第5章 石器

 彦崎貝塚資料中の石器には、ラベルや注記等の情報が欠落し、出土区・層を明らかにできないものが多く含まれるが、以下では主として形態上の特徴によって分類を行い、その概要について報告することにしたい。各器種ごとの出土点数は、Table 6の通りである。今回は179点の石器について実測図を作成し、2001~2179までの通し番号を付した。主要な器種については全点図示したが、多数にのぼる剥片(Flake)やRetouched Flake(RF)、Used Flake(UF)等については一部のものを図示したのみであり、それらの詳細については、一覧表(Table 7)を参照していただきたい。
 本資料中の剥片石器は、サヌカイトを利用したものが圧倒的多数を占め、ごく稀に、安山岩等の石材を用いたものも含まれる。周辺地域で石器石材として多用されるチャートや黒曜石は、本資料中には全く認められなかった。またこれらのサヌカイトは、肉眼観察から、そのほとんどが香川県金山産と見られ、剥片石器に用いられた石材は単調な様相を示していると言える。一方、礫石器では、安山岩や花崗岩などの火成岩を用いたものが多いが、特に石斧では、緑色片岩を用いたものが特徴的に認められる。個々の石器についてのデータは一覧表(Table 7、8)にまとめているので、詳細はそちらに譲り、以下では各器種ごとに概要を記すことにしたい。



5.1 剥片石器

5.1.1 石鏃(Fig. 116、Pl. 41b:2001~2009)

 未成品と考えられるものも含めて9 点を図示した。2001 は小型の完形品。2002は脚部を欠損 する。2003は一部欠損するが、脚部が作り出されず、基部を丸くおさめるもの。未成品の可能 性もある。2004~2009は未成品と考えられるもので、2006~2008は尖端部を中心に調整が加え られている。2009は器体の薄いものであるが、一応石鏃の未成品と考えた。

5.1.2 尖頭器(Fig. 121、Pl.41b:2010~2013)

 不明確であるが、尖頭器の可能性のあるものが4点ある。2010、2011 は尖頭部が作り出され ており、尖頭器の未成品と考えられる。ともに器体の一部に礫面が残る。2012、2013は比較的 整った平面形を呈するもので、尖頭器の身部であろうか。2012は、折損面を打面として剥片剥 離が行われている。岡山県下で縄文前期以降に比定される尖頭器の出土例は数少ないが、彦崎貝塚に近接する磯の森貝塚や船倉貝塚などでは、前期の尖頭器とされるものが報告されている(池 田・鎌木1951、倉敷埋蔵文化財センター1999)。一方、中期の土器を多量に出土した里木貝塚では、尖頭器は見られないようなので、ここに示した4点も前期に属する可能性が高い。


5.1.3 石錐(Fig. 121、Pl. 41b:2014・2015)

 石錐は2 点確認された。2014は削片を素材とした柱状のもので、横断面は三角形をなす。 2015は、幅広の剥片の一端に細かな調整を加えて、錐部を作り出している。


5.1.4 ヘラ状石器(Fig. 121、Pl. 41b:2016)

 2016は、背面側に原礫面を大きく残す幅広の剥片を素材として、整った矩形を作り出している。削器の一種とみられるが、形態を重視してここではヘラ状石器とした。


5.1.5 抉入石器(Fig. 121:2017)

 2017 は、剥片の縁辺に明確な刳り込みを有するもので、抉入石器とした。


5.1.6 異形石器(Fig. 122、Pl. 42a:2018)

 薄手の剥片を素材としたもので、四方に脚部がのびている。本地域では類例を見ないものであるが、出土地点から見て前期(彦崎Z2 式)に伴うものであろう。


5.1.7 石匙(Fig. 122、123、Pl. 42a:2019~2036)

 石匙は、破損品や未成品、およびその可能性のあるものを含めて18 点を確認した。2019~ 2028はいわゆる横型、2030~2032はいわゆる縦型石匙である。2029は団扇状の形態を呈する。 2033~2034は小型石匙で、5号人骨付帯の資料。2035、2036はつまみ部の破片と考えられる。 なお、2027は調整がつまみ部周辺に限定されており、未成品の可能性がある。本地域の石匙については、前期では横型が多く、中期では縦型が主流となり、後期になると石匙の出土数自体が減少することが指摘されている(間壁・間壁1971、間壁ほか1979)。彦崎貝塚資料においても、おおむねこうした傾向を追認することができる。また、横型石匙に比して縦型石匙では、より薄手の素材が利用されており、両者の差異を際立たせている。横型の中でも薄手の素材を用いた2027、2028 は、出土地点からみて中期に属する可能性が高い。また、刃部の形態について見ると、両面から調整を加えた両刃のものと、片面のみから調整を加えた片刃の ものがあり、横型では後者が多く、縦型は前者に限られる。


