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軟体動物 他


Part I


18 西中山層のジュラ紀前期のアンモナイト化石

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(左)Harpoceras chrysanthemum (Yokoyama)
軟体動物門頭足綱アンモナイト亜綱
山口県豊浦郡菊川町西中山
棚部一成
1981年採集
総合研究資料館、地史古生物部門

殻表面に多数の二枚貝を付着させたアンモナイト
(右)Lytoceras sp.
軟体動物門頭足網アンモナイト亜網
ドイツ、バイエルン地方ホルツマ−デン
棚部一成
1979年採集
総合研究資料館、地史古生物部門

「化石形成の科学」タフォノミー

地層中に残された地質時代の生物(古生物)の遺骸およびその生活の記録を総称して化石という。化石(Fossil)の語源はギリシャ語の掘り出されたものに由来するが、化石のすべてが石化しているわけではなく、例外的には琥珀中の昆虫化石やシベリアの氷づけマンモスのように軟体部がそのままの状態で残っている場合もある。しかし、ふつう生物は死後、遺骸の軟体部が急速に腐敗消失するため、化石として保存されるのは骨や貝殻のような硬組織である場合が多い。遺骸がそのまま化石化することはまれで、むしろ運搬・堆積の過程で様々な物理的・化学的・生物的破壊をこうむることが多い。運良く遺骸が地層中に埋没してからも、化石硬組織は時間が経つにつれて地下水による溶解や他の鉱物質への置換、堆積物の重みによる圧密変形などの作用により、元の形態・構造が変化していく。古生物研究の第一歩は、様々な保存様式を示す化石を生物学・堆積学・地球化学の知識を駆使して総合的に解析することから始まる。このような化石の形成過程の研究(タフォノミーと呼ぶ)から、古生物の本来の形態や構造を復元することが可能となり、ひいては古生物の分類上の位置や古生態の推定につながる。ここでは、極めて特異な産状と保存様式を示す山口県西部の下部ジュラ系海生動物化石群を例に取り上げ、古生態とタフォノミーの研究からどのような海洋生態系と生息環境が考えられるかを紹介したい。

18 軟体動物門頭足網アンモナイト亜網Protogrammoceras nipponicum (Matsumoto) の殼表面に付着した産状を示す二枚貝Pesudomytiloides matsumotoi (Hayami)。産地、山口県豊浦郡菊川町桜口谷。1981年、『部一成採集。東京大学総合研究資料館、地史古生物部門所蔵。標本番号UMUTMM18220。

山口県西部のジュラ系豊浦(とよら)層群

山口県西部の田部盆地周辺には豊浦層群と呼ばれる豊富な海生動物化石を多産する下部〜中部ジュラ系が分布し、1904年の横山又次郎博士(当時東京帝国大学地質学教室教授)のジュラ紀前期アンモナイトの記載以来、数多くの層序学的ならびに記載古生物学的研究がなされている。豊浦層群は上部古生界三郡変成岩類や非変成上部三畳系を不整合におおう一連の浅海成層(一部非海成層)で、下位より東長野層、西中山層、歌野層に区分される(挿図1)。東長野層は主に砂岩からなり、ヘッタンギアン階からシネムリアン階に相当するとされる。本層からは速水格博士により豊富な二枚貝類化石が記載報告されている(表1)。

西中山層は黒色頁岩を主体とした地層で、全層にわたり豊富にアンモナイト化石を産し、松本達郎・小野暎・平野弘道博士らにより詳しい化石層序学的研究がなされた。平野博士の研究によれば、西中山層は下位よりフォンタネリセラス・フォンタネレンゼ、プロトグラモセラス・ニッポニカム、ダクチリオセラス・ヘリアントイデスの三化石帯に区分され、それぞれジュラ紀前期のプリースバキアン階上部の下半部、同上半部、トアルシアン階下部に対比される(これら三化石帯は絶対年代では1億9000万年前から1億8300万年前の間の約700万年の期間に相当)。

