種分化と染色体 |
若林 三千男 東京都立大学理学部牧野標本館 |
染色体を用い生物の多様性解析の一手段とする方法は、細胞分類学あるいは細胞遺伝学的方法として古くから知られ、数多くの成果を挙げている。特に植物の場合、分類群によっては倍数性や異数性に富んでいる場合がしばしばあり、その分類群内の自然群認識や進化の方向性の推定などに多大な示唆を与えている。また核型(細胞核内の一セットの染色体の形態)も分類群の重要な特徴であり、その分析と比較によって各分類群の類縁性やある分類群の由来をも解く鍵となることがある。染色体は遺伝子の担い手であり、遺伝的な差異が染色体数や核型の違いに反映されているのであろう。染色体形質の植物の多様性解析に対する有効性については、詳しくはいくつかの解説書 Chromosomal Evolution in Higher Plants [Stebbins 1971]、『植物の種分化と分類』[館岡一九八三]を参照してもらうこととし、ここではヒマラヤ高山帯において試みられたいくつかの植物分類群の染色体解析によって、その群がもつ多様性や分化の実態についてどの程度深く理解できるようになったかを述べる。 ヒマラヤ地域は気候的にも地形的にも多様な環境がそこに存在し、それに応じて見られる植物の多様性の中に様々な分化のパターンが秘められていると考えられるが、それらの具体的理解に向けて最も重要な基礎となるものは、自然の中で実際に生活を営んでいる種、または自然分類群の認識である。染色体数、核型などを含む染色体形質の解析の意味はこの点に関し自然の中に「さぐり」を入れることにあり、当然のことながら、詳細な形態観察・変異把握も同時に行っていく必要がある。このため、高山帯のフィールドでは染色体材料である根端またはシュートの分裂組織の固定を行うと同時に、その証拠標本や花などの液浸標本などの作製も必須な作業であり、生育場所、生育環境などもノートする必要がある。このような細胞分類学的方法をヒマラヤ高山帯のような厳しい環境の下で能率よく確実に遂行していくためには様々な工夫が必要であるが、何回かのフィールドの経験を通じ定着しつつある。そして細胞学的な「さぐり」によって得られた結果を証拠標本のデータと共に検討することにより、種や自然分類群の認識に関しこれまで見落としていた重要な知見が見いだされるようになってきた。しかし、細胞分類学的方法による種多様性解析は、ヒマラヤの高山帯では最近になってやっと軌道にのったばかりであり、したがってこれから述べるいくつかの例もその解析はまだ十分とは言えないことをあらかじめお断りしておく。
高山帯の環境は常に厳しい状況にさらされ、また歴史的にも多くの地形的、気象的変動を受けてきたと考えられる。それに伴って植物もまたその環境での生存のために多くの工夫をこらす必要があったであろう。一般に高山帯に生育する植物には、低地のものよりも倍数体が比較的多い傾向があるといわれているが、基本的染色体セットの一連の倍化現象による染色体数の増加は、このような厳しい環境に適応していく一つの遺伝的工夫なのであろうか。しかし生物にはそれぞれの種の特異性があり、必ずしも高山帯におけるこのような傾向が一般化できるとは限らない。比較的低所から高山帯にまで生育している種あるいは近縁な種群を一つ一つ解析し、具体的例を明らかにしていくことが大切と思われる。 二倍体レベルでの種多様化の例として、まずツリフネソウ属 Impatiens をとりあげたい。この属には世界で約五百もの種があると言われているが、その多くはアフリカや熱帯アジアに分布し、ヨーロッパ、北アメリカ、北アジアには少ない。しかしヒマラヤには比較的多く、この地域では最も多様な植物群の一つである。ネパール・ヒマラヤだけでも約四十種が挙げられている[Hara and Williams 1979]。しかし分類形質として重要な花は特殊な形をしており、しかも軟弱で、乾燥標本では花の各部の様々な形や色合いなどは失われてしまっていることが多く、乾燥標本に基づいて行われてきたこれまでのヒマラヤ産ツリフネソウ属の分類にはまだ多くの問題と混乱が見られる。