5.1.8 削器(Fig. 124~128、Pl. 42b:2037~2070)

 剥片石器の主体を占める器種である。形態的に多様で規格性に乏しいが、幅広の剥片を用いた横型のものが多く、連続する浅い剥離によって刃部を作り出している。片刃のものと両刃のものが認められるが、これはリダクションの度合いにも関連するのであろう。2037は整った平面形を呈するもので、頂部が欠損しており、石匙となる可能性もある。2039、2047は二重パティナの観察される資料。梨地部分は古い剥離面を表す。2039は過去に剥片剥離 の行われた石核から、新たに剥離された剥片を利用したものであろう。2047は、放棄された削器に、後に刃部再生が加えられたものである。


5.1.9 楔形石器(Fig. 129、130、Pl. 42b:2071~2084)

 2071~2073は定型的な楔形石器。2078は石核とした方が良いかも知れない。2083、2084は削片である。削片として明確なものはこの2点のみであった。


5.1.10 Retouched Flake(RF)・Used Flake(UF)
    (Fig.130~133、Pl. 42b:2085~2104)

 2085~2102、2104はRF、2103はUF。2085、2086などは、両側縁が裁断面となっており、両極打法に関連する石器と考えられる。2093は端削器としても良いかも知れない。2099は背面に原礫面が残されるもので、腹面側の打瘤付近に調整が加えられている。2100は大型剥片の小口から割りとられたものと見られる。2101は表面側が研磨されており、剥離の稜線が磨り潰され ている。2104は、器体表面下縁に刃部を有する石器であるが、剥離面の構成からみて、削器から割りとられた剥片と考えられる。


5.1.11 剥片(Fig. 133、Pl. 43a:2105~2109)

 2107、2108は粘板岩の剥片で、接合関係にある。出土地点から見て後期に伴うものと見られる。2109は山岩の剥片。礫器製作に関連するものであろう。


5.1.12 大型剥片(Fig. 134、135、Pl. 43b:2110~2115)

 剥片類の中で特に大型のものを、大型剥片として図示する。打面や側面に原礫面を残すものが多い。剥片石器の素材として持ち込まれたものであろう。


5.1.13 石核(Fig. 136、Pl. 44a:2116)

 石核と認定できるものは2116の1点のみであった。表面にはリングが眼鏡状に走る特殊な剥離面が見られる。


Table 6 Composition of the stone artifact assemblage




5.2 礫石器

5.2.1 磨製石斧(Fig. 137、Pl. 44a:2117~2119)

 3点確認された。2117、2118は緑色片岩製。2117は小型の片刃石斧で、裏面の状態から見て、さらに大型の石斧から剥離した破片を、再加工したものと思われる。2118は乳棒状石斧の破損品。折損面には敲打による潰れが残されており、叩石に転用されたのであろう。頭部にはアバタ状の敲打痕が認められる。2119は刃部磨製の両刃石斧で、全体の形状を撥形に整えた後、刃部を中心として研磨が行われている。硬質頁岩製。出土地点と形態上の特徴からみて、2117、2118は前期、2119は中期に属する可能性が高い。


5.2.2 石錘(Fig. 138:2120~2131)

 すべて長軸方向両端に打ち欠きをもつタイプで、2126は斜め方向にも対向して打ち欠きが施されている。


5.2.3 礫器(Fig. 139、Pl. 44b:2132~2140)

 円盤状のもの(2132~2136)と、一端に刃部の形成されるもの(2137、2138、2140)がある。このようなものは石錘に分類されることもあるが、ここでは礫器とした。石錘などに比して、安山岩や珪化岩など硬質の石材を用いたものが目立つ。2137は凹石の転用品と考えられる。


5.2.4 磨石・叩石類(Fig. 140、141:2141~2164)

 彦崎貝塚の磨石・台石類は、上石・下石の判定に苦慮するものが多い。凹部の形成される凹石は、基本的に下石と考えられるので、ここではそれ以外のものについて、便宜的に、おおむね長幅10cm以下のものを磨石・叩石類とし、これを超える大きさのものを台石類とした。2141、2142は上下端に顕著に敲打痕が見られ、側面には擦痕が残る。このような小型の叩石は貝輪製作に関連するのかも知れない。なお、貝輪製作に用いられたであろう砥石が一例も見られないことは奇異に思われる。2150~2164は磨石として分類されるものであるが、側縁に敲打痕の見られるものも多い。