歌野層は砂質頁岩よりなり、アンモナイトやイノセラムス科二枚貝をふつうに産し、トアルシアン階上部からバトニアン階に対比されている。

18-1 山口県西部豊浦地域の地質図。研究に用いた化石の産地を黒丸で示す。

表1 豊浦層群東長野層および西中山層産二枚貝類と推定される生活型。分類は主にHayami (1958, 1959, 1960, 1988) による。ILD:内生の唇弁を持つ泥食者、EBS:足糸を持つ外生濾過食者、EDBS:足糸を持つ半内生濾過食者、ES:内生濾過食者、INS:内生のサイフォンを持たない濾過食者、ISS:内生のサイフォンを持つ濾過食者、IM:内生の粘液質チューブ食者、PS:擬浮遊性、CM:セメント固着性、FS:一時遊泳性。

西中山層化石動物群の古生態

挿図1に示した地点から採集された総個体数約2000に及ぶ大型化石をもとに、西中山層の動物化石群の分類群別の構成を調べた結果、アンモナイト類29種、べレムナイト類1種、二枚貝類10種(以上、軟体動物)、ウミユリ類1種、魚類1種の総計42種が識別された。近縁現生種の生態や機能形態を手がかりにしてこれらの生活型を推定すると、肉食遊泳生活者(アンモナイト類、ベレムナイト類、魚類)の占める割合が高いことに気付く。二枚貝類は堆積物中に潜って生活する内生の濾過食者(水中のプランクトンを鰓で濾し取って食べるタイプ)のウミタケガイモドキ目のゴニオマイヤ一種(一個体)を除く8種すべてが海底面より上で生活する外生の濾過食者で占められ、分類学的には翼形亜綱に属する(表1、挿図2)。西中山層の二枚貝化石群は、下位の東長野層の化石群と比べて種多様性が低く、かつ内生種の割合が極めて少ないことが特徴としてあげられる。翼形亜綱ウグイスガイ目7種のうち、パルバムシウム(挿図2b)は現生のホタテ貝のように一時遊泳性の生態をしていたと思われる。またイノセラムス科に属するシュードミティロイデス(挿図2i)は、しばしば木片やアンモナイトの殻の表面に多数の小型の個体(おそらく幼体)が密接に伴った産状を示し(挿図3)、水中のアンモナイトや流木表面に足糸で付着した擬浮遊性の生活様式が考えられる。さらに、カキ亜目の「オストレア」(挿図2c)はアンモナイト(おそらくダクチリオセラス)の殻側面の装飾を残していて、その上に固着生活をしていたことがわかる。

ところで、ドイツ南部バイエルン地方の小村ホルツマーデン付近には西中山層とほぼ同時代で岩相、化石群の構成ともによく似た下部ジュラ系黒色頁岩層が分布し、多産する二枚貝の属名を取ってポシドニア頁岩と呼ばれている。ポシドニア頁岩からは世界的に保存のよい動物化石、とりわけ皮膚のレリーフや母体内に胎児を残す魚竜(海生爬虫類)化石を多産することで知られる。このポシドニア頁岩からはドイツ、チュービンゲン大学の古生物学者ザイラッハー博士により、大型のアンモナイトの殻表面に多数の個体が付着した産状を示す二枚貝類のシュードミティロイデス、ゲリビリア、モディオルス、メレアグニネラなどが報告されている(挿図4および口絵)。ザイラッハー博士はこれらの標本の観察から、ポシドニア頁岩産の二枚貝類は水中のアンモナイトや流木など限られた空間を棲み場所として擬浮遊生活を送っていたとするモデルを提唱している。挿図2に示した西中山層産のゲリビリア、モディオルス、メレアグニネラなどはポシドニア頁岩産のものと形態が類似し同種と考えられるので、シュードミティロイデスと同様に水中のアンモナイトや流木表面に足糸で付着した擬浮遊性の生活様式が強く示唆される。

