[ニュースという物語]


赤のインパクト

新聞錦絵が切り開いた新しい情報世界の視覚的なインパクトを象徴するのは、なんといっても鮮やかな赤色である。その一つが画面を縁どるあざやかな赤で、もうひとつが血なまぐさい事件と結びついた人間の血の赤である。末期錦絵の頽廃・俗悪化の象徴のようにいわれるこの新時代の染料の衝撃は、またニュースの色でもあったのである。

東京日々新聞 第九百十九号

東京日々新聞 第九百十九号

上州と信州の境、碓氷峠で夫婦の強盗が旅人を斬殺し金を奪ったという話。鉈に残った血糊から発覚したということだが、頭を割られて流れ出す血の濃淡が、リアルに描かれている。

東京日々新聞 第九百十九号

去年十二月二十日の/頃信州上田の/旅商人/なにがしだか一人碓井/峠にさしかかりしに此/山中に住炭焼のおのこ/彼の商人の懐中をものせんと夫婦/の者とも云ひ合せ/人無きおりを幸ひと/かの商人を、手に持し/ナタおつかつて斬り/殺し所持の金子を/奪ひ取りあらため/見しが思ひしよりわづか斗りとあきれしも/知る者たえてなかりしが/天網いかで免るべき彼の鉈に血の付いたるより/此事既に露ハれしと実に畏るべし畏るべし

図217

東京日々新聞 第九百十九号

上総の市原の近郷随一の富豪のスキャンダル。絵に描かれているのは記事前半の山場で、姦通相手の女(本家の財産横額を狙う人物の妹)と本家の妻との斬り合いの場面。妻の腕や障子の血の手形が生々しい。

東京日々新聞 第九百十九号

上総国市原郡新生村の佐久間/十郎左エ門ハ其辺にてハ一と云/ふて二とハ下らぬ富家なりその本/家の佐久間忠七を押し倒して其財産を/押領せんと兼て折を伺かひ待しに忠七ハ淫欲/ふかき男なれバ十郎左エ門が妹と奸通したり/けるを其妻それを聞つけて怒りに堪へず抜刃を提さげて十郎左エ門が/宅に来りその妹に切て掛り数ヶ所の疵を負ハせけるが幸ひ/に浅傷なれバ命ハ多分助かるべし扨も彼の十郎左エ門ハ暗に是/を喜び忽ち一計を案じ此度の始末を県官に報知せしかバ忠七外/両人とも忽ち捕縛に就たりしに付一笑談あり此辺貧窮なる/者のミなれバ年々貢租の金に差支ゆるより遂に十良左エ門が/喰ひ物と成り生活行立かたきを以て村民ども日日に彼地此/地に集議ぎして訴状を作り十良左エ門ケ暴行奸計を数へて/県庁に告控せんとするの様子を聞知りて十郎左エ門/大いに驚き早くその手廻をすべしと/思ひ走りて県治に至り只何ともなく頻/に御事宜として歩行けれバ県吏ハ/彼が同姓の者此節まさに獄に下らんとする/の趣なれバ必らず其罪を贖ハんとの意なる/べしと誤認して遂に是が為に忠七等三/人を赦したり十良左エ門案に相違し益々/憂悶したれども今さら詮方無かりしとぞ

東京日々新聞 第九百十九号
図218

東京日々新聞 第八百三十三号

東京日々新聞 第八百三十三号

巡査が揚弓屋の女三人を殺した事件。切り落とされた首が二つ、男も血まみれである。同じ事件を仮名垣魯文が『仮名読新聞』に書き、それが脚色されて大阪で舞台にかけられたという。

東京日々新聞 第八百三十三号

揚弓の曳手許多の客取ハ、芝太神の/社内にて百中争ふ恋の的、甲乙も覘う婀娜/者の、お蔦におみつ、お竹とて、三女を姦といふ字義に因みて/是も三大区の巡査を奉職る身なりせバ物の道理も辧べき/を淫情の闇に踏迷ひ登詰めたる青山の南町なる下宿に招き酒宴に/托す手料理の疾刃合して待ぞとも、白歯の娘三人が命ハ夜半の/凩の果ては泪に/散る楓淋灘/る血汐の紅ハ/閑室中に敷つめ/し錦織熊吉が/暴挙に及んで/捕れしは明治七/戌年十月二十二日/なり

