はじめに

マルヴ・ダシュト平原はイラン東南部を流れるコル川上流に発達した大きな盆地である。シーラーズ市北東部に位置し、北西から南東にかけて約100kmx40kmの範囲にひろがる盆地で、標高は1900mほどある。よく知られたアケメネス朝ペルシャの都、ペルセポリスの他にも、先史時代の遺跡が数多く分布している。

ここで本学東洋文化研究所を中心とする調査団(東京大学イラクイラン遺跡調査団)が1956年から1965年まで3シーズンにわたって複数の先史遺跡の発掘調査をおこなった。膨大な量にのぼる出土品のうち一部の優品は現地に保管されたが、若干の完形品と破片類のほとんど全てはイラン政府の許可を得て、東京大学に分与されることとなった。本書は、それら分与された完形土器、および継続して実施してきた石膏修復によってそれに準じる程度にまで復元された土器標本のカタログである。

調査団が特に関心をよせていたのは西アジア「原始農耕文化」の起源と発展の過程である。発掘地に選ばれたのも、それにふさわしい新石器時代・銅石器時代(紀元前6-4千年紀)の集落遺跡であった。それには、日本人が戦後初めて実施した海外学術調査地として知られるタル・イ・バクーン遺跡もふくまれる。また、後述するように、選定された全ての遺跡が実は、マルヴ・ダシュト平原の先史文化期を定義するのに使われている基準遺跡(タイプサイト)ばかりである。この点で、今回カタログ化した土器標本は、いずれもがイラン東南部における「原始農村文化」の起源と発展の過程を研究するための基準標本を構成している。イラン政府が国外への標本分与を停止して久しい今日、こうした一級のコレクションが本学に残されていることはまことに幸運というほかない。イラン当局関係者はもちろん、調査団代表であった故江上波夫本学名誉教授ほか各位の御尽力に対し、あらためて深い敬意と感謝の念を表するものである。

整理作業は平成10年度に開始し、12年度から本格的にすすめた。標本の洗浄や注記、修復、記録との照合を手伝ってくださった総合研究博物館の三國博子さん、小川やよいさん、写真撮影を担当いただいた上野則宏氏には厚く御礼申し上げる。また、諸方面で援助いただいた考古美術部門主任平■■郎教授、標本計測や本書の編集・校正に御協力いただいた早稲田大学大学院生久米正吾君にも深く感謝したい。

なお、本目録は平成14年度当館プロジェクト経費「イラン考古学標本のデータベース化」(代表・西秋良宏)による成果の一部である。

今回のホームページ公開にあたっては、以後の研究の進展をふまえて一部の記載を改訂した。この作業は日本学術振興会平成21年度科学研究費補助金(研究成果公開促進費)の交付を得て実施した。


2010年10月
東京大学総合研究博物館
西秋良宏