18-2 下部ジュラ系西中山層産二枚貝類(白いスケールバーは1cm)。
a) PosidonotisdainelliiLosacco、産地2。
b) Parvamussium sp.、産地2。
c) “Ostrea”sp.、産地15a。
d) Modiolus sp.、産地10a。
e) Bositra sp.B.、産地20。
f) Meleagrinella sp.、産地10a。
g) Goniomya sp.、産地13b。
h) Bositra sp.A.、産地2。
i) Pseudomytiloidesmatsumotoi(Hayami).、産地5c。
j) Gervillia sp.、産地16a。
18-3 西中山層産のイノセラムス科二枚貝[Pseudomytiloidesmatsumotoi(Hayami)]の自生的産状の例。
a) アンモナイト Protogrammoceras nipponicum(Matsumoto)の殻側面(下半面)に付着した産状、産地10a。
b) 木片の周囲に多数の幼貝が密集した産状、産地5d。これらの産状から足糸で水中のアンモナイトや流木に付着した擬浮遊性の古生態が推定される。スケールは1cm。

アンモナイトの産状とタフォノミー

西中山層から豊富に産するアンモナイト化石のほとんどは殻の側面が地層面に対して平行な産状を示す。それらの保存様式を詳しく観察すると、殻の下半面のみが保存されているタイプ(挿図5C、Dおよび口絵)と、殻の両側面が保存されるタイプ(挿図5A、B)の2つがあることがわかった。化石帯ごとに、これら2タイプの産出頻度、貝殻の保存度の地域的な変化を調べた結果、プロトグラモセラス・ニッポニカム、ダクチリオセラス・ヘリアントイデス両化石帯ともに、北西から南西に向かって両側面を伴い貝殻を残した個体の産出頻度が減少する傾向があることがわかった(挿図6)。特に、南西部の小合谷(こごうたに)(産地13b)西中山(産地3m)では、ほとんどの個体が下半面保存で見つかり、しかも貝殻が消失している。

18-4 ドイツ南部、バイエルン地方ホルツマーデン付近産の下部ジュラ系(下部トアルシアン階)ポシドニア頁岩(Posidonienschiefer)におけるアンモナイトに付着した二枚貝類の産状(Seilacher, 1982より)。

18-5 西中山層産アンモナイト化石の保存様式。
A)-B) 貝殻を伴い両側面を保存した Fucinicerasnakayamense (Matsumoto)、2方向から撮影、産地D13。
C)-D) 下半面のみを保存した Harpoceras inouyei (Yokoyama)、 地層面に対して下側および側面から撮影、産地5g。
E) 両側面を保存した Dactyliocerassp. の正中断面(貝殻が確認される)、産地5a。

つぎに、アンモナイト化石の保存様式と含化石層の岩相や化学組成の関係に注目してみよう。貝殻を残す完全個体の多い北東部の頁岩は葉理の発達した砂質頁岩よりなり、母岩中には酸化カルシウム(CaO)の含有量が全岩に対する重量比で2〜6パーセントと高く、X線粉末解析の結果から炭酸塩鉱物の方解石(CaCO3)の存在も認められる。一方、下半面保存の化石を多産する南西部の頁岩は黒色泥質で油分(有機炭素)を多く含み、地層面には堆積性黄鉄鉱粒子が特徴的に認められる。また、母岩中の酸化カルシウム含有量は1パーセント以下で、しかもその大部分は長石やアパタイトに由来し、炭酸塩や酸化カルシウムはほとんど認められない(挿図6)。このことは、X線粉末解析の結果からも裏付けられる。