転々堂主人記

図219

東京日々新聞 第八百六十五号

村の犬が、女の切り落とされた首をくわえてきたのが、事件発覚のきっかけであった。殺害した死体を隠す場面と、犬が見つけてきた場面とを組み合わせて、事件を複数の場をもつ一幕の物語として伝えている。

東京日々新聞 第八百六十五号

日向国高千穂山ハ/神代の古蹟なり。此山中の/高千穂村ハ素より頑固土地/にして。人の心も直からず米さへ/なくて常に食ふ物ハ/粟稗のミなるよし。其村内の農民に/儀太郎と呼者ありしが。妻ハ過し日世を去/りて独り詫しく暮しける。又此近傍へ折々/来て古衣商ふ女あり。儀太郎兼て知己なる/にや。明治七年四月の上旬。或日晩景彼の女。/風来て泊り/を依頼しかバ。/心能承知て。其夜女を殺害/し。所持の金銭品物を。/奪取ども四隣さへ。/遠く離れし一軒家。/誰知る人も嵐より/実におそろしき人心/無慙といふも愚なり。夫より半月余もたちて。此村内の/飼犬が女の斬首咥て来るに。人々驚き。其所此所と詮索/なせしに儀太郎が厩の後に見馴ざる女の死骸を荒菰に。/包ミてありしを/見出て俄に県廰へ/訴へけれバ、即時儀太郎は/捕縛ぬ。鳴呼我神国の徳たるや。/天此犬を以て兇徒が隠悪を。亮然/たらしめしハ恐るべく又尊恭べき/事にこそ。

墨陀西岸/温克龍吟誌

東京日々新聞 第八百六十五号
図220

新聞図会 第九号

新聞図会 第九号

老母と妻子が斬殺された事件。家に古く住む蛇を打ち殺したたたりとして説明され画面にも描かれているが、目をひくのは男の足やふすまにべっとりとついた血の手形である。大阪の新聞錦絵もまた、枠の赤と血の赤とを引用している。

新聞図会 第九号

下京廿二区八坂上清水三丁目/画師浅井柳塘ハ他処にかせぎに/行し跡に■て此家に身を寄せる武田信一といふ男妻子とともに留宅/を守りしに主の許よりおこせし一封ハ古郷を思ふかなふミの/てには余して此男家内へよんできかするに真実かくれ内證と/封じ込たる養ひ金見るより男ハ悪念発し一人寝詫が/女房のみさホに/揖をとりそへ/てくどきよるべの恋風を/真受けによけるをくりかへし▲/▲とりたる/心の悪工ミかなヘハ金を我が物に/なさんとするに仕果てかね横分別の/一卜腰に老母と妻子両人を世ハ/転変の七ころび八坂のつゆと/切害し金と衣服を奪ひとり家に/火をかけ逃んとせしも早く聞へて/縛られたり是この家に古く棲む/蛇を嫌ふて打殺せし穴から事を/引出せし長物かたりハ省て記ス

文化陳人誌

図221

新聞図会 第二号

巡礼の家族づれが、旅の金をねらった宿の主人に騙されて殺害された事件。見栄をきっているかのごとく立つ殺害者と、切り殺されて血のなかに倒れた夫婦、命からがら逃げ出す娘のいずれもに、衝撃的な赤が使われている。

新聞図会 第二号

奈良縣下長谷寺近傍/にて西国霊場巡礼の/殺害されしハ一月の/二十九日の未明にして/夫婦に娘と/三人づれ路/用の金貨ハ/三百円蓄へ/あるに眼の眩む宿の主人の欲心/から嘘を月夜のからすをバ夜明に近しと三人を出立/させしハ奸計にて途中に待と白浪の宿の亭主に暴殺/された其時金貨を懐中せし娘ハからき命を助かり/さまよひながら漸と人家を尋到りけれバ豈図や元の宿也/やがて委く様子を物語る傍に聞居る富山の薬商大に/宿を怪ミて娘に言含め一計に当り宿の主其夜に官吏より/縛せられしと

猩々堂誌

新聞図会 第二号
図222


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