最高エネルギー
電子・陽電子衝突の国際協力実験

—東京大学素粒子物理国際研究センターの研究の歴史と将来の方向性—

素粒子物理国際研究センター 浅井 祥仁 駒宮 幸男 佐伯 学行





図:エネルギーフロンティアを駆け抜けてきた素粒子物理国際研究センターが、これまで研究を行ってきたネルギー領域:赤色の点とW粒子の対生成を示す紫色の点が、本センターにより研究・測定された点を示している。

 東京大学素粒子物理国際研究センターとその前身は、創設からこれまでの約30年間、電子(e-)陽電子(e+)衝突装置(コライダー)を用いたエネルギーフロンティアの素粒子物理研究を行ってきた。一方、素粒子物理学もこの30年急速な進歩を遂げてきた。これに果たした電子・陽電子衝突型実験の貢献は計りしれないものである。素粒子物理国際研究センターの研究の歩みは、素粒子物理学の発展の歴史そのものと言って過言でない。ここに、素粒子物理学の歴史と共にこの30年の歩みを顧みる。

 当センターの前身である「高エネルギー物理学実験施設」が設立された頃は、素粒子物理学は急激な発展を遂げる前であった。右図は、標準モデルで登場する粒子を示したものであるが、その半分にも満たない粒子しか明確に発見されていなかった。(黒く影をつけた粒子はまだ明確に発見・理解されていなかった。) 力を伝搬するゲージ粒子に対する理論的な研究も道なかばの状態であった。

 当センターは表紙のグラフに示した様に、エネルギーフロンティアでの研究を一貫して行ってきた。DASP実験、JADE実験、OPAL実験を経て、素粒子物理学に対する理解は、右図に示す様に飛躍的な進歩を遂げた。標準モデルは非常に高い精度で検証され、ゲージ粒子に対する理解が著しく進んだ。これと同時に、(1)素粒子の世代が3であること、(2)力が統一される可能性、(3)質量の起原に関する示唆、(4)超対称性粒子の存在の示唆など多くの知見が得られた。しかし、これらは同時に新しい謎を生むこととなった。これら素粒子物理学の発展の歴史を追いながら、当センターがその発展に果たしてきた寄与をまとめ、次期主力計画であるATLAS実験の果たす役割についてのべる。

 この年表は、センターの歴史をまとめたものである。赤い丸で示した項目は、当センターが大きな寄与をした重要な物理成果を示している。黒い丸はそれ以外の物理成果である。

1. DORISでのDASP実験

  e+e-コライダーを用いて素粒子の基本構造を探ろうという、東京大学理学部の計画は昭和47年(1972年)に遡る。小柴昌俊教授は、西ドイツ(当時)のハンブルグ市にあるDESY研究所に建設中だったe+e-コライダーDORISを用いたDASP実験計画を立てた。この当時、まだよく理解されていなかったe+e-コライダー実験の有する意義(新粒子発見とその詳細な研究の両方に適している)を見抜いていたという意味で、パイオニア的実験であった。
  昭和49年(1974年)には、この計画の国内根拠地として理学部附属の高エネルギー物理学実験施設が5カ年の期限で設置され(施設長:小柴昌俊)、測定器の設計を始め、電磁シャワーカウンターの製作、比例計数箱の開発・製作、ソフトウエアの作成等に当たった(右図)。

DASP実験は 、チャーム粒子発見直後に実験を開始し、
  • 新粒子Pc(χc)の発見
  • タウ粒子の確認 (1995年 パールがノーベル物理学賞受賞)
  • チャーム粒子の崩壊過程の研究 (1976年 リヒターとティンがノーベル物理学賞受賞)


など数多くの成果をあげた。東大グループの製作した電磁シャワーカウンターは実験を遂行する上で不可欠であり、また当グループは解析においても中心的役割を果たした。これらの成果により、第2世代の素粒子が出揃い、第3世代の素粒子が初めて登場した。(赤く囲んだ粒子がDASP実験で詳しく研究された)


