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フィールドより

モウコガゼルの移動追跡 —初めての捕獲—

高槻 成紀


モンゴルへの憧憬は若い頃からあった。1970年代の学生の頃、モンゴルは遠い国だった。情報が限られるほど、訪問が困難なほど、憧憬は強くなるのだった。これという契機もなくその遠き国は遥かなまま、私の中で夢は夢として胸に秘めるのもそれなりに悪いものではないという気持ちの変化が生じていた。だがその後ソ連が崩壊し、モンゴルの情報も伝わるようになり、行こうと思えば行けることになったが、身勝手なものでそうなると価値が下がったようでモンゴルへの思いは色褪せたような気がした。

図1 ガゼル捕獲のために張ったネット(2002年10月、ドルノゴビにて)
図2 平坦に見える草原にも微妙な起伏があり、ネットはこれを利用してガゼルから見えないように張る。右側の人影は調査員。
図3 追い出されて疾走して来るモウコガゼルの群れ
 ところが事態は意外な形で展開し、チャンスは突然訪れた。中国から留学生が来ることになり、彼が大学院修士課程で研究していたのがモウコガゼルであった。中国が併呑した蒙古の一部が現在黒龍江省に属しており、そこに少数のモウコガゼルが生息している。私はそこを訪れ、憧憬のモンゴル草原に立つことができた。長い夢が実現し、見ないで想像するという意味での憧憬はついえた。だが体験することが新しい夢を生んだ。何日も自動車で走り回ってようやく出会ったモウコガゼルは一瞬にその場を立ち去ってしまった。疾風のようだった。西に進んで国境まで達したとき、その彼方にモウコガゼルがたくさんいるモンゴルがあることを実感した。文字通り果てしない大草原で、沈む夕陽をながめながらモンゴル行きの夢が再燃した。

 モンゴルにガゼル研究者がいることがわかり、モウコガゼルが確かに多数いるが、近年激減していること、彼らが大規模な季節移動をするらしいこと、しかしその実態はほとんどわかっていないことなどを知った。移動を調べる方法も暗中模索であるらしかった。電波発信器は広く使われるようになっていたが、日本でおこなう数百mあるいは数kmといった狭い範囲であればアンテナを使っての調査が可能であるが、自動車で一日走っても景色がまったく変化しないような広大な草原では電波を捕捉する場所まで到達することができない。ガゼルの移動速度とその距離は桁外れであるらしかった。

 このような中で野生動物追跡の技術革新は進み、ツルなどの渡り回路を解明するために衛星による位置特定が可能になってきた。私たちは国内でシカやクマで実験的調査を進め、応用への確信を強めていた。

 一方、保全生態学が隆盛してきた。野生動物と人間がよりよい形でおりあいをつけてゆかなければならないことは広く社会に認識されるようになり、生態学の中で保全生態学は重要な位置を占めるようになってきた。その文脈からしてもモウコガゼルは意義深い。アジア内陸ステップに生息する野生動物は放牧の拡大によって脅威に直面しつつある。私たちの予備的調査でもモウコガゼルの食物とヒツジのそれとは非常に似通っており、競合的な関係にあることが示された。従来の国立公園や野生動物保護区の概念は特定の場所を区切りその中を保護するというものであったが、長距離移動をするモウコガゼルのような動物の保全のためにはそれで十分でないことは明白である。このためには、モウコガゼルの季節的な利用場所を特定してその特性を解明すると同時に、移動ルートを解明し、それらを取り込むような保護ゾーンを考えなければならない。それは空間を固定的に保護する「ハードな保護」ではなく、保護区と保護区をつなぐ範囲を明らかにしたうえで遊牧のありかたを調整するような「ソフトな保護」が必要であり、これはこれまでの保護区概念を打ち破るものになるだろう。

 目的の重要さははっきりした。それを実現するための発信器技術も確立された。こうして本学大学院農学生命科学研究科、緑地創成学研究室の恒川篤史助教授たちのグループとの協力でモウコガゼルの保全を指向したプロジェクトが実現することになった。だが最大の問題は一体本当にモウコガゼルがつかまるのだろうかということだった。捕獲ができなければ絵に描いた餅である。モウコガゼルは時速60〜70kmもの猛スピードで走ることができる。群れを見つけても文字通り風のように消え去ってしまう。しかも地形はまっ平らで隠れるところはどこにもない。私たちは事前に麻酔銃とネットを用意した。だが麻酔銃は実現がむずかしそうだった。モウコガゼルはあまりに警戒心が強く、射程距離の30mはおろか100m近づくこともできそうになかった。麻酔薬などが高価であっただけに残念だったが、諦めるしかなかった。残るはネットしかない。360度の地平線を眺めながら、ため息の出るような思いだった。

 さいわいモンゴルの研究者は多少の経験を持っていた。また地元の遊牧民はモウコガゼルの動きをよく知っていた。ネットそのものは単純な構造で、長さ50m、高さ1.5mほどの木綿紐のネットを4、5枚用意する。これを長さ1mあまりの木の棒を使って立てて、延べ長さ200mほどの「受け」を作り、ここにガゼルを追い込もうという作戦である(図1)。これを初めて見たときは

