3 「贋作」は暴かれる





「贋作」を造るには、描画の職人的技術だけでなく、美術史の専門的知識が要求される。高度な贋作者は、模倣しようとする画家の様式や絵柄について研究を重ね、いくつかの作品から特徴的なモティーフを寄せ集め、いかにもそれらしい「作品」を捏造する。美術史家はエックス線等による科学鑑定や文献調査を行い、「贋作」を暴く。本作品は所蔵館自らが「贋作」として、一般公開に踏み切った例として珍しい。

「ニセ物は、発見された瞬間、ニセ物ではなくなる。それはいわゆる本物に対する、一つの対等物となるのだ。『本物A』に対する『本物Z』である。ABCをグルリとワンラウンド回って、ほとんど背中合わせになっているのだ。お互いに後ろを向いて手を伸ばしさえすれば、触れ合うことができるほど接近している。ワンラウンドのへだたりをもった酷似である。これがニセ物の位置であり、裏から『本物A』を窺う最短距離にいるのだ」(赤瀬川原平『行為の意図による行為の意図』、1966年)。


3-1 ポール・ゴーガン『若い女の顔』(贋物)
カンヴァスに油彩、縦46.0、横38.2、石橋財団ブリヂストン美術館蔵

 本作品をゴーガン(1848−1903)のものとすることについては以前から疑いの声があっていた。画中のモティーフのいくつかは画家の他の作品にも見られる。たとえば、女性の服と右奥の机は『アレクサンドル・コーラー婦人像』」(1887−1888年)のそれらと酷似しているし、画面奥の焼き物も1886年の作品『ラヴァルの横顔と静物』に登場する。これらの点を踏まえ、所蔵館がエックス線調査を行った結果、それまでゴーガンの画法として知られていたものと違うタッチが認められた。女の髪の輪郭は筆でない何かによってなぞられており、頭の後ろ、あるいは右の肩などに意味不明の白い斑点が散らされている。両肩から右下のテーブルのあたりにかけて認められる早い筆致もまた、ゴーガンの画法と相容れない。これまでゴーガン作品の贋作とされてきたもののなかには、様式の類似した他の画家の作品に偽の署名を入れてゴーガンの作品と偽ったものや、本作品のようにゴーガンの諸特徴を取り入れ真作もどきを捏造したものなどがある。
(二子登)



3-2 作者未詳、『テーブルの上の水差し』(贋作)
厚紙に油彩、縦35.0、横25.0、ロシア、1990年以降、個人蔵

 リィウボフ・ポポーワ(1889−1924)の原画はロシア革命前夜に開花した立体=未来派の先駆性を示す半=立体的な造形絵画で、現在モスクワの国立トレチャコフ絵画館にある。贋作と言い張るにはどの点においても稚拙さを覆い隠しがたいが、それでも子細に観察すると原画の特徴を捉えようとする制作者の努力の跡が認められる。本作は原作もしくはその複製図版を手許において制作されたものではない。半=立体作品を平面にするさいの難しさを差し引いても、画面の構成要素の至るところで原作とのズレが目立ちすぎるからである。おそらく原作と本作とのあいだには要所のみを捉えた略画が介在していたのであろう。およそ神経質な面を感じさせることのない、おおらかな模倣姿勢はこの贋作を一種のパロディに近いものとしている。社会主義体制崩壊後のロシアには、この種の贋作が多数出回っている。なお、1922年に来日したロシア人画家ワルワーラ・ブブノワ(1886−1983)が雑誌『思想』10月号に寄せたロシア構成主義絵画論のなかで、すでにポポーワの作品を複製図版入りで紹介しており、原作は日本人にも馴染みの深いものである。


【参考写真】
(原画:リィウボフ・ポポーワ、『テーブルの上の水差し』(造形絵画)、厚紙に油彩、パネル台紙、縦59.1、横43.3、1915年、モスクワ、国立トレチャコフ絵画館、ジョージ・コスタキ寄贈)


3-3作者未詳、システィーナ礼拝堂のミケランジェロ作『最後の審判(壁画部分)』による素描(贋作)
紙に鉛筆、縦41.5、横32.5、ロシア、1990年以降、個人蔵

 この作品は19世紀の額に入れられ、紙に古びを出すなど古模写を装っている。しかし、思わぬ部分に贋作であることが露呈している。1990年代の修復洗浄ではじめて露出した男性器が描かれているからである。この部分はそれまで腰布に覆われており、こうした表現はあり得なかったはずである。また修復洗浄以前には胸部から腹部にかけての筋肉の表現もこれほど可視的でなかった。ということで、この「古素描」が修復事業を記録した報告書の刊行以降に制作されたことは疑いを容れない。



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