デジタルミュージアムを支える技術
強化現実技術

強化現実技術による
博物館ナビゲーション

− 越塚 登 −



図1 HMDを装着した様子

博物館の大きな目的の一つには、来館者に学習機会を提供することがある。そのためには、来館者の学習意欲に応じて、展示物に関する情報を来館者に提供する技術が重要である。昔からは、パンフレットやパネルによって展示物の解説や情報を提供していた。しかしこれらの方法では、提供できる情報量が少いこと、パネルなどは同時に読める人数が限定されること、また展示の種類によってはパネルが展示の美観を損ねる場合がある。近年、より豊かな情報を提供するために、情報キオスクと呼ばれるコンピュータ端末を設置する例も増えてきたが、やはり同時アクセス人数の問題や、展示物の間にコンピュータという異物が混入するという問題を解決するとはできない。

そこで、東京大学デジタルミュージアムでは、強化現実技術と呼ばれる技術を導入して、展示物に対する新しい情報提供手段を開発した。強化現実技術とは、コンピュータの助けを借りて、現実の環境で自然には起こり得ない何らかのマジックを実現する技術である。これは、仮想世界を現実らしく見せる「仮想現実」とはいわば正反対の技術で、現実世界をより「非現実的」な「仮想世界」に仕立てあげる技術である。

具体的には、次のような展示情報提供システムを開発した。来館者はヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着する。この大きな「めがね」は、現実世界を素通しして見ることできるが、その素通しの部分には、透明の液晶モニタあり、展示物の情報を現実世界の画像と重ねて表示できる。これを装着しながら展示場を見学すると、前方に見える展示の説明が自動的に目の前に現れる。またその「めがね」に付属しているヘッドフォンを耳に当てれば、音声による説明も得られる。展示物に近付くと、注目している展示物の説明に自動的に切り替わる。あたかも、娯楽SF映画に登場するロボットの視覚で博物館で展示をみているような感覚である。

この「めがね」に装着されている小型カメラによって、来館者が注目している物が何か、その距離がどの程度かといった計測も行っている。また来館者側は非接触型の電子タグを持つため、展示物側もどういう来館者がやってきたかを認識している。また展示場あらゆるところに同様の電子タグは埋め込まれ、その電子タグが出力する情報を利用して、より柔軟な情報提供を行っている。

このシステムを使うことによって、展示物の説明はコンピュータによって表示され、いくらでも情報を提示することが可能である。更に、それを装着している来館者であれば、何人でもその説明を見ることができ、またパネルや端末を展示物のそばに置く必要もない。


図2
強化現実技術による展示ガイドの画面の様子