2. PETRAでのJADE実験

 DESYではDORISに引き続いて、更にエネルギーの高いe+e-コライダーPETRAの建設を1975年に開始した。小柴教授、折戸周治助教授の率いる東大グループは、DORISにおけるDASP実験を続ける一方、PETRAでの実験の提案、設計を行い、国際協同実験JADEグループを結成した。

 昭和52年度(1977年)にはPETRAを使った国際協同実験JADEが7年の事業として認められ、高エネルギー物理学実験施設は新たに素粒子物理学国際協力施設として生まれ変わった(施設長:小柴昌俊)。測定器の建設に東大グループは主として電磁シャワー検出装置を担当した(右の写真)。この鉛ガラスカウンターは予想通りの高性能で長期間安定に渡り安定的に動作し、中央飛跡検出装置と合まって、物理解析の中心的役割を果たした。この他、データを解析するための大型計算機を当施設に設置した。これはDESYの計算機負荷を軽減し迅速な解析を行う上で重要な役割を果たした。

 JADEは1979年に実験を開始し、5年間の実験で、以下のような多くの成果を出した。東大グループは、測定器の設計段階から物理解析に至るまでJADEグループ内で主導的役割を果たした。

  • グルーオンの発見 (欧州物理学会特別賞 受賞:右図)
  • 量子電磁力学(QED)の精密検証
  • 量子色力学(QCD)の確立
  • トップクオーク、超対称性粒子など各種新粒子の探索

上図に示す粒子がJADE実験では精力的に研究され、特に量子色力学の実験的な基礎がこのJADE実験で確立された。(第3世代のボトム粒子は、JADE実験開始直前の1977年に米国で発見され、1章で述べたDORISやJADE等で詳しく研究された。)

 更に重要なことは、JADE実験での経験は、上述した物理成果のみならず、下記の二つの大きな実験を成功に導く礎となった。

(1)TRISTAN実験

 JADE実験で育った多くの人材が後にKEKのTRISTAN実験に参加し、JADEでの経験を生かしたことが、TRISTANの成功の大きな要因の一つであると言えよう。

(2)KAMIOKANDE実験

 JADE実験が安定して動き出した頃、小柴教授は陽子崩壊の観測を目指したKAMIOKANDE実験を立ち上げた(右の写真:小柴教授と20インチ光電子増倍管)。

 この実験装置には約1000本の光電子増倍管(写真:上)が用いられたが、これはJADE実験の電磁シャワー検出器に用いられた約3000本の光電子増倍管の開発研究や運転経験が多いに役立ち、その後KAMIOKANDEによる超新星爆発からのニュートリノの検出にもつながるものであった(右図)。ニュートリノ天体物理学のフロンティアに対する功績として2002年ノーベル物理学賞が授与された。



3. LEPでのOPAL実験

  LEPはCERNの加速器として1982年に建設が開始され、1989年に完成した世界最高エネルギーのe+e-コライダーである。衝突エネルギーは約100GeVであり、弱い力を伝えるZ0粒子の質量にほぼ等しく、Z0粒子を大量に生成するのに適している。

 東京大学のグループは、DASP、JADEでの経験を活かし、LEPでの実験を提案、国際協同実験OPALチームを結成した。昭和59年(1984年)には理学部附属素粒子理国際センターが設立され(時限10年)、OPAL実験に臨むことになった。(この期間のセンター長は小柴昌俊、有馬朗人、山本祐靖、折戸周治)

 東大グループはOPAL測定器(右上図)のうち最重要部分の一つである電磁カロリメータを担当した。これは約10,000本の鉛ガラスカウンター(写真:(左下)カウンター1本の構成(右下)組み上げた状態)からなる検出器であり、ここでもJADE実験の経験を充分に活かして改良を加えた結果、非常に高性能の検出器となり、実験データの質の高さに大きく貢献した。OPAL実験は全部で約400万個のZ0粒子生成事象を捉え、革命と呼ぶに値するほどの高い精度で標準モデルの研究を行った。



