が不整円形であること、頭部に糸掛けの加工がみられず切断痕が残ることから、これも未成品だと推測しておきたい。3003~3005はいずれも破損しているが、器体の研磨の状態からみて完成品であろう。3003は軸から屈曲部にかけての破片で、表面はよく研磨されている。裏面には一部海綿質を残す。3004、3005は頭部破片である。頭部はノブ状の突起になっている。渡辺による釣針のサイズの分類基準によれば(渡辺1973)、未成品2点はいずれも長さが7cmを超える「極大形」にあたり、3004も軸の太さから同様のサイズだったと推測される。やや細身の3003も長さが5cmを超える「大形」に相当するのは間違いなく、3005も同程度の太さの軸をもつ。したがってこれらの釣針は全て大形ないし極大形に分類される可能性が高い。
3006は上部を欠損するヘラである。非常に丁寧に磨かれて薄く作られており、縦方向に多くの擦痕がみられる。上部にかけてやや幅が細くなっており、上端には黒色物の付着がみられる。
3007は鹿角斧である。鹿角先端の内側を小さく斜めに切断して刃部を作っている。基部は折り取りの痕が残り、着柄用の加工は特にみられない。器体表面には鹿角の凹凸を残すが、刃部は著しくよく磨かれ、縦方向の擦痕がみられる。切断面の反対側の外面も磨かれており、刃部先端は小さく欠けて凹んでいる。
3008~3011は骨製の刺突具ないしヤスであるが、両者の区分は必ずしも厳密なものではない。明確な着柄用の加工はみられない。3012、3013はエイ尾棘製のヤスの先端部と基部の破片である。いずれもほぼ素材の形状を利用している。
3014はサメ類椎骨製の垂飾である。中央に径0.4cm の孔が貫通している。
3015~3017は板状に磨かれたイノシシ牙製品である。破損していて全体形は分からないが、長方形もしくは弧状であったと考えられる。残存部分には明確な刃部や使用痕はみられない。装飾品もしくはヘラ状製品の破片であろう。3018はイノシシ牙の先端部である。
フネガイ科の貝を素材とした貝輪の完成品・未成品が貝製品の大半を占めているため、一覧表(Table 10)における観察項目の内容もそれに準じたものになっている。項目設定にあたっては忍澤によるフネガイ科の貝輪素材についての研究を参考にした(忍澤2005)。残存状態は、背縁・前縁・腹縁・後縁をそれぞれ4分の1とみなし、貝殻全周の何分の一程度残っているかを表した。蝶番部の破片については蝶番部とのみ記したが、もとより4分の1以下の場合が多い。放射肋の数はフネガイ科の種同定において重要な属性であるが、個体による変動があることと、考古資料の場合破片が多いこともあり、常に有効とは限らない。破片の場合はカッコに入れ、研磨が著しい等の理由で計数不能な場合は×で示した。放射肋と肋間の幅の比については、肋>溝、肋=溝、肋<溝の3通りに区分して記載した。貝輪のサイズは、素材の推定はもとより、使用の問題を考える上でも非常に重要な属性である。貝類の大きさを記述するには、殻長・殻高・殻幅等の用語と計測位置が定められているが、製品としての貝輪を考える上ではこれだけでは十分ではない。殻頂部を上にして貝輪を置き、外径と内径についてそれぞれ長径と短径を計測した。このためフネガイ科については殻長方向が長径、イタボガキでは殻高方向が長径となっている。高さは貝輪を置いた平面からの最大距離とした。貝輪のリング幅は、比較のため可能な限り腹縁部で計測するようにした。厚さは、貝種の同定基準にもなることから腹縁部での最大厚とし、腹縁部を完全に欠く場合は参考値としてカッコに入れて記載した。貝輪の加工状態については、外縁・内縁・表面のそれぞれについて以下のように区分して記載した。
1 加工なしか、粗く打ち欠いている。
2 丁寧に打ち欠いている。粗い研磨が施されている可能性もある。
3 明らかに研磨が施されているが、途中ないし部分的である。
4 全面に研磨が施されて平滑になっている。
④ 抉りを入れて外縁を波状にしている。
記述に当たっては、1 の粗い打ち欠きを「打ち欠き」、2 を「調整」、3・4 を「研磨」と呼称し、これらを総称して「加工」と呼ぶことにする。
3019、3020はイタボガキの右殻に2 箇所穿孔した有孔貝製品である。実測図では殻頂部を左側に置いている。3019 の孔は径1.1cm×0.8cmの不整楕円形と径0.6cmの略円形で孔の間の距離は1.3cmである。3020の孔はそれぞれ径1.1cm×0.8cm、1.0cm×0.7cmの不整楕円形で孔の間の距離は0.7cmである。いずれも孔の周囲に擦れた痕跡等は見出せなかった。これらの有孔貝製品の類例等については考察編で触れる。
