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須田コレクション寄贈にあたって—昆虫標本談義

須田 孫七


虫の国探訪事始め
昆虫とのつき合い事始めは幼児期に身の周りの虫に興味・関心を示すことから始まる。アリを探し、チョウを見つけ、カブトムシ・クワガタを飼ってみる。

 この動きは多くの諸氏の既体験といえるのではないか。須田も同様でこの幼児体験が一生続くとは思わなかった。

 学齢期に入ると自由研究・夏休みのテーマに昆虫採集・標本製作、友人と競っての虫集めが始まる。最近は自然保護等の立場から昆虫採集の宿題は下火となった。ペット化した昆虫の飼育は全盛期といえよう。
このような経過の中で身近な空間に虫好きな人がいると「昆虫少年」が誕生する。とくに教師の影響は抜群に思える。

 長じて「昆虫少年」の行く末はとなると離脱の条件が四つある。「情熱を注ぐスポーツ練習等で虫を見る時間がない」「受験勉強による焦り“虫どころではない”」「就職後ハードな勤務時間、上司や仲間とのつき合い時間の確保」「結婚後、相手の無理解」等で昆虫少年は討ち死にするが心の底には虫の国探訪の火は消えず、書棚には虫の本が並び、虫の顔を見ると癒しになる。定年退職後は不思議と「昆虫少年」がよみがえる。

 途中下車せず大人になった「昆虫少年」の収集にはいくつかのパターンがある。

めかたのアラカルト
・その1
 趣味として、癒しとして好きな虫を収集する。チョウ、大型甲虫、カミキリムシ、オサムシ等のコレクションが多い。

 普通種には目もくれず、珍種を求めて稀を漁り、高価な標本も買い求める。

・その2
 学者とは限らず研究資料としての標本を収集する。比較研究等のため日本産のみならず地球規模での収集が多い。

 本人には宝でも他人がみるとゴミに見える標本が多い。

・その3
 昆虫の姿・形・色彩に興味関心があって美術資料として、あるいは鑑賞、インテリアに使う。美の探求・造型の妙を求めるタイプ。

・その4
 現在の日本にはない、工芸品加工原料として収集。台湾・中南米で蝶画に加工し土産物として販売されている。甲虫も装身具等に加工されている。中南米の加工用のチョウはアメリカなどで養殖しているという。

・番外編は
 学校で教材用に集めたり、自由研究の作品としての標本。

 昆虫標本商が販売用に収集する業務用標本。

標本の行方
ある人の話によると個人の標本管理能力は1人で約千箱が限度だという。

 日本最大級のコレクターはいままでに、標本商に億単位の巨費を投入、世界の昆虫標本を購入したという。
いずれの目的でも個人で集めた標本はおく場所がなくなる、管理不能となる、いらなくなる、邪魔になる、との運命をたどる。

 捨てるに忍びず、さりとて引き取り手もなく、思い出だけが残る。マニアの収集対象になる標本はまだしも研究用の標本は買う人はいない。この状況は持てる標本の量にかかわらずコレクション所有者の経験する悩みとなる。

 余談だが中央アフリカ産稀種ザルモクシスアゲハ♀の標本を所蔵していた婦人がその標本の市場価値上昇を期待して待つうちに標本は害虫を受け粉になった話がある。

 過去バブル崩壊前に各地の地方自治体に雨後の筍のように郷土館、博物館が誕生した。

 個人収蔵の標本は居住地域の郷土館に寄贈し収蔵が望ましいがほとんどの館が自然系の学芸員がいないのでその管理ができず、寄贈依頼があってもお断りとなるのが実情である。また寄贈を受けても研究者による調査研究はされず貴重な資料が死蔵となり資料室は死料室に変身している。

 自然系の研究者が勤務する博物館でも学術的価値があって、情報量の高いよい標本のみ寄贈を受けている。

よい標本の条件
昆虫標本のみならず、良い標本・価値ある標本の条件は情報量の多い標本。

 個々の標本について、採集年月日、採集場所、採集者が必ずわかっていなければ研究に役立つ標本とはいえない。以前国立科学博物館で寄贈標本の取扱いについて検討した際に、三つの情報のうちひとつでもわかっていれば収蔵しようということになったが現在は知らない。

 チョウ標本で鱗粉の1つも落ちていない、甲虫標本すべての爪が欠けていないと俗に言う完全標本であっても最低上記三つの情報が不明ならば研究資料としての保存価値はなく不完全標本となる。逆にたとえ翅がボロボロでも情報がある標本が博物館では完全標本となる。

須田コレクション寄贈の経緯
幼稚園の頃から虫の国探訪を始めた昭和一桁生まれの筆者の標本の増加は歩みを止めず、現在標本数約18万点、東京の昆虫情報資料約23万点と膨大な数となってその落ち着き先が心配となった。

 平成12年に東京都が広大なゴミ捨て場として建設した西多摩郡日の出町谷戸沢廃棄物処分場満杯となり過去18年間継続した動植物生息状況調査結果の検討と考察を目的とした「谷戸沢処分場生態モニタリング評価検討会」が発足、座長は本館の高槻成紀先生、須田も昆虫担当委員として同席することになった。

 ある時、休憩時間に「児童が夏休み等に採集する昆虫の質と量、標本の行方、データの行方」が話題となった。

 その中で「東京の昆虫相を知る標本須田コレクションの存在」の話が浮上「東京産昆虫標本データベースに約18万点を東京大学総合研究博物館に寄贈」と話題が話題を生み、今年5月移管・寄贈が実現した。

寄贈標本の内容と特記
1. 東京・周辺地域の他、一部外国産も含み特定の昆虫群のみでなく各分類群を網羅的にカバーしているゼネラルコレクション

2. 総点数約10万点/標本箱数1251箱/未整理標本68箱(未整理標本は総点数に含まない)

3. 内容は東京都青梅市、武蔵野市、杉並区、高尾山・奥多摩域、八丈島、長野県川上村、安曇野、山梨県道志村等調査研究標本(調査報告書に記載した標本を含む)

4. 東京都在学生徒の採集標本

5. 外国産は台湾、熱帯アジア、ヨーロッパ、シベリア等

6. その他内外産標本

7. 全標本にデータは付いている

8. 須田の著作、論文等に使用した標本多数を含む

現状と未来
現在は全て3階の昆虫標本室の棚に保管、分類・同定・整理の作業に追われている。昆虫標本専用のキャビネット収容ではないので特定の標本を見たいとの申し出があっても現状では無理なのでお待ちいただきたい。

 将来的にはレファレンスコレクションの充実とデータベース化したい。

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(本館協力研究員/昆虫学)
(撮影:高槻成紀)

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Ouroboros 第22号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成15年10月1日
編集人:高槻成紀/発行人:高橋 進/発行所:東京大学総合研究博物館