「これに入るようなガゼルがいるのだろうか?」

というのが正直なところだった。これではまるで大きな机の上にマッチ箱を置いて、反対側からビー玉を転がして当てるようなものだ。しかもガゼルは意志をもって走るのだからその成功確率は数十倍も小さいと思われた。

図4 ネットにからまったガゼルを保定する遊牧民
図5 モンゴル服の帯を用いてガゼルの体重を測定する

 だが、そこには遊牧民の経験が生きていた。あとで判ったことだが、地形が重要な意味をもっているのである。私たち日本人には「まっ平ら」に見えるステップにも微妙な起伏がある(図2)。その微妙な膨らみを利用してその背後にネットを立てると、逆からはまったく見えないのである。草原には道路があるが、自動車は道路をはずれると走れないということはない。大平原を自由に走り回ることができる2台の自動車がモウコガゼルの群れを発見すると、それを挟むように追ってネットのある丘のほうへ駆動してゆくのである。私たちはネットの脇に伏せて寒気の中でひたすら待ち続ける。震えながら待っているとかすかなエンジン音が聞こえてくる。それに気づくのも、ガゼルの姿を見つけるのもいつもモンゴル人だ。彼らは五感が私たちよりはるかにすぐれてる。特に視力は信じられないほどよい。あるとき、自動車が突然停まった。どうしたのかと訊くと、何を訊くのかという風で「ガゼルの群れがいた」と前方を指さす。私にはただの草原が続くのが見えるばかりだった。双眼鏡を取り出してみると、はるかかなたにかすかにガゼルの群れが見えたので舌を巻いた。

図6 電波発振器を装着したあと放逐されるガゼル
 さて、こうしてネットの脇で待っていると、自動車に追われて来たガゼルが砂埃を上げながら、数頭の群れで疾走してくる(図3)。本当に速い。ガゼルにすれば、追われるままに丘を越えると眼前にネットがあるのに気づくという訳だ。逆流しようとする個体がいると追って来た自動車が「ブー、ブー」とクラクションを鳴らし、ネットの脇で待ち構えていた私たちが走り出て大声を上げてガゼルをパニックに陥らせ、ネットのほうに追い込む。するとガゼルはネットに突っ込む。軽く立たせてあるネットは倒れ、ガゼルがもがくと自然にネットにからまって動けなくなる。そこに調査員が行って押さえつける(図4)。

 これが捕獲までの手順だが、いつもこううまくゆくとは限らない。むしろ失敗のほうがはるかに多い。多くの場合、ガゼルがネットを察知するらしく、ネットの脇を走り抜ける。例数は多くないが、ネットの直前で逆流してしまうこともあった。

 捕獲から発信器の装着まではガゼルに負担をかけるからできるだけ迅速に処理しなくてはならない。一人がガゼルを押さえ込むと、荷物をもった数人がかけつけすぐに作業を始める。まず興奮したガゼルを落ち着かせるために目隠しをする。私は長年ニホンジカで計測をおこなってきたのですばやく計測をして記録をとってもらう。動物が相手だからさまざまな不測のことも生じるため作業には果敢さと臨機応変な行動が必要となるが、この点、モンゴルの学生は日本の学生よりもはるかにすぐれていた。多くの学生はゲルで育ったというから、そのような日常がこういう態度を育むのであろう。最初の1頭がつかまったとき、私も慌てていたので体重を測定するための紐を忘れた。そのとき遊牧民が咄嗟に自分が巻いている帯を提供してくれた(図5)。モンゴル服には他目的な機能があるということはきいていたが、そのことを実感したことであった。

 捕獲したガゼルは体重を測定し、外部計測をしたあと、電波発信器つきの首輪をつける。これは重さ550gほどだから体重30kgほどのモウコガゼルには体重の2%未満であり、支障はない。装着段階でスイッチを入れる。すべての処理が終了したことを確認すると、目隠しをはずしていよいよ放逐する(図6)。そのときは

「どうか元気で電波を送ってくれよ」

と祈るような気持ちだった。その願いがかなって経緯は順調であった。ガゼルから電波が発信され、衛星がガゼルの位置を正確に捕捉し、驚くべきことに私たちは東京にいながらにしてリアルタイムのガゼルの位置を知ることができるのである。2002年10月に捕獲した4頭のモウコガゼルは刻々と移動位置を知らせてくれ、長い距離を移動した個体は2003年7月までに東西300km、のべ800kmほどを動いた。300kmといえば東京から名古屋ほどになる。もちろん日本にこのような動物はいない。このようなモウコガゼルの移動の引き金になっている要因は何なのだろうか。私たちはこのような問題を解明すべく現地調査と衛星情報を積極的に取り込みながら解析に取り組んでいる。

 私たちがテレビなどで接する野生動物の情報は北アメリカとアフリカに極端に偏っている。これは考えてみればおかしなことだ。さまざまな理由があったにせよ、東アジアの野生動物の実情やその生物学的知見ほとんどわかっておらず、しかもそのような状況のままで個体数が急速な勢いで減少していることを手をこまないて傍観する訳にはゆかない。モンゴルが遠い国でなくなった今、その自然と野生動物をよりよい状態で次世代に伝えることに日本が協力するのは意義深いことだと思う。

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(本館助教授/動物生態学)

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Ouroboros 第22号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成15年10月1日
編集人:高槻成紀/発行人:高橋 進/発行所:東京大学総合研究博物館