数々の研究成果のうち、特に重要な物理結果を以下に列挙する。

  • 素粒子の世代数を3と決定 (右図)
  • Z0粒子の性質の精密測定
  • 標準モデルの詳細な検証(1999年ト・フーフトとベルトマンがノーベル物理学賞受賞)
  • トップクォーク質量の予測 (左下図)
  • ヒッグス粒子の探索
  • 超対称性大統一理論の示唆 (右下図)




 LEPでのゲージ粒子の性質や第3世代の素粒子の研究を通して、右図に示す様に我々の素粒子物理学に対する知識は飛躍的に進歩した。(赤い枠で囲んだ粒子についての研究が行われた。トップクォークに関しては、間接的な研究であったが、上図に示す様に、その質量を正確に予言していた。)

 これらの解析には、東京大学が独自にCERNに導入した大型計算機が威力を発揮し、東大グループは物理解析においても中心的役割を果たした。

4. LEP-IIでのOPAL実験

 LEP加速器に超伝導加速空洞を導入することにより、衝突エネルギーを約2倍にまで高める計画(LEP-II)が1995年からスタートした。これに先立ち、素粒子物理国際センターは平成6年(1994年)に新たに全国共同利用施設として現在の素粒子物理国際研究センターに生まれ変わった(センター長:折戸周治、駒宮幸男)。

 LEP-IIではW粒子の対生成が可能になるほか、ヒッグス粒子や超対称性粒子などの新粒子がこれまでの約2倍のエネルギー領域で探索が可能となった。LEP-IIは毎年エネルギーの増強を続け、最終的には衝突エネルギー209GeVにまで到達し、2000年11月をもってその運転を終了した。全データを解析し尽くすにはあと数年を要するが、これまでに得られた主な成果は次のようなものである。

  • W粒子の性質の精密測定
  • W粒子生成を通しての標準モデルの詳細検証
  • ヒッグス粒子の直接的および間接的探索を通しての質量領域の限定 (左下図)
  • 超対称性粒子の質量下限を決定し、宇宙の進化で重要な役割を果たす暗黒物質に制限を与えた (右下図は、一番軽い超対称性粒子(LSP)の質量の下限を示す)


 これらのいずれの解析にも東大グループを中心とする日本の研究者は主導的な役割を果たした。また東大グループが責任を負っていた電磁カロリメータは、LEPおよびLEP-IIを通しての全実験期間(12年)、約10,000本すべての鉛ガラスカウンターが1本も欠けることなく動き続け、実験データの質の高さに大きな貢献をし、高い評価を受けた。これは、日本の産業技術の高さを国の内外に示すものである。

5. 本センターの将来計画:LHCでのATLAS実験

 本センター及びその前身は首尾一貫して、エネルギーフロンティアでの素粒子物理最先端の研究を行ってきた。これまでの約30年の間に、チャームクオークやタウ粒子の研究、グルーオンの発見、Z0粒子やW粒子の詳細研究などを通し、「素粒子の標準モデルの確立」という素粒子物理研究のメインストリームに大きな貢献を行うことができた。しかしながら、この研究はこれで終わったわけではなく、

  1. 素粒子の世代数は3と確定したが、何故3世代なのか?
  2. 標準モデルは高い精度で確立できたが、肝心のヒッグス粒子が未発見
  3. LEPで強く示唆された超対称性がLEP-IIでは未発見
など、より深淵で本質的な問題が見えてきた。

 CERNはLEP-IIの次の計画として、ヒッグス粒子の探索を中心に据え、超対称性など標準モデルを超える現象を探る為、LHCの建設を進めている。LHCでの衝突エネルギーは14TeVであるが、陽子同士の衝突であるため、実効的な衝突エネルギーはおよそ2TeVである。これは、LEP-IIの約10倍のエネルギーに相当するものであり、

