東京大学総合研究博物館 研究協力事業者 研究協力事業者 文化人類学・文化人類学 三河内 彰子 | |
Systema Naturae〜標本は語る 18世紀にリンネという博物学者が考えた自然を記載する分類方法を振り返りながら、東大の研究に寄与してきた膨大な標本をもって、現在の分類学と、研究と標本の関係を示す試み。軟体動物の中で石灰質の殻を持っているものを「貝類」と呼んでいるにすぎない。よく見ると、系統樹の区分どおりに展示台がならべられた中に、貝を持たない軟体動物のタコやイカが、系統的に近い関係にある貝、アンモナイトと同じ展示台に並べられている。 |
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「時空のデザイン」より:カルシウムの殻に三角模様。模様のスイッチのON/OFFのパターンがフラクタルなのではと考えられる。生物の模様の物理学的研究を代表して展示。方程式に様々な数を入れることで模様が変わる。 「サンゴ礁の貝類」より:川口四郎博士が南洋で収集し研究した貝類のコレクションとして、海中をイメージした展示室で、巻貝の仲間と一緒に飾られている。 「Systema Naturae」より:貝は軟体動物の仲間として、タガヤサンミナンと模様が似たニシキマクラと言う貝が、腹足網という巻貝類を含むカテゴリーに分類され、ひっそりと他の仲間とともに展示ケースに並んでいる。 |
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「たなびく雲、風に舞う一片の雪、そして生まれては逝く生命、このような「ゆらぎ」の世界を語る言葉を物理学は持っているのだろうか」 (展示より) 1905年、アインシュタインは3つの論文を発表した。「相対性理論」、「光電効果」、「ブラウン運動」についてだ。今回UMUTとコラボレートした宇宙物理学の佐藤勝彦教授によると、前者2つは現代物理学の根幹を造る2本の縦糸、「相対性理論」と「量子論」をもたらした。そして、「ブラウン運動」の論文は、「非平衡統計力学」という横糸となる「ゆらぎの世界」への扉を開いたという。これが今回の展示のコンセプトとなった。現代の物理学は細分化されており、それぞれの分野の研究室は、大学内の建物が同じでも日常的な交流は少ない。今回の展示は、このコンセプトによって、改めて互いの存在を再考する機会でもあった。非平衡統計力学の佐野雅巳教授は、「ゆらぎの世界」の物理学は物理学を生き生きとさせ、現在では他の様々な分野にも拡大していると語る。ブラウン運動の軌跡は拡大を繰り返しても同じ構造が見えてくる性質を持ち、そのパターンはフラクタルと呼ばれる。フラクタルの概念は、この性質をもつ様々な現象の研究で使われ始めているという。その一つが生物の体に見られる模様の謎。生物の成長に見られる秩序を見出すのだ。 アインシュタインから100年、新たな研究のフロンティアをUMUTらしく魅せるために貝の模様の研究を展示に加えた。 動物分類学、古生物学で貝を専門とするUMUTの佐々木猛知によると、貝の模様の多様性とその形成の仕組みは、まだ良く分かっていないという。貝は同じ種で温度や水質の同じ環境にいても殻の模様に違いが出る。現在の貝の系統分類学では、模様に注目するよりもむしろ、細胞レベルや分子レベルのミクロな違いが分類に用いられている。最近の研究では、DNAが模様のスイッチのon/offを行っている可能性が明らかになりつつあるが、どのパターンの模様がどのように創られるのかは、謎のままだ。 一方、非平衡統計力学の世界から、模様のDNAのスイッチのon/offがある時は繰返しのパターンに、ある時はフラクタルになっているのではないか、と研究が進められているという。ミクロなDNAレベルに入り込んでいた系統分類学が、パターンの形成を扱う物理学を通すことで、再びマクロな視点から形態分類学に進展をもたらそうとしているのだ。 UMUTは日々知の探求が行われている大学にあって、新たな研究のチャンスに備えるための「標本」の宝庫だ。展示に相応しい貝が博物館にないか、貝の模様を方程式で扱う研究書に載っている貝の写真を佐々木に見せた。その貝なら同時開催する川口博士の標本展示のために、すでに収蔵庫から出してあるという。佐々木とのコラボレーションで、数ある貝の山からぴったりの貝を手際よく見つけることができた。双方の展示で同じ貝の示す意味は違う。これらの貝に「時空のデザイン」用に新しいラベルを貼った。 そして、展示の準備もできた前日、佐野雅己教授とその大学院生が川口四郎博士コレクションの前で貝の専門家佐々木猛知と対面した。 | |
展示ケースを覗き込む大学院生から、佐々木に質問が飛ぶ。 学生A「この大きさで何年たってるんですか?」 学生B「、、、、表面の筋で分からないんですか、木の年輪みたいに?」 佐々木「ああ、筋は、栄養が足りなかったり、ストレスがあったりで、できたりしますね。木の年輪みたいなものですが、一年のパターンのほかに様々な要因でもできるので、環境の方が、」 佐野「(貝を指して)これなんかも方程式で扱えそうですね」 佐々木:「方程式ですか。以前から、そういう分野があるのは聞いていますが、こちらは数式見ても見当がつかないんで、、」 佐野:「どのような模様が描けるかは、平面状で可能な方向、直線や繰り返しなど4つぐらいしかないんですね、だから、比較的簡単に数式に出来るんですよ。シミュレーションも可能です。貝の模様のシミュレーションを作りますから、一階の展示に追加しましょう。2つの展示を関連付けて。」 マクロとミクロの物理学という2つの縦糸に対する横糸である非統計力学が、その横糸的な特性を生かしてさらなる異分野と何か新しい織物を織りなそうとしているのかもしれない。 |
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UMUT内には物理学を専門とする研究者がいなかった。研究対象から展示物まで文字通り、かなりの部分が館外にあった。佐藤勝彦、樽家篤史、佐野雅巳という理学系研究科の物理学の研究者とコラボレートし、議論する中で、彼らの知恵とこだわりが館に持ち込まれ、徐々に、徐々に館内に築かれていった。 いくつものアイディアが出され、それがふさわしいものか議論の末に、いくつかが形となってゆく。 UMUTは大学に見られる専門分野での縦割り組織ではない。異分野とのコラボレーションは、UMUTの一つの特徴であり、異分野による相乗効果は活動力でもあった。しかし、これまでのコラボレーションは、館内の異分野研究者達によるもので、館内の標本をいかに利用するかという、暗黙の了解のようなものができつつあった。UMUTにとって、今回の館外とのコラボレーションは、まさに大学博物館ならではの「実験」の域であったと言えよう。その結果、改めて、大学でもありミュージアムでもあると言うUMUTの存在をとらえなおし、新たな一歩を歩みだしたのではないだろうか。 |
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