はじめに

東京大学総合研究博物館は1956年以降、西アジア各地の海外学術調査で撮影された写真類を数十万点、保管している。それらには、東京大学イラク・イラン遺跡調査団(団長:故江上波夫名誉教授)が1956年から1966年までに残した写真群数万点が含まれている。

この調査団は日本が第二次大戦後最初に組織した人文系大型海外学術調査であり、その活動を記録した写真は、学史上、高い価値をもつ。半世紀以上前の西アジアの景観、伝統風俗の写真記録は、それ自体、歴史資料となっているし、現今の政情不安、開発等により破壊された、あるいは、アクセス不能となった史跡、建物等の写真が大量に含まれている点、記録写真として国際的にも貴重である。

そのデジタル化、データベース化は年来の課題であり、これまでに、断続的に実施してきたところである。成果の一部は総合研究博物館ウェブ・データベース(UMDB)、本標本資料目録シリーズとしても公開されている。イラクに関する写真も「西アジア考古美術写真」(1996年、UMDB)、「イラクの遺跡写真」(2006年、標本資料目録第64号)に掲載されている。ただし、いずれも選別写真群であって、あわせても数百点に満たない。

今般、科学研究費公開促進経費を得たことを受け(代表:西秋、課題番号19HP8009)、より組織的なデジタル化を実施し資料を追加公開する運びとなった。本書に整理したのは、1956年から1957年にかけての滞在中、調査団がイラクで撮影した写真のうち4×5、6×6、6×9、パノンフィルム、キャビネサイズガラス乾板の1663点である。そのうち、科学研究費公開促進経費でデジタル化したモノクロ1600点は2020年6月にUMDBとしてウェブ公開されている。今回の刊行にあたっては、別にデジタル化した34点のモノクロ写真および29点のカラー写真を追補し一書にすることとした。

約1年の滞在期間の半分近くを費やしたテル・サラサート遺跡の発掘記録の写真が大半を占めるが、イラクを代表する著名古代文明の遺跡群、当時の風俗なども写しこまれている。今なお続くイラクの政情不安の中で破壊されたニムルド遺跡(古代名カルフ)の往時の様相を撮影した写真が含まれていることは注目されよう。

写真群の全貌を明らかにするには、なお時間を要するものの、それに向けた継続作業の一つとしてご理解いただければさいわいである。歴史や考古学の研究,教育のみならず文化財の保護、活用などに幅広く参照いただけることを期待したい。

作業にあたって支援いただいた考古美術部門主任古井龍介東洋文化研究所教授には深く感謝する次第である。また、巻頭に掲げたカラー写真のうち2点は、公益財団法人古代オリエント博物館、株式会社アイワードの協力を得て、褪色補正処理したものである。企画された石田恵子氏(古代オリエント博物館)に御礼申し上げる。写真の出版歴調査、内容確認にあたっては有吉亮(慶應義塾大学、当時)、池山史華(東京大学)両君の助力を得た。


 2021年5月
東京大学総合研究博物館
西秋良宏

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