はじめに

テル・サラサートとはイラク西北部、モースル (Mosul) 市近郊にある遺跡群の総称である。正確にはテルール・エッ・サラサート (Telul eth-Thalathat) という。アラビア語で三つのテル (丘状の遺跡) という意味であるが、実際には少なくとも5つのテルがあることが判明している。このうち、第1、2、5号丘において1950年代から70年代にかけて東京大学東洋文化研究所を中心とした調査隊が考古学的な発掘調査を実施し、膨大な出土資料を本館に持ち帰っている。本目録が収載するのは、それらのうち完形ないし石膏修復によってそれに準じる程度にまで復元された土器標本である。

遺跡調査の詳細は既に大部な報告書にまとめられている。とはいえ、関係者は、それとは別に出土品目録を作成する必要を痛感してきた。それは、1) 発掘報告に図示されたのは一部標本のみであること、2) 報告書刊行後にも継続してきた破片接合作業によって報告時とは形状を異にする標本が増加してきたこと、3) 最初の報告が出版されてから40年以上が経過しており現在の学術水準に基づく新たな記載が求められてきたこと、4) さらに、近年とみに高まってきた館蔵品公開の要求に応じて、公開可能標本の目録整備が急務となってきたこと、などの理由による。

テル・サラサートの発掘品は、北メソポタミアの考古美術を研究・鑑賞するための国内唯一のまとまった資料である。本目録が、新たな研究を刺激することを期待したい。

整理作業は平成9年度から開始した。標本の洗浄や注記、記録との照合などを手伝っていただいた実践女子大学学生三國博子さん、データベース作成を補助して下さった総合研究博物館角美弥子さん、小川やよいさん、写真撮影を担当下さった本学文学部鈴木昭夫、東洋文化研究所野久保雅嗣両氏には厚く御礼申し上げる。また、常に援助を惜しまれなかった東洋文化研究所松谷敏雄名誉教授、考古美術部門主任平㔟隆郎教授、一部標本の時期鑑定にあたって助言いただいた国士舘大学沼本宏俊、東洋文化研究所小泉龍人両氏にも深く感謝の意を表したい。

なお、本目録は平成9-10年度当館プロジェクト経費「西アジア考古美術標本のデータベース化」 (代表・西秋良宏) による成果の一部である。


 東京大学総合研究博物館
西秋良宏