デジタルミュージアムを支える技術
仮想現実技術

映画のデジタル修復

− 越塚 登・澤田 研一・坂村 健 −



写真1 デジタル修復前の画像
東京物語(1953年作品、(C) 松竹株式会社)」より


写真2 デジタル修復後の画像
東京物語(1953年作品、(C) 松竹株式会社)」より

はじめに

映画は、最も古くから存在し、かつ現在でも最も高品質な動画媒体である。従って、映画によって、多くの文化的また学術的価値の高い映像が記録され、現在まで数多く伝わっている。東京大学デジタルミュージアムでは映画資料のデジタル保存とデジタル修復を手がけている。

映画は写真フィルムを用いて映像を記録する。この化学的な物質状態による記録方式では、記録物質が劣化すると、記録情報そのものも劣化する。映画が誕生してから100年以上が経過したが、フィルムの劣化により多くの映画資産が損失した。米国議会図書館の調査によれば、米国で製作された無声映画のうち、八割がすでに損失し、別の報告では、1930年以前の無声映画の90%近く、1950年以前の映画の50%近くが失われているともいわれている。

映画資産を後世に対して正確に残すための現存する最良の方法は、デジタル情報として記録することである。また、デジタル情報にすることで、デジタル修復の技術の適用も可能となり、それによって失われた映像を再現することが容易に行える。本稿では、このデジタル修復について述べる。


映画の保存・修復の動き

多くの映画財産が失われている状況で各国では、映画フィルムを専門に保存する施設を設立している。一方、コンピュータの画像処理技術を使って映画をデジタル修復する動きもある。代表例は、1992年にオープンしたコダックのデジタル映像センター(シネサイト)で1993年に行われた、ディズニー映画「白雪姫(Snow White)」(1937年作品)の修復である。我々、東京大学デジタルミュージアムでも、1998年から小津安二郎監督の映画のデジタル修復を手がけた。


東京大学デジタル・オズ・プロジェクトにおける映画修復

東京大学デジタルミュージアムでは、小津安二郎監督の代表作である「東京物語」の修復を行うプロジェクト、東京大学デジタル・オズ・プロジェクトを行っている。「東京物語」は1960年代のモノクロームによる作品で、オリジナルフィルムが現像所の火災により失われてしまい、現存するフィルムはかなり劣化した品質のフィルムだけになってしまった作品である。

この「東京物語」に焦点をあてた、本デジタル・オズ・プロジェクトにおける修復のポイントは、以下の通りである。


これらの修復を実現するための、東京大学デジタル・オズ・プロジェクトにおける工程は次の通りである。

1) データスキャン

映画フィルムの専用スキャナを用いてスキャンをする。フィルム1コマを30秒程度の間に最大で6000×4000ピクセル程度の解像度をとることができる。

2)前処理

データスキャン時の各種誤差の補正、修復に不要なデータの除去、また続くデジタル修復処理のために行う動画の分割、例えばシーン毎の分割など、デジタル修復にさきがけて準備処理をする。

3)デジタル修復処理

前処理されたフィルム画像列に、周波数解析や動き解析に基づいて、傷の検出を行い、傷の部分は補完処理によって修正する。そのほかにも、コントラストや色をなんらかのリファレンスを元にして補正する。

4)再生用データの作成

修復された映像が最終的に上映できるように、フィルムレコーダを用いて映画用フィルム上に再度印画したり、または高精度デジタル動画形式に変換する。

従来から、衛星写真の補正や写真画像の修復などにダメージをうけた画像情報の修復技術が使われてきた。これは、静止画の修復技術で、1コマ毎に独立して補正するものである。更に映画は、別の情報から修復することが可能である。というのも、映画は1秒24コマの連続画像から構成されるため、似て非なる連続画像をもっている。フィルムの傷はコマとは関連なくつくため、前のコマの傷の場所に、次のコマでも傷がついているようなことは稀である。そこで、最初に述べた方法で傷部分が検出されたら、前後のコマの画像データを利用して傷部分の色を埋めていくことができる。このような前後のコマの画像を利用して修復を行う点が単なる写真の修復と映画の修復の異なる点である。