今回の新規収蔵品展は、昨年3月蓮實重彦前総長より本館に寄贈された御尊父蓮實重康博士旧蔵美術史研究資料の一部を初めて一般に公開する機会となる。このコレクションの中身とその学術的な意義については、ハーバード大学大学院から本館へ研修に来ていた筒井弥生さんが本誌第6巻第1号で詳しく述べているので、ここでは改めて触れぬこことする。
たしかに、今回の展示はスペースも予算もごく限られた範囲内のものである。しかし、学内の教育研究の支援を使命の一つとする総合研究博物館の教育研究プログラムとして、特段に重要な意味を持っている。昨年末に実現した「真贋のはざま」展と同様、あるいはそれ以上に、学部生・院生が展示の全体について主体的に関与しているからである。本年四月、西野の「博物館工学」ゼミへ参加する者のなかから十人内外の希望者を募り、「蓮實班」が結成された。この展示担当グループは学部生、院生、社会人からなっており、展示物の選択から、作品解説、人物紹介、ポスターの作成、さらには具体的な展示プランの確定を行い、最終的な展示設営もまた彼らの主体的な活動に委ねられた。もちろん、展示の経験を持たぬゼミ生たちに向かって、それぞれの局面で適切なアドヴァイスを行うなど、教育的な指導をなしたことも事実ではあるが。
理系の学問や研究では、「実験」の試行が当然のことと考えられている。しかし、文系の世界で、具体的なモノを扱いながら、試行錯誤を繰り返す機会は稀である。ましてや、博物館での展示すなわち、一定のスペースに展示物を充填し、そこに一つの論理的で、創造性に満ちた「空間」を構築する体験は、現行の教育研究制度の枠組みのなかで容易に得難い。総合研究博物館では各教官のゼミ指導や研究活動を利用して、博物館の展示について様々な試みを行い、その成果の一端を「実験展示」として広く学内外に公開できるよう、年間の展示計画に工夫を凝らしている。
一般の博物館でも、また学部研究科でも実現の難しい実体的実習教育の推進は、教育研究機能と博物館機能を併せ持つ大学附属研究博物館ならではの特性であり、こうした「実験展示」を教育研究プログラムの一環として今後なおいっそう発展させて行きたいと考えている。
(本館教授/博物館工学・美術史)
Ouroboros 第18号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成14年7月23日
編集人:高槻成紀/発行人:高橋 進/発行所:東京大学総合研究博物館