3021はイタボガキの右殻製の貝輪の完成品である。内外縁は滑らかに研磨されており、表面も平滑である。これは番外人骨に付帯していたもので、人骨とともに調査以前に高橋護によって採集されていたものとのことである。3022~3078は全てフネガイ科の貝を素材とする。フネガイ科の貝で貝輪の素材となるものとしては、サルボウ・アカガイ・サトウガイが知られており、忍澤による現生貝標本の計測に基づいた判定基準が示されている(忍澤2005)。特に内湾性のサルボウ・アカガイに対して外洋性のサトウガイは生息環境が異なっていることから、同定の重要性が指摘されている。まず、彦崎貝塚出土資料のうち完形もしくはそれに近い資料について、素材の推定を行ってみたい。放射肋数については、一般的にサルボウが32本内外、サトウガイが38本内外、アカガイが42本前後とされているが、若干の個体差がみられる。全周を残す3点についてみると、3022は放射肋数が34本で、3023は34 本、3024は33本である。またほぼ半分が残存する3025は32本前後と推測される。いずれもサルボウと判断していいだろう。問題になるのはその大きさで、3022の場合、殻高は9.4cm、推定される殻長は11cm以上に達する。忍澤の計測データによるとサルボウは殻長3.3~8.4cmの範囲にあるが、殻長7.0cmを越えるものは少なく、9.0cmを越えるものはほとんどないという。しかし、生息環境等によってはサルボウでもこのサイズにまで成長する場合があったのではないだろうか。3029は放射肋が31本残存しており、本来の放射肋数は35本前後だった可能性があるが、これもサルボウの変異の範囲内として捉えておきたい。蝶番部を除く大部分が残存する3033の放射肋は30本が数えられ、やはりサルボウとするのが妥当であろう。このように半分程度以上残存する資料については、全てサルボウ製である可能性が高い。明確に異なる特徴をもつものはないため、他の資料についても全てサルボウ製であると推測しておく。なお、今回分析した彦崎貝塚出土資料では肋幅が肋間より広い傾向があり、忍澤の示したサルボウ右殻の特徴からは逸脱している(忍澤2005)。ただしこの属性には個体差がみられることと、肉眼観察における誤差も考えられるため、サルボウ製であることを否定する根拠として十分であるのかどうかは、今後の検討に委ねたい。3022はサルボウの左殻の殻頂部を打ち欠いて小孔を開けており、前縁から腹縁にかけてを約2.5cm幅で取り除いている。腹縁の割れ口は、やや平滑である。また後縁側の表面は研磨されている。この遺物については、①貝輪未成品、②貝輪以外の製品の未成品、③組合せ式貝輪などの素材を取った後の残片、などの可能性が考えられる。しかし②・③については目的とする遺物自体が出土しておらず十分な説得力がないため、①の貝輪未成品とするのが最も妥当性が高い。殻頂部を小さく打ち欠いた製作の最初の段階に相当する。腹縁部の除去については、貝のサイズが必要以上に大きかったために行われたと考えることができる。ただしなぜこの時点で作業を放棄したかについては説明することが困難である。3023~3078はサルボウ製の貝輪とその未成品である。貝製の腕飾には環状をなすものと組合せ式のものとがあるが、端部の加工や穿孔をもつ例が存在しないことから、全て環状のタイプであったと考えられる。ただし明らかな未成品以外に完形品はみられず、全て破損していた。貝輪の未成品/完成品の区別については、明らかな完成品である人骨装着例でも必ずしも全面に研磨が及んでいるわけではなく、一律に判断することは難しい。例えば木村幾多郎は、丁寧に研磨されたものを生前使用された貝輪、研磨が粗いか行われないものを埋葬にあたって着装した貝輪だとする解釈を示している(木村1980)。しかし彦崎貝塚では人骨装着例がみられなかったことから、一応全面に研磨が及んでいるものを完成品とし、それ以外のものは未成品としてとらえておきたい。
3023、3024は殻頂部を打ち欠いた段階である。表面・外縁には研磨等の痕跡はみられない。3024の方が内孔が広げられており加工が進んでいるが、打ち欠きはより粗い。3024は後縁部に大きくヒビが入っているために廃棄された可能性が考えられるが、3050のようにヒビが入っていても加工が進行している例もあるため、断定はできない。3025はさらに内孔が広げられてい
るが、前縁部が破損している。内縁は平坦であり、研磨が加えられている可能性がある。3023~3025を比較すると、まず殻頂部付近を打ち欠き、次第に腹縁側へと内孔を広げていくことが分かる。
