犬歯が小さいのはなぜ?



 犬歯が大きいと水平な顎運動が妨げられるとの説明が昔からあります。しかし、よほど極端に顎の自由度が必要でない限り、突出した犬歯は奥歯の適度な水平運動を妨げるものではありません。従って、例えば後の頑丈型猿人でみられるように、極端に歯が平らに磨り減り、しかも臼歯列の前方部も平らに磨り減る状態でない限り、犬歯の突出がそしゃく運動の妨げになることはまずないと思います。
 そもそも、大きな犬歯はどのように機能しているのか?ほとんどのサル社会では、犬歯は攻撃的な行動における武器として機能しています。特に順位の争い、メスをめぐるオス間の競争時にそうした攻撃性が発揮されます。ですので、犬歯の縮小もまた、繁殖行動、社会行動と関連するものと思われます。
 直立二足歩行の起源をめぐる学説の中では、犬歯が小さくなったのもペア型の雌雄関係を含む社会構造の出現と関連するのだろうと考えられています。多くのサル社会では、優位なオスが発情メスをなるべく独占するように頑張ってしまいます。その時、犬歯を実際に武器として使います。

そのため、上顎の犬歯は下顎の小臼歯に研がれ、ある程度高齢になっても、尖った牙状の歯として維持されます。
 人類は進化の過程のどこかで、実質的な発情期を失いました。発情期のメスを独占しなければならないオスにとって、これは大問題です。ハーレム構造の社会でもない限り、メスを年中独占することなどできないからです。逆に、メスの選択に依存するところが大きい、コンソートと呼ばれる生殖行動型があります。これは、肝心な時期に2頭で連れ立って生殖する行動様式で、チンパンジーでもヒヒでも一部みられます。メスがもし、より長期的にコンソートを維持する方向の選択をしたらどうだろうか?そうした行動をとりがちなオスが選択され、繁殖率が上がります。そして、発情期の曖昧化、ペア型の繁殖システム、小型の犬歯、直立二足歩行を伴った食物運搬行動、長期に渡って安定した分配行動などが共に進化しただろう、と考えることができます。