  • 理論が予測する全ての領域でヒッグス粒子の発見
  • ヒッグス粒子が発見された場合、その性質の詳細測定から質量の起源や真空の構造などの理解が得られる
  • もしヒッグス粒子が存在しない場合でも、これに代わる新現象が観測される
  • 超対称性粒子が存在すると期待される1TeV領域を完全にカバーできる。
  • トップクォークの詳細な研究が可能
  • 量子重力や多次元空間の効果が見える可能性もあり、極小のブラックホールが生成、観測されるかもしれない

など、非常に重要な成果が期待される。

 本センターでは、こうした研究の流れを見据え、これまでの本センターの研究を更に発展すべく、LHCにおけるATLAS実験(次頁の図)のための準備、開発研究をその初期からLEP実験と併行して進めてきた。その結果、陽子・陽子衝突型実験では最も重要な役割をする検出器の一つであるミューオントリガーチェンバーの建設を、日本グループとイスラエルグループが共同で行うことになった。本センターでは、これまでミューオントリガーチェンバーおよび関連エレクトロニクスの開発研究を全国の共同研究者の中心となって進めてきている。



 また、実験データ解析に関しても、本センターは「地域解析センター」として、ATLAS実験データ解析の拠点となるよう関係研究者より要望されており、そのための準備を進めてきた。これは、最新のIT技術を用いて世界中に分散した計算機を統合し、膨大なサイズのデータを解析するシステム(右図)である。

 平成13年度(2001年)には本センター内にLHC実験データ解析部門が新設され、3名の教官が配置された。本センターはこの新設部門の教官を中心にして、地域解析センターパイロットモデル計算機ファームを導入し、それを用いた様々な開発研究を押し進めている。

6. リニアコライダー計画

 ここでは、わが国の次世代の加速器プロジェクトの話しもしたい。電子・陽電子リニアコライダー「JLC」は、素粒子物理の原理的な問題のいくつかに正確な回答を与える画期的な加速器である。

 電子(e-)と陽電子(e+)は素粒子とみなすことが出来るので、e+e-衝突では素粒子の素過程をほとんどありのまま観測できる。従って、実験は容易であり、理論的な予測も正確である。また、電子と陽電子は粒子・反粒子の関係にあるので対消滅して、全ての衝突エネルギーを新たな粒子の生成に用いることが出来る。従って衝突エネルギーさえ高ければ、質量の重い新粒子を素過程で生成できる。しかしながら、電子や陽電子は質量が小さいので、加速器の円形軌道を回る時にシンクロトロン光を振りほどき、大きなエネルギーを失う。円型コライダーはもはや限界にきている。そこで、電子と陽電子を直線で向かい合わせて一挙に加速して、正面衝突させるシンクルトロン放射の出ないリニアコライダーが考案された。わが国の素粒子物理研究者はいち早くこのリニアコライダーを次期基幹計画「JLC」として一貫して推進してきた。

 先に述べたLHCは陽子・陽子の最高エネルギーのコライダーである。陽子は重いのでシンクロトロン放射によるエネルギー欠損が小さく非常に高い衝突エネルギーを得られる。しかし陽子はクォークがグルーオンで結び付いた複合粒子であり、バックグラウンド事象の頻度が非常に高く、耐放射線の測定器が必須であり実験は高度な技術が必要である。従って、LHCでの実験は非常に高いエネルギーにおいて特徴のある新粒子・新現象の兆候を発見することになる。リニアコライダーでの実験は到達エネルギーは低いが、精密実験によって新現象の発見だけでなく、その詳細研究を行ない「物理の原理」を発見する役割を持つ。従って、LHCとe+e-リニアコライダーがそれぞれの長所を生かして並行して走ることが本質的に重要である。