細胞分類学的解析を行う場合には何の種を、またそのどのような集団を扱っているのかが大変大切なことであり、また逆に細胞分類学的解析が分類学的問題と混乱の解決に多くの示唆を与えることがある。Akiyamaらはヒマラヤ現地で詳細な花の観察を行い正確な種の把握に努めると共に、それに基づいて細胞分類学的解析も行っている[Akiyama, Ohba, and Wakabayashi 1991; Akiyama, Wakabayashi, and Ohba 1992]。その染色体解析の結果得られた興味ある事実を述べてみよう。 ヒマラヤではツリフネソウ属は海抜数百メートルの低地から四千数百メートルの高山帯にまで見られる。特に海抜約二〇〇〇〜三〇〇〇メートルの沢沿いの湿った所に多く、開花期の雨季には無数のヒルと闘いながらの採集となる。ネパール・ヒマラヤの中部、東部における一九八三年、八五年の調査で四十七カ所のいろいろな場所から染色体材料が収集され、後にそれらは十六種にわたるものであることが確認された。染色体分析の結果、その内三種は体細胞染色体数が2n=14、十種が2n=18、二種が2n=20で、染色体基本数(ある分類群の基本的な染色体セットの染色体数。xで示される)はx=7、9、10の三種類あり、それぞれの二倍体であった。そして一種だけは2n=28でx=7の四倍体であった。これは高度の最も低い所で採集されたものである。これらから推定されることはヒマラヤ産ツリフネソウ属の種の多様性はほとんどが二倍体レベルで起こっており、より高次の倍数性を伴うものではないということである。そしてまた最も興味深いことは、x=9をもつ種が大変多いということである。ツリフネソウ属のこれまでに報告された染色体数によると、この属は配偶体の染色体数がn=3からn=33まで非常に幅広い変異をもつことが示されているが、この中で最も普通に見られるのはn=7、8、10の数であって、しかもこれらはインド・ヒマラヤ地域に集中しているという[清水一九八四]。n=9をもつものはインド、東南アジアにまれにしか報告されておらず、ほとんど注意が払われていなかった。しかしネパール、シッキム、アッサムに生育するツリフネソウ属の九種を調べたところその内六種は2n=18またはn=9であったという報告もあり[Chatterjee and Sharma 1970]、ヒマラヤ中部、東部に生育しているツリフネソウ属の種の多くはx=9の染色体数をもち、これはこの地域に特異的な現象であることが初めて分かりだしてきたのである。このx=9の数は、ツリフネソウ属の中でこれまで最も一般的と考えられてきたx=7、8、10に加え、もう一つの重要な染色体基本数と考えられ、これはヒマラヤ中部、東部に起源をもつものと推定される。またこのx=9をもつ種のほとんどは特異的な核型をもっていることが分かった。挿図1eに示すように九対の染色体の内一対は他とくらべて著しく大きいのである。このように染色体セットのなかで染色体の大きさに顕著なギャップが見られる場合を二相的核型(bimodal karyotype)というが、このような核型はこれまで報告されたx=7、8、10をもつツリフネソウ属のどんな種にも見られないユニークなものである。このことは、ヒマラヤ地域に多様に分化しているx=9をもつ種群は、同一の起源をもった一つの自然群であるということを示唆しているように思える。このようにx=9の染色体数(2n=18)をもつ種はそのほとんどが二相的核型を示すが、ただ一種だけ(Impatiens scullyi)はこの基本数をもつにもかかわらずその核型は一相的(monomodal)であった。すなわち一セットの染色体の大きさに顕著なギャップが見られず、皆同じように小さい染色体なのである[挿図1g]。この種の核型は2n=18をもつ種の中では大変特殊な存在であり、また花の形態もその中では特殊な構造をもっている[Akiyama, Ohba, and Wakabayashi 1991]ことから、この一相的核型は二相的核型をもつものから由来したと推定された。