5.2.5 凹石・台石類(Fig. 142、143、Pl. 45:2165~2179)

 2165~2173 は凹石、2174~2176は凹部がごく浅いもの。側縁に敲打痕をもつものも多い。2172、2173 の凹部は磨りつぶしによって形成されたものと見られ、他の凹石とは異なるものである。2178、2179は棒状のもので、2178は、はっきりしないが側面がやや磨れているようである。2179 は表裏面に凹部をもち、側面に弱い擦痕がみられる。また、火を被ったものか、赤化あるいは黒化した部分が認められる。

(山崎真治)


 

Fig. 120 Arrowheads



Fig. 121 Points, drills, spatula-shaped tool, and notch



Fig. 122 Stone tool of unique shape and tanged knives



Fig. 123 Tanged knives



Fig. 124 Scrapers



Fig. 125 Scrapers



Fig. 126 Scrapers



Fig. 127 Scrapers



Fig. 128 Scrapers



Fig. 129 Pieces esquillees



Fig. 130 Pieces esquillees, spalls, and Retouched flakes



Fig. 131 Retouched flakes



Fig. 132 Retouched flakes and used flakes



Fig. 133 Flakes



Fig. 134 Large flakes



Fig. 135 Large flakes



Fig. 136 Core



Fig. 137 Polished axes



Fig. 138 Stone weights



Fig. 139 Chopping tools



Fig. 140 Hammer stones and grindingstones



Fig. 141 Grindingstones



Fig. 142 Hollowed stones and anvil stones



Fig. 143 Hollowed stones and anvil stones



剥片石器カタログ(Table 7)の仕様

[No.]
 石器番号を記入する。
[Fig.]
 Figure 番号を記入する。
[Pl.]
 Plate 番号を記入する。
[区―層]
 遺物の出土した地区、層を記入する。地区、層位の表記については、Table 2 を参照。たとえば、「1―2」は1区2層出土の遺物であることをあらわし、「2―75cm」は、2区の地表から-75cmの深さから出土したことをあらわす。人骨付帯の資料については人骨番号を記入している。また、( )付きは、注記やラベルによる情報が不完全で、付帯の土器等から出土地区を推測したもので、不確実なものである。たとえば、「(1)」は1区出土と推測されるもの、「(1、5)」は1区または5区出土と推測されるものである。
[器種]
 石鏃、石匙といった器種名を記す。器種分類については、Table 6 を参照。
[長さ(cm)]
 長さをcm 単位で記入する。( )付きは折損しているもの。
[幅(cm)]
 幅をcm 単位で記入する。( )付きは折損しているもの。
[厚さ(cm)]
 厚さをcm 単位で記入する。
[重量(g)]
 重量をg 単位で記入する。
[備考]
 その他、注意事項を記入する。また、剥片石器については、大部分がサヌカイト製であるが、一部安山岩や粘板岩製のものが含まれており、材質がサヌカイト以外の場合については、ここに石材名を記入する。


  Table 7 Catalogue of flake tools
















礫石器カタログ(Table 8)の仕様

[No.]
 石器番号を記入する。
[Fig.]
 Figure 番号を記入する。
[Pl.]
 Plate 番号を記入する。
[区―層]
 遺物の出土した地区、層を記入する。地区、層位の表記については、Table 2を参照。たとえば、「1―2」は1区2層出土の遺物であることをあらわし、「2―75cm」は、2区の地表から-75cmの深さから出土したことをあらわす。人骨付帯の資料については人骨番号を記入している。また、( )付きは、注記やラベルによる情報が不完全で、付帯の土器等から出土地区を推測したもので、不確実なものである。たとえば、「(1)」は1区出土と推測されるもの、「(1、5)」は1区または5区出土と推測されるものである。
[器種]
 磨製石斧、石錘といった器種名を記す。器種分類については、Table 6 を参照。
[石材]
 砂岩、玄武岩など、石材名を記入する。
[長さ(cm)]
 長さをcm 単位で記入する。
[幅(cm)]
 幅をcm 単位で記入する。
[厚さ(cm)]
 厚さをcm 単位で記入する。
[重量(g)]
 重量をg 単位で記入する。
[備考]
 その他、注意事項を記入する。


  Table 8 Catalogue of pebble tools