 LEPなどでの電弱相互作用の精密測定の結果を総合すると、標準理論のヒッグスボゾンの質量は 200GeV 以下と予想される。リニアコライダーで衝突エネルギーが300GeVのあたりでは、この軽いヒッグスボゾン(h)は e+e- a Zh という反応でZボゾンを伴って大量に生成される。JLCは「ヒッグスボゾン ファクトリー」である。Zボソンの性質はLEPで調べ上げてあるので、Zを伴って生成されるヒッグスボゾンの詳細な解析ができ、それが質量の起源であることの確実な証拠を掴み得る。その例として図にはJLCで期待される実験結果を示す。標準理論では図のように各素粒子とヒッグスボゾンの結合の強さが素粒子の質量に比例している。超対称性があると、このパターンが変化を受けるので、標準理論を超える新たな展開の方向が分かる。この図にはヒッグスボゾン同士の結合もプロットしてあるが、この自己結合定数の測定は真空の構造を解明する鍵となる。この測定は1TeV 以上の高い衝突エネルギーでの実験が有利である、従って、JLCは 将来 1TeV 程度にエネルギーを増強出来ることが望まれる。

 JLCで期待されるヒッグスボゾンの実験結果である。標準理論では各素粒子とヒッグスボゾンの結合の強さ(縦軸)が素粒子の質量(横軸)に比例しており、ヒッグスボゾンが素粒子の質量の起源であることの直接的な証拠である。ヒッグスボゾン(H)同士の結合は「真空の構造」を決定する。超対称性があると、質量と結合定数の関係はいくつかの直線に分かれる。従ってこのプロットを作れば標準理論を超える新たな展開の方向が分かる。
 LHCと同様に超対称性粒子の探索も「JLC」の重要な物理の課題である。電子と超対称性パートナーである「スカラー電子」は、超対称性が正確に保たれていれば本来同じ質量を持つべきであり、現実には「スカラー電子」は今だに発見されないほど重いので、超対称性は破れている。超対称性の破れの原因は根深いところにあると考えられていて、この解明は宇宙論にも通じている。JLCで超対称性粒子群の質量スペクトラムを測定すれば、破れの原因を解明できるだろう。LHCで超対称性の兆候が発見されるだろうが、正確な質量の測定はJLCでなされ、超対称性の破れの原因となる「基本原理」が解明され、逆に超対称性粒子群の質量スペクトラムを数少ない基本原理から導くことが可能になる筈だ。

 最近の観測から示唆されるように、仮に宇宙の質量の大きな部分が暗黒エネルギー(宇宙定数)によるとしても、我々の銀河には明らかに0.3 GeV/ccの暗黒物質が存在することが銀河を回る星の速度の観測から分かっている。この暗黒物質の最有力候補が最も軽い超対称性粒子とされるニュートラリーノ(γやZボゾン又はヒッグスボゾンの超対称性パートナー)である。宇宙初期に存在した超対称性粒子の崩壊から生まれた大量のニュートラリーノの一部が今日まで残ったとすると、現在の暗黒物質の量を説明できる。JLCでニュートラリーノの研究が進めば、これが暗黒物質の正体であるか確実に判明できる。

 最高エネルギーの実験では、理論家が考えもしなかった新現象や新粒子を発見できる可能性があり、これこそ実験家冥利に尽きるので、あらゆる可能性を考慮して測定器を設計する。JLCでの実験はバックグラウンド事象数も少なく放射線も弱いので、優れた性能を持つ測定器を設計できるし、ひとたび新粒子や新現象が発見されれば、その真髄を徹底的に研究できる。

 JLC加速器の鳥瞰図。約30kmの長さのトンネルに加速装置が並ぶ。電子のビームは図の右上から、陽電子のビームは左下から加速され、中央にある実験装置の中で衝突する。

 ここ十数年ほど、日本、米国、ドイツなどでリニアコライダーの研究開発が強力に進められている。激しい国際競争のなかでも国際協力も行なわれている。わが国の研究者たちは、世界に先駆けて研究コミュニティーの高エネルギー委員会で「e+e-リニアコライダーJLCは素粒子物理の次期基幹計画」と明確に位置付けており、早期建設に向けて高エネルギー加速器機構を中心にして研究開発を行なってきた。既にわが国では衝突エネルギー500GeV のリニアコライダーの基本的な技術は開発されている。JLCの加速装置は何千個もの加速ユニットの繰り返しであり、現在は如何にして信頼性が高いユニットを安価に量産出来るかの研究開発が進められている。最近2年くらいの間にヨーロッパやアメリカの研究コミュニティーでも、ようやくリニアコライダーをLHCと同時期に走る次期基幹計画という位置付けを行ない、グローバル・コンセンサスをえた。昨年夏にはICFA (International Future Accelerator Committee)の下にリニアコライダーのステアリング委員会が出来、活動を始めている。