3026~3033は、外縁・表面に加工がみられない段階の破片資料である。内縁は全体的ないし部分的に平滑であり、丁寧な打ち欠きもしくは粗い研磨によって調整されたと考えられる。例えば3029は殻頂部から後縁にかけてを欠く資料だが、前縁部の内縁が不整なのに対して腹縁~後縁部の内縁は平滑である。殻頂部を欠く3033は内縁がほぼ全体に平滑になっている。内縁は1枚の平面を形成していないため、研磨が行われていたとしても、手持ちの小型砥石によるものだと考えられる。これに対して、3034 の内縁外側にはかなり明瞭に研磨が加えられている。この研磨部分は1枚の平面になっていることから、平坦な砥石の上に貝輪を置いて内縁全体を研磨したと考えられる。外縁・表面には加工の痕跡はみられない。
3035~3040は背縁の蝶番部の破片である。3038、3039は全体に磨耗が著しく判断が難しいが、研磨の痕跡が明らかな資料はなかった。3040は蝶番部の幅が3cm程度と非常に小型である。これよりは大きい3036、3037についても、せいぜい4~5cm程度であったと推測され、素材となった貝はおそらく3025と同程度のサイズであったと考えられる。
3041~3045は外縁にも調整が加えられている資料である。幅が広いもの(3041、3042)と著しく細いもの(3043、3044)、中間的なもの(3045)がある。ただし著しく細い2点については、一端が鋭く尖っていること、外縁の研磨が他3点に比べて丁寧であることなどから、貝輪未成品として同列に扱うことができるかどうか疑問も残る。
3046~3051は表面の研磨がみられる資料である。3048のみ外縁の調整がみられないが、他は全て内外縁とも加工されている。表面の研磨の度合いは、わずかに肋の凹凸を残すもの(3046、3047、3049、3051)、研磨が部分的だが平滑になるもの(3048)、全体に平滑で肋の凹凸がなくなっているもの(3050)がある。3050 は完成品としていいかもしれないが、腹縁内面の刻み目が残っている。3051はただ一つ幅が2.0cmを越えているが、厚さは0.2cmと薄い。
3052~3054の3点は、外縁に抉りを入れている資料である。3052は背縁から後縁にかけての破片である。背縁側の内縁は平滑であるが、後縁側では3箇所の浅い抉りが入っている。3053は浅い弧状の抉りが連続して3箇所入る腹縁部破片、3054は浅い弧状の抉りが4箇所一定間隔で入る前縁部破片である。これらの資料については、考察編でまた触れる。
3055~3063、3070~3078は完成品の貝輪破片である。貝輪の幅は、大まかに0.8cm前後を境に幅広で扁平な断面をもつタイプと幅細で棒状の断面をもつタイプとに分けることができそうであるが、明確に二分できるわけではない。3060は内縁が完全には研磨されておらず、表面にも一部肋間溝を残しているが、溝の残る部分は厚さ0.2cmとかなり薄くこれ以上研磨する余地がないことから、完成品であると捉えておきたい。3074は割れ口が明瞭ではなく薄く尖っている点から、破損品を再加工した可能性もある。
3056、3057、3061、3062、3072~3077は内縁の研磨部分が平面になっており、3034と同様に平坦な砥石の上で研磨したと考えられる。これに対して3058、3059、3063、3070の内縁は丸みを帯びた稜を形作る。平坦面を形成した後にさらに研磨を加えて丸く仕上げた可能性も考えられるが、平坦な砥石を用いない場合もあったと考えたほうが良いだろう。3071、3078の内縁はおおよそ平面に近いが、やや凹凸がみられる。
3064~3069は背縁蝶番部の破片である。腹縁部と違い幅は0.5~0.7cmの範囲にまとまっている。3064は外縁・表面が平滑になるまでは磨かれていない。3065~3069は完成品だと考えられるが、3065の表面は放射肋の、3068の外縁は腹縁内側の刻み目を、それぞれ残している。ただし厚さと幅を考慮するとこれ以上削る余地はほとんどない。内縁の研磨部分が平面になるのは3065、3067、3068の3点である。蝶番部の長さは、3068が約4.5cmで3025と同程度の大きさであるのに対し、3069は3.0cm程度と非常に小型であった。
(高橋健)
Fig. 144 Bone, antler, and tusk artifacts
Fig. 145 Shell artifacts
Fig. 146 Shell artifacts
Fig. 147 Shell artifacts
Fig. 148 Shell artifacts
Fig. 149 Shell artifacts
Fig. 150 Shell artifacts
[No.]
