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殻表面に多数の二枚貝を付着させたアンモナイト
(右)Lytoceras sp.
軟体動物門頭足網アンモナイト亜網
ドイツ、バイエルン地方ホルツマ−デン
棚部一成
1979年採集
総合研究資料館、地史古生物部門
18 軟体動物門頭足網アンモナイト亜網Protogrammoceras nipponicum (Matsumoto) の殼表面に付着した産状を示す二枚貝Pesudomytiloides matsumotoi (Hayami)。産地、山口県豊浦郡菊川町桜口谷。1981年、『部一成採集。東京大学総合研究資料館、地史古生物部門所蔵。標本番号UMUTMM18220。 |
西中山層は黒色頁岩を主体とした地層で、全層にわたり豊富にアンモナイト化石を産し、松本達郎・小野暎・平野弘道博士らにより詳しい化石層序学的研究がなされた。平野博士の研究によれば、西中山層は下位よりフォンタネリセラス・フォンタネレンゼ、プロトグラモセラス・ニッポニカム、ダクチリオセラス・ヘリアントイデスの三化石帯に区分され、それぞれジュラ紀前期のプリースバキアン階上部の下半部、同上半部、トアルシアン階下部に対比される(これら三化石帯は絶対年代では1億9000万年前から1億8300万年前の間の約700万年の期間に相当)。
歌野層は砂質頁岩よりなり、アンモナイトやイノセラムス科二枚貝をふつうに産し、トアルシアン階上部からバトニアン階に対比されている。
18-1 山口県西部豊浦地域の地質図。研究に用いた化石の産地を黒丸で示す。 |
ところで、ドイツ南部バイエルン地方の小村ホルツマーデン付近には西中山層とほぼ同時代で岩相、化石群の構成ともによく似た下部ジュラ系黒色頁岩層が分布し、多産する二枚貝の属名を取ってポシドニア頁岩と呼ばれている。ポシドニア頁岩からは世界的に保存のよい動物化石、とりわけ皮膚のレリーフや母体内に胎児を残す魚竜(海生爬虫類)化石を多産することで知られる。このポシドニア頁岩からはドイツ、チュービンゲン大学の古生物学者ザイラッハー博士により、大型のアンモナイトの殻表面に多数の個体が付着した産状を示す二枚貝類のシュードミティロイデス、ゲリビリア、モディオルス、メレアグニネラなどが報告されている(挿図4および口絵)。ザイラッハー博士はこれらの標本の観察から、ポシドニア頁岩産の二枚貝類は水中のアンモナイトや流木など限られた空間を棲み場所として擬浮遊生活を送っていたとするモデルを提唱している。挿図2に示した西中山層産のゲリビリア、モディオルス、メレアグニネラなどはポシドニア頁岩産のものと形態が類似し同種と考えられるので、シュードミティロイデスと同様に水中のアンモナイトや流木表面に足糸で付着した擬浮遊性の生活様式が強く示唆される。
18-2 下部ジュラ系西中山層産二枚貝類(白いスケールバーは1cm)。 a) PosidonotisdainelliiLosacco、産地2。 b) Parvamussium sp.、産地2。 c) “Ostrea”sp.、産地15a。 d) Modiolus sp.、産地10a。 e) Bositra sp.B.、産地20。 f) Meleagrinella sp.、産地10a。 g) Goniomya sp.、産地13b。 h) Bositra sp.A.、産地2。 i) Pseudomytiloidesmatsumotoi(Hayami).、産地5c。 j) Gervillia sp.、産地16a。 | 18-3 西中山層産のイノセラムス科二枚貝[Pseudomytiloidesmatsumotoi(Hayami)]の自生的産状の例。 a) アンモナイト Protogrammoceras nipponicum(Matsumoto)の殻側面(下半面)に付着した産状、産地10a。 b) 木片の周囲に多数の幼貝が密集した産状、産地5d。これらの産状から足糸で水中のアンモナイトや流木に付着した擬浮遊性の古生態が推定される。スケールは1cm。 |
18-4 ドイツ南部、バイエルン地方ホルツマーデン付近産の下部ジュラ系(下部トアルシアン階)ポシドニア頁岩(Posidonienschiefer)におけるアンモナイトに付着した二枚貝類の産状(Seilacher, 1982より)。 |
18-5 西中山層産アンモナイト化石の保存様式。 A)-B) 貝殻を伴い両側面を保存した Fucinicerasnakayamense (Matsumoto)、2方向から撮影、産地D13。 C)-D) 下半面のみを保存した Harpoceras inouyei (Yokoyama)、 地層面に対して下側および側面から撮影、産地5g。 E) 両側面を保存した Dactyliocerassp. の正中断面(貝殻が確認される)、産地5a。 |