以上の化学分析の結果から、北東部では無機的にせよ生物源によるにせよ炭酸カルシウムの沈積の起こり得る環境であったことがわかる。このような堆積環境下では、アンモナイトの死殻は貝殻が溶解されずに地層中に保存され、後の上下方向からの圧密変形により多少偏平化したと考えられる(挿図7右)。これに対し、南西部では炭酸カルシウムが溶出するような還元的な堆積環境であったと考えられる。また、黒色頁岩中の多量の有機炭素と黄鉄鉱は次のような反応により形成されたと推定される。まず、大量のプランクトンなどの遺骸が海底に堆積して有機物の分解と嫌気的硫酸還元バクテリアの作用による硫酸イオンの還元が起こり、炭酸水素イオンと硫化水素が発生する。硫化水素の多くは大気中に放出されるが、一部は二価の鉄イオンと反応して硫化鉄が生成され、さらに硫化鉄と元素硫黄の反応により二硫化鉄(FeS2)、すなわち黄鉄鉱ができる。このような堆積環境下では、酸化還元電位(Eh)がゼロのレベルは海底面より上にあり、海底付近は無酸素状態であったと思われる。したがってアンモナイトの死殻が海底の泥に半分埋もれた後、海水に露出した上半面の殻は海水との反応で溶解・消失し、下半面の型だけが地層中に保存されたものと考えられる(挿図7左)。

18-6 西中山層におけるアンモナイト化石の保存様式および含化石頁岩中の方解石の相対的含有量およびCaO量の地域的変化。横線は産出頻度の95%信頼区間を示す。18-7 西中山層産の2つの異なる保存様式を示すアンモナイトの形成過程を説明するモデル。

ジュラ紀前期の海洋無酸素事変

西中山層の動物化石群の生態学的特徴やタフォノミーの研究から、前期ジュラ紀の後期プリースバキアン期から前期トアルシアン期にかけての短い時期に還元的な海洋環境と底生生物を欠く特異な動物群が存在していたことが推定された。西中山層とほぼ同時代でよく似た化石群を含む有機質黒色頁岩は、前述のポシドニア頁岩の分布するドイツ南部を含めて世界各地で報告されている(挿図8)。英国オックスフォード大学の地球化学者ジェンキンズ博士は、有機炭素や硫黄の分析と炭素同位体層序の資料から、ジュラ紀前期の限られた時期に汎世界的に海洋無酸素事変があったとする説を唱えている。また、同じ英国バーミンガム大学の古生物学者ハラム博士は、この事変の時期にヨーロッパ全域で海生無脊椎動物の大規模な入れ替わり(ターンオーバー)があったとするデータを示すとともに、海面の上昇に伴う無酸素帯の発生と拡大により海洋生態系の大規模な破壊(大量絶滅)が引き起こされたという仮説を提唱している。いずれにせよ、西中山層の化石群は、ジュラ紀前期の地球規模での環境変動とそれに関連した特異な生物群集の生態を明らかにするうえで重要な研究素材と考えられる。

(棚部一成)

18-8 ジュラ紀前期トアルシアン期の海洋無酸素事変を記録した有機質黒色頁岩の分布(Jenkyns, 1988)。大陸および海洋の配置は当時の状態に復元している。
A) 山口県豊浦地域(西中山層)、
B) ドイツ南部バイエルン地方(ポシドニア頁岩)。

この解説文は、以下の論文の内容を要約したものである。本文中に引用したその他の文献は省略するが、以下の論文にリストされている。なお、研究に用いた標本はすべて東京大学総合研究資料館に登録保管されている。
Tanabe, K., 1983, Mode of life of an inoceramid bivalve from the Lower Jurassic of West Japan. Neues Jb. Geol. Palaont. Mh., 1983(Heft 7), pp.419-428.
Tanabe, K., 1991, Early Jurassic macrofauna of the oxygen-depleted epicontinental marine basinin the Toyora area, west Japan. Saito Ho-on Kai Mus. Natural Hist., Spec. Pub ., No.3(Proceedings of Shallow Tethys3, Sendai, 1990), pp.147-161, pls.1-2.
Tanabe, K., Inazumi, A., Ohtuka, Y., Tamahama, K., andKatuta, T., 1984, Taphonomy of half and compressed ammonites from the Lower Jurassic black shales of the Toyora area, west Japan. Palaeogeogr., Palaeoclimatol., Palaeoecol., Vol.47, pp.359-378.


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