x=10をもつ種(2n=20)は二種のみであったが、この核型は上の I. scullyi の核型と大変よく似ている[挿図1f]。これら二種も花の形態はx=9の種より特殊な構造を持ってはいるがx=7の種よりはx=9の種により類縁が近いと考えられること、そして一相的核型が二相的核型から派生したのではないかということが I. scullyi で推定されたことなどから、x=10はx=9から派生したものと考えることが可能であろう。実際、x=10の種は北アジア、日本、ヨーロッパ、北アメリカに広く分布しており、これらの地域では一般に他の基本数のものは見られない。 もしヒマラヤ地域がツリフネソウ属の起源の中心であるとするならば[Jones and Smith 1966]、温帯地域に広く分布しているこれらx=10の種はヒマラヤ中部、東部に優勢に生育しているx=9の群から由来したものと考えることができよう。x=7と確認されたものは四種であったが、種の間で染色体の大きさにかなりの差が見られる[挿図1a-d]。x=7をもつ群は南インドやヒマラヤ西部で多様に分化しており、またアフリカや東南アジアにも広く分布しているという。この群はおそらくかなりいろいろな異なった系統群を含んだ集まりと考えられ、染色体の形にもそれが反映されているのであろう。 以上は、ヒマラヤ産ツリフネソウ属の染色体解析によって、取り扱われた種数はまだわずかではあるが、これまで気づかれていなかったヒマラヤにおけるこの属の特性や類縁、系統について、多少とも具体的な根拠に基づいて論ずることができた一つの例である。そしてこれは、染色体倍数化をほとんど伴わない種多様化の例でもある。このような二倍体レベルでの種多様化はヒマラヤ産ユキノシタ属においても最近明らかにされている[Wakabayashi and Ohba 1988]。 ユキノシタ属はヒマラヤ高山帯植物を構成する最も重要な要素の一つで、海抜二〇〇〇メートル台からポツポツ見られるが、約四〇〇〇メートルから五〇〇〇メートルの高山帯で最も多様である。ヒマラヤでは特にCiliatae(Hirculus)節という群で多様化が著しい。その種のほとんどが鮮やかな黄色の花をつけ、高山のお花畑は一面の黄色で彩られることが多い。この染色体数については周北極に分布する二種で2n=16と32の染色体数が知られていた。これは染色体基本数x=8の二倍体と四倍体と考えられる。ネパール・ヒマラヤで調べられたCiliatae節二十四種では、十六種で2n=16、三種で2n=16と2n=24の両方、二種で2n=24、二種で2n=32、一種で2n=48、50の染色体数が確認され、新たに三倍体と六倍体が見いだされたが、この群では海抜約二〇〇〇メートルの比較的低所から五〇〇〇メートル近い高山帯に至るいろいろな環境のもとでも圧倒的に二倍体が多いことが分かる。大ヒマラヤ山脈のすぐ東側にある横断山脈(中国西南部)高山帯もユキノシタ属が豊富なことで知られる地域である。この地域のものについては現在解析中であるが、この節でこれまでに判明した限りでは、ネパール・ヒマラヤより倍数性がより多く見いだされる。表1には、ネパール・ヒマラヤおよび横断山脈で見られたこの節の倍数性の例とそれらが生育している高度が示されている。この表の多くの種では、同種内に低次から高次の倍数性が見いだされ、高次倍数性をもつ植物はより高所に生育していることが分かる。これは、二倍体レベルでの種分化の後、その種のより高所への侵入が、より高次の倍数性を伴いながら生じている具体的例とみてよいだろう。このような種内倍数性の高次化は、その種がより厳しい高山帯の環境に適応していくための一つの工夫とも考えられる。 [表1]ネパールヒマラヤと中国雲南省玉龍雪山におけるユキノシタ属(Saxifraga )Ciliatae節の倍数体の例