つぎに、アンモナイト化石の保存様式と含化石層の岩相や化学組成の関係に注目してみよう。貝殻を残す完全個体の多い北東部の頁岩は葉理の発達した砂質頁岩よりなり、母岩中には酸化カルシウム(CaO)の含有量が全岩に対する重量比で2〜6パーセントと高く、X線粉末解析の結果から炭酸塩鉱物の方解石(CaCO3)の存在も認められる。一方、下半面保存の化石を多産する南西部の頁岩は黒色泥質で油分(有機炭素)を多く含み、地層面には堆積性黄鉄鉱粒子が特徴的に認められる。また、母岩中の酸化カルシウム含有量は1パーセント以下で、しかもその大部分は長石やアパタイトに由来し、炭酸塩や酸化カルシウムはほとんど認められない(挿図6)。このことは、X線粉末解析の結果からも裏付けられる。
以上の化学分析の結果から、北東部では無機的にせよ生物源によるにせよ炭酸カルシウムの沈積の起こり得る環境であったことがわかる。このような堆積環境下では、アンモナイトの死殻は貝殻が溶解されずに地層中に保存され、後の上下方向からの圧密変形により多少偏平化したと考えられる(挿図7右)。これに対し、南西部では炭酸カルシウムが溶出するような還元的な堆積環境であったと考えられる。また、黒色頁岩中の多量の有機炭素と黄鉄鉱は次のような反応により形成されたと推定される。まず、大量のプランクトンなどの遺骸が海底に堆積して有機物の分解と嫌気的硫酸還元バクテリアの作用による硫酸イオンの還元が起こり、炭酸水素イオンと硫化水素が発生する。硫化水素の多くは大気中に放出されるが、一部は二価の鉄イオンと反応して硫化鉄が生成され、さらに硫化鉄と元素硫黄の反応により二硫化鉄(FeS2)、すなわち黄鉄鉱ができる。このような堆積環境下では、酸化還元電位(Eh)がゼロのレベルは海底面より上にあり、海底付近は無酸素状態であったと思われる。したがってアンモナイトの死殻が海底の泥に半分埋もれた後、海水に露出した上半面の殻は海水との反応で溶解・消失し、下半面の型だけが地層中に保存されたものと考えられる(挿図7左)。
18-6 西中山層におけるアンモナイト化石の保存様式および含化石頁岩中の方解石の相対的含有量およびCaO量の地域的変化。横線は産出頻度の95%信頼区間を示す。 | 18-7 西中山層産の2つの異なる保存様式を示すアンモナイトの形成過程を説明するモデル。 |
(棚部一成)
18-8 ジュラ紀前期トアルシアン期の海洋無酸素事変を記録した有機質黒色頁岩の分布(Jenkyns, 1988)。大陸および海洋の配置は当時の状態に復元している。 A) 山口県豊浦地域(西中山層)、 B) ドイツ南部バイエルン地方(ポシドニア頁岩)。 |
この解説文は、以下の論文の内容を要約したものである。本文中に引用したその他の文献は省略するが、以下の論文にリストされている。なお、研究に用いた標本はすべて東京大学総合研究資料館に登録保管されている。
Tanabe, K., 1983, Mode of life of an inoceramid bivalve from the Lower Jurassic of West Japan. Neues Jb. Geol. Palaont. Mh., 1983(Heft 7), pp.419-428.
Tanabe, K., 1991, Early Jurassic macrofauna of the oxygen-depleted epicontinental marine basinin the Toyora area, west Japan. Saito Ho-on Kai Mus. Natural Hist., Spec. Pub ., No.3(Proceedings of Shallow Tethys3, Sendai, 1990), pp.147-161, pls.1-2.
Tanabe, K., Inazumi, A., Ohtuka, Y., Tamahama, K., andKatuta, T., 1984, Taphonomy of half and compressed ammonites from the Lower Jurassic black shales of the Toyora area, west Japan. Palaeogeogr., Palaeoclimatol., Palaeoecol., Vol.47, pp.359-378.