遺物番号を記入する。
[Fig.]
Figure 番号を記入する。
[Pl.]
Plate 番号を記入する。
[区―層]
遺物の出土した地区、層を記入する。地区、層位の表記については、Table 2を参照。たとえば、「1―2」は1 区2層出土の遺物であることをあらわし、「2―75cm」は、2区の地表から―75cmの深さから出土したことをあらわす。人骨付帯の資料については人骨番号を記入している。また、( )付きは、注記やラベルによる情報が不完全で、付帯の土器等から出土地区を推測したもので、不確実なものである。たとえば、「(1)」は1区出土と推測されるもの、「(1、5)」は1区または5区出土と推測されるものである。
[器種]
釣針、ヤスといった器種名を記す。
[状態]
残存状態を記す。未成品の場合もここに記載する。
[素材]
鹿角、陸獣骨など素材を記す。
[長さ(cm)]
長さを0.1cm 単位で記入する。
[幅(cm)]
幅を0.1cm 単位で記入する。
[厚さ(cm)]
厚さを0.1cm 単位で記入する。
[重量(g)]
重量を0.01g 単位で記入する。
[備考]
その他、注意事項を記入する。
Table 9 Catalogue of bone, antler, and tusk artifacts
[No.]
遺物番号を記入する。
[Fig.]
Figure 番号を記入する。
[Pl.]
Plate 番号を記入する。
[区―層]
遺物の出土した地区、層を記入する。地区、層位の表記については、Table 2 を参照。たとえば、「1―2」は1 区2 層出土の遺物であることをあらわし、「2―75cm」は、2 区の地表から―75cmの深さから出土したことをあらわす。人骨付帯の資料については人骨番号を記入している。また、( )付きは、注記やラベルによる情報が不完全で、付帯の土器等から出土地区を推測したもので、不確実なものである。たとえば、「(1)」は1 区出土と推測されるもの、「(1、5)」は1 区または5 区出土と推測されるものである。
[器種]
貝輪などの器種名を記す。
[遺存状況]
残存状態を記す。背縁・前縁・腹縁・後縁をそれぞれ4 分の1 とみなし、貝殻全周の何分の一程度残っているかを表す。4 分の1 以下のものは区別しない。蝶番部の場合はその旨記載する。
[素材]
サルボウなどの素材を記す。
[肋数]
放射肋をもつ場合、残存している肋数を記す。破損して失われている場合は括弧に入れ、計数不能な場合は×を記入する。
[幅]
放射肋と肋間の幅の比について、肋>溝、肋=溝、肋<溝の3 通りに区分して記載する。
[外径(cm)]
殻頂部を上にして貝輪を置き、外径の長径と短径を0.1cm 単位で記入する。
[内径(cm)]
殻頂部を上にして貝輪を置き、内径の長径と短径を0.1cm 単位で記入する。
[高さ(cm)]
貝輪を置いた平面からの最大距離を0.1cm 単位で記入する。幅(cm)貝輪のリングの幅を0.1cm 単位で記入する。可能な限り腹縁部で計測する。
[厚さ(cm)]
貝輪の腹縁部での最大厚を0.1cm 単位で記入する。腹縁部を完全に欠く場合は参考値としてカッコに入れて記載する。
[重量(g)]
重量を0.01g 単位で記入する。
[研磨]
貝輪の加工状態を、外縁・内縁・表面のそれぞれについて以下のように区分して記載する。
1 加工なしか、粗く打ち欠いている。
2 丁寧に打ち欠いている。粗い研磨が施されている可能性もある。
3 明らかに研磨が施されているが、途中ないし部分的である。
4 全面に研磨が施されて平滑になっている。
④抉りを入れて外縁を波状にしている。
[備考]
その他、注意事項を記入する。
Table 10 Catalogue of shell artifacts