ベンケイソウ科イワベンケイ属の一種 Rhodiola bupleuroides はヒマラヤ地域から中国にかけて分布を広げている。これは形態的変異が著しく、植物体の大きさが数センチから一メートル近くまで達するものまであり、葉の形や大きさの変化も大きい[大場一九八六]。ネパール・ヒマラヤの多数の場所と中国雲南省の玉龍雪山から得られた材料の染色体数を調べたところ、2n=20、22、23、44、66、69、88、110といういろいろな数が確認された。2n=23および2n=69はそれぞれ安定した2n=22および2n=66の突発的な異数性と考えられる。2n=22と23、および2n=66と69はそれぞれ同じ場所で見いだされ、植物体にもそれぞれ全く違いがない。これに対して2n=20の植物はこの種の中では最も矮小で、形態的に他とはっきり区別できるものである。この仲間の染色体基本数はx=11と考えられるので、二、四、六、八、十倍体という多くの倍数体と一つの安定した異数体(2n=20)を含むことになる。これらの倍数体および異数体は一つの場所に混じって見られることはなく、互いに異所的である[表2]。この種の二倍体は分布域が広い。高度的にも、多くは海抜二八〇〇メートルから四三〇〇メートルに生育しているが、一八〇〇メートル付近にも見いだされる。形態的分化も見られ、少なくとも四つの種内分類群がこの二倍体の中に認められる。これまで調べられた限りでは、四倍体、八倍体、十倍体はアンナプルナヒ・マールのみに見られ、低所になるにつれ高次倍数体となる。六倍体はジャルジャル・ヒマールの海抜三九〇〇メートルから四三〇〇メートルの高山帯のみに見られ、二倍体より高所に生育する。したがってそれぞれの高次倍数体はたいへん局所的であり、形態的にも互いに明瞭に区別できるものであった。これらの倍数体は、幅広い生育環境をもつ二倍体からそれぞれ局所的に分化したのではないかと思われる。2n=20の異数体はこの仲間の中でも一番の高所である海抜四六〇〇メートルから四七〇〇メートルに生育している。この異数体の核型と二倍体(2n=22)の核型を挿図2に示す。異数体の核型(B)の最後の一対の染色体(no. 10)は、押しつぶし法による観察では動原体の部分で大変離れやすいものであった。no. 1からno. 9までの染色体の形は二倍体のそれとよく一致している。二倍体のno. 9からno. 11までの三対は(次)端部動原体型染色体であるが、おそらくこれらの内の一対の染色体の動原体が他の一対のそれに融合するいわゆるロバートソン型転座によって、異数体におけるno. 10のような中部動原体型染色体が生じたのではないかと考えられるのである。二倍体の分布圏より高所の高山帯への進出は、この種においてはこのようなロバートソン型転座による二倍体からの異数化を伴うものであったと推定することができよう。以上のように、乾燥標本による観察では連続的にしか認められなかったこの種の変異性が、実はいくつかの不連続な群の集まりによって生じているのではないかということが、このような染色体解析によって徐々に分かってきたのである。まだ十分な解析には至っていないが、このような種内構造の理解こそ種分化の一例を語る第一歩と考えている。 [表2]ネパールヒマラヤと中国雲南省玉雪山におけるイワベンケイ属の一種Rhodiola bupleuroides の染色体数
ヒマラヤでは二倍体レベルでの種の多様化が見られる一方で、著しい染色体倍数系列を伴う種多様化現象も存在することが最近分かってきた。ユキノシタ属の Saxifraga pallida およびその近縁群(以下 S. pallida グループと呼ぶ)がその一例である。この仲間は主にヒマラヤ地域から中国にかけて分布し、海抜約三〇〇〇メートルあたりから上部の高山帯に生育している。一般には白い花を枝分かれした花序につけ、黄色い花が優勢なヒマラヤ産ユキノシタ属の中にあってそのグループ認識は比較的容易であるが、グループ内の形態的変異はかなり複雑である。ネパール・ヒマラヤの S. pallida グループにはこれまで S. pallida 、 S. gageana 、 S. pseudopallida 、 S. melanocentra の四種だけが知られていた[Hara and Williams 1979]。染色体解析の結果、このグループの染色体基本数はx=11で、2n=22、33、44、55、66、88、99、110の二、三、四、五、六、八、九、十倍体を含み、 S. pallida は二倍体、 S. gageana は二倍体と三倍体、 S. pseudopallida は六倍体、 S. melanocentra は八倍体と十倍体であることが判明した。そして更に四倍体に二つ(A、B)、八倍体に一つ(C)、九倍体に一つ(D)の新分類群(種)が認識されたのである[表3]。