2005年5月に非常に重要な学術コレクションが本館に寄贈された。サンゴ礁の生物学的研究で世界的に活躍された故・川口四郎博士の貝類コレクションである。
川口博士のコレクションの価値は、世界的な学術研究に用いられた証拠標本であるという点にある。単に数を沢山集めたコレクションとは異なり、研究を目的として集められており、川口博士の活動の歴史を表すコレクションである。
サンゴ礁がご研究の対象であったため、標本の産地は、フィリピン、石垣島川平、喜界島が大半を占めている。喜界島はお弟子さんの出身の関係で滞在され、その後は専ら石垣島の川平で調査された。フィリピンには、1980年代に毎年のように出かけられ、貝類の収集には相当な情熱を傾けられたようである(図1)。残念ながら、初期に研究されていたパラオ熱帯生物研究所、台北大学時代の標本は含まれていない。当時は標本収集にはまだ興味をお持ちでなかったのかもしれない。
川口博士のご研究のうち、貝類関係で特に特に有名なものは、二枚の殻を持つ後鰓類の解剖・発生のご研究である。二枚貝であると思われていたタマノミドリガイ、ユリヤガイ類(図2)が、腹足類であることを解剖および発生の研究から明らかにされた。幼生の形態は普通の巻貝であるが、変態後に殻の片側にもう一枚の殻が追加されて二枚になることを詳細に解明された。このご発見は世界の軟体動物学者に大きな衝撃と驚きをもって受け入れられた。
もう一つの記念碑的なご研究は、ザルガイ科二枚貝類における共生藻類の存在の発見である。リュウキュウアオイやカワラガイが共生藻類を持つことは、当時誰も予想していなかったことであった。また、このことはシャコガイ科とザルガイ科の系統・進化を考える上でも非常に興味深い発見であった。そのため、この成果を報告された論文は、現在でも国際的に引用され続けている。
川口コレクションでは、特定の分類群に関しては特に徹底して集められており、シャコガイ類とリュウキュウアオイの標本が多い。リュウキュウアオイは何百という数の殻が箱にぎっしりと詰まっており、とても個人レベルで集められたものとは信じがたい量である。
川口博士のコレクションの全貌が明らかになる前に、本館では共生藻類を持つ貝類にテーマを絞った新規収蔵展示「農園を持つ貝類」を平成15年7月に開催した(本誌8巻1号)。その時の標本は川口博士ご本人から寄贈を受けたもので、展示もご覧いただくことができたことは幸いであった。展示では本館に寄贈された貴重なコレクションとして紹介したのであるが、後になってそれらは「比較的貴重な標本の一部」であったことが判明した。川口博士にとって本当に貴重な標本はご自宅の奥深くに秘蔵され誰にも公開されていなかったのである。
図1.フィリピン産の貝類. A. カラスキ. B. クロユリダカラ. C. ヤリノホツノマタ. D. バラフイモ.E. ヤマトカセン. F. オウムガイ | ||
図2.ユリヤガイ. 沖縄県阿嘉島産 (走査電子顕微鏡写真) |
(本館助手/動物分類学・古生物学)
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Ouroboros 第29号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成18年7月20日
編集人:高槻成紀・佐々木猛智/発行人:林 良博/発行所:東京大学総合研究博物館