わが国の戦略としては、LHCなどでの国際協力を行なって行くと同時に、JLCを基軸にしてわが国に世界の研究拠点の構築を目指す。今世紀、大いに発展するであろうアジアの諸国とも連携し、更にJLCをグローバル化してプロジェクトをホストし、実験も国際的にオープンにして第一線の外国人研究者を招く。これこそわが国が国際社会の中で科学技術のフロントランナーとして科学技術への真の国際貢献を行なう道であろう。

7. 素粒子物理と宇宙物理の融合

 素粒子物理学は今大きな転換点に立っている。いままで述べたように現在の素粒子物理学の「標準理論」を大きく超えるパラダイムの転換がLHCやリニアコライダーなどの次世代の高エネルギー加速器によって確実にもたらされるであろう。素粒子の「標準理論」は、現在まで観測されている素粒子現象を正しく記述しいる様に見えるがとても究極の理論とは考え難い。問題点を挙げると、

(1)重力相互作用を説明出来ていない、
(2)異なる相互作用が統一されていない、
(3)質量の起源「ヒッグスボゾン」が発見されていない、
(4)何故3世代のクォークとレプトンが存在するかの説明がなく、質量や粒子混合のパラメータが多すぎる、

などがすぐに挙げられる。

 より高いエネルギーの素粒子反応を実験することは、高圧高エネルギーの宇宙の初期により近づくことであり、宇宙初期において普通に起っていた素粒子反応を実現することである。一方、最近の宇宙の観測によって宇宙のエネルギー組成が解明されだして、暗黒エネルギーや暗黒物質がエネルギー密度の殆どを占めていることが分かってきた。これらの起源を素粒子物理に求める試みも行なわれつつあり、素粒子物理と宇宙物理はもはや一つの大きな学問分野として融合されつつある。宇宙と関連して素粒子物理をみれば、さらに多くの謎がある。

(5)何故我々の住んでいる時空は空間3次元、時間1次元なのか、
(6)宇宙の暗黒エネルギーの密度は何故不自然なまでに小さいか、
(7)暗黒物質は何から出来ているか、
(8)宇宙の物質・反物質の不均衡の起源は何か。

 これらの疑問は宇宙物理と素粒子物理の融合によって解決の糸口が見い出されるに違いない。




略語の説明

DESY = Deutsches Elektronen-Synchrotron (ドイツ電子シンクロトロン ハンブルグにあるドイツの素粒子物理学研究所)
DORIS = Doppel-Ring-Speichers (二重リング貯蔵型電子陽電子衝突装置)
DASP = Double-Arm Spectrometer (双腕スペクトロメーター)
PETRA = Positronen-Elektronen Tandem Ring Anlage (電子陽電子タンデム型衝突装置)
JADE = Japan-Deutschland-England (日本ードイツー英国の頭文字をとってつけた実験グループ名)
CERN = Conseil Europeen pour la Recherche Nucleaire (欧州原子核研究機構、ジュネーブにあるヨーロッパの素粒子物理学研究所)
LEP = Large Electron Positron collider (CERNで建設された大型電子陽電子衝突装置)
OPAL = Omni-Purpose Apparatus for LEP (LEPを用いた国際協同実験の一つ、日本が参加)
LHC = Large Hadron Collider (CERNで建設中の大型陽子陽子衝突装置)
ATLAS = A Troidal LHC Apparatus (超伝導トロイダルマグネットを用いた LHC用汎用測定器)



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