詳細な細胞学的、形態学的結果はここでは省略するが、四倍体の分類群Aは二相的核型をもち複二倍体と考えられるもので[挿図3a]、雄しべの花糸の形の類似から二倍体の S. pallida と混同されていたものと思われる。しかし花の大きさや葉形は互いに著しく異なっている。四倍体の分類群Bは一相的核型をもち[挿図3b]、同じ四倍体でも分類群Aとは全く異なるものである。この分類群は、雄しべの花糸の形の類似から六倍体の S. pseudopallida と混同されていたものと思われるが、花弁の大きさは後者よりずっと小さい。八倍体の分類群Cは、 S. melanocentra に似るが、子房は上位で花茎に「むかご」を付ける点で主に異なる。九倍体の分類群Dは、形態的に特異な植物で、花茎は多数枝分かれし、そこに多くの「むかご」を密生し、枝の先に一個の白い花をつける。奇数倍数体であるので花は不稔と考えられ、専ら「むかご」によって繁殖しているものと思われる。 [表3]ネパールヒマラヤにおけるSaxifraga pallidaグループの染色体数
五倍体には形態的に二種類が認められた。一つは分類群Aに似たものであり、他は分類群Bに似たものであった。核型解析の結果、前者は二相的核型、後者は一相的核型をもつものであった。このことから、前者は分類群A(四倍体)と S. pseudopallida (六倍体)の間の雑種、後者は分類群B(四倍体)と S. pseudopallida の間の雑種と推定されたのである。
これまで述べてきた例で見るように、ヒマラヤ高山帯植物群それぞれの多様性には、少なくとも二つの傾向を認めることができる。一つはツリフネソウ属やユキノシタ属Ciliatae節に見られるような二倍体レベルでの種分化による多様性である。近縁種群内では染色体基本数は一定しているので二倍体染色体数は皆同じである。それにもかかわらず多様であるのは、高山の険しい地形とそれに基づく多様な環境に因るところが大きいと考えられる。二倍体はゲノムの一部の異常でも致命的になりかねず、しかも有性生殖を基本とするので、厳しい環境の中でそれらを正常に維持するため形態的、生理的に様々な工夫をせざるを得なかったであろう。高山帯での矮小化、クッション状化、「セーター植物」化、「温室植物」化などはその一例であるのかもしれない。しかしこれら二倍体多様性の理解はこれからの地道な解析を待たなければならない。そのためにも、多様性の中のどのような分類群が二倍体であるのか具体的に認識していくことがまず重要であろう。ユキノシタ属Ciliatae節のいくつかの種に見られるように、二倍体とともに種内に倍数系列が発達する場合もある。この場合、より高次の倍数体はより高所に生育していることが多い。これは二倍体レベルでの種分化の後、その種が更により厳しい高山帯の環境に適応していくための一つの工夫とも考えられる。このような種内倍数系列の発達が著しい例はイワベンケイ属 Rhodiola bupleuroides に見ることができる。しかし前述のユキノシタ属の場合と逆に、アンナプルナ・ヒマールでは低所になるにつれ倍数性が発達している。いずれにしても二倍体種分化の後の種内倍数性および異数性の発達は、その後の種分化に大きな役割を果たしているものと考えられる。 もう一つの高山帯における多様性傾向は、ユキノシタ属の Saxifraga pallida グループに認められたような著しい倍数系列を伴う種多様化である。グループ内に著しい倍数系列が発達しており、種によって倍数レベルや核型が異なる場合が多い多様性である。倍数性が関与した種分化の著しい例であろう。中国横断山脈に分布する植物を含め、このグループの分化の様相を更に明らかにしていく必要がある。 以上のように、染色体解析の方法で高山帯植物の多様性に「さぐり」を入れることで、これまで見逃していた自然の秩序を少しずつ認識できつつあるといえる。そしてこのような自然分類群の把握こそ、今後の大ヒマラヤの多様性理解に最も重要な基礎を与えるものなのである。
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