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軟体動物 他


Part I


17 マーシャルカイロウドウケツ


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Euplectella marshalli Iijima
海綿動物門、六放星体目、カイロウドウケツ科
相模湾
総合研究資料館、動物部門

相模湾が六放海綿類(註1)の宝庫であることを豊富な材料で立証し、欧米の学者を真に驚嘆、羨望せしめたのは飯島魁(1861〜1921)である(磯野1988)。

飯島は、明治10(1877)年、東京大学に設立された生物学科の第1回卒業生である。この時期の動物学教授は初代がモース(註2)、第二代がホイットマン(註3)と、いずれもアメリカ人のお雇い教師であった。ホイットマン教授の指導で、飯島はヒルの卵発生という卒業研究を行った。卒業後まもなく理学部準助教授となりイギリスから帰国した第三代教授の箕作佳吉を助けることになった。その翌年の明治15(1882)年、飯島はホイットマンも指導を受けたライプチヒのロイカルト教授(註4)のもとへ留学した。ロイカルトは当時の動物学、特に寄生虫学の権威で、国内外の多くの研究者が指導を仰いでいた。飯島はロイカルトの下で3年間にわたり、淡水性渦虫類(註5)や寄生虫の研究を行った。帰国の翌明治19年に東京帝国大学理科大学と改称されていた動物学教室の教授となり、以後大正10(1921)年、59歳で病没するまで35年間にわたって研究と教育に尽力した。

飯島の研究は渦虫類、寄生虫など多岐にわたるが、その中で寄生虫学を中心に多くの学者を育てた。また、彼は鳥類も研究し、日本鳥学会の初代会頭となり、日本の初期の鳥類学者を指導している(註6)。しかし、明治27(1894)年頃より病没するまで心血を注いだのは深海性の海綿類である六放海綿類の研究である(上野1981、堀越1983、註7、8参照)。

海綿動物は最も原始的な多細胞動物で、極地から熱帯まで、世界中の海域、淡水域に広く生息し、約5000〜5500種の現生種が知られている。この動物は骨格の成分や形態などにより四綱に分けられるが、六放海綿類(綱)は六放体の珪質の骨格をもつことで他の海綿類と区別される(渡辺1992)。

六放海綿類の体はふつう中空の筒状であるが、変形して不規則な形のものもあり、中には樹枝状を呈するものもある(挿図3)。体の下端あるいは柄をもって海底などの外物に付着している。上端に広い口があり、これが胃腔に続いている。大きさは様々で、1メートル以上に達するものから10センチ以下のものまである。色は白または淡黄色・淡紅色で、鮮やかな濃い色をしたものはない(谷田1961)。100メートル以浅にはほとんど見られず、200〜1000メートルの深海底に最も多く、5000メートルの深さから採集されることもある(谷田1961、重井1971)。日本近海からは、マーシャルカイロウドウケツ(註9)、ヤマトカイロウドウケツ(註9)L(挿図1)、ホッスガイ(註10)(挿図2)、スギノキカイメン(挿図3)、ツリガネカイメン(挿図4)、キヌカツギカイメン(挿図5)、ハリナガフクロカイメン(挿図6)、カゴノメカイメン(挿図7)、キノコカイメン(挿図8)の他、多くの種が知られている。

17-1 ヤマトカイロウドウケツ(EuplectellaimperialisIjima)、相模湾産、駿河湾にも分布する(飯島、1918)。17-2 ホッスガイ(HyalonemasieboldiGray)、相模湾産、根毛の基部にサンゴ虫の一種が着生している(飯島、1918)。
17-3 スギノキカイメン(WalterialeuckartiIjuma)、相模湾産、体は葉の落ちた杉木に似ている。種小名は、恩師ロイカルトに献じたものである(飯島、1901)。17-4 ツリガネカイメン(RhabdocalyptusvictorIjima)、相模湾産、六放海綿中最も大形で、全長1メートル以上に達することもある。全長88cm、中央部の径は22-27cm(飯島、1904)。
17-5 キヌカツギカイメン(RhabdocalyptuscapillatusIjima)、相模湾産(飯島、1904)。17-6 ハリナガフクロカイメン(Scyphidiumlongispina[Ijima])、模式標本、相模湾産、小さな幼若な2個体が付着している(飯島、1904)。
17-7 カゴノメカイメン(ChaunoplectellacavernosaIjima)、乾燥標本、相模湾産(飯島、1903)。17-8 キノコカイメン(CaulophacuslotifoliumIjima)、模式標本、相模湾産(飯島、1903)。

1894年以降、Zoologischer Anzeigerや動物学彙報、動物学雑誌に数篇の新種や新属の記載を行っているが、1901年から1904年にかけて理科大学紀要に4篇にわたって、総計764頁に及ぶモノグラフを出版した。日本産、特に相模湾産の六放海綿類の一部を纏めたもので、4科、19属、46種の中で、飯島の発見による2新科、6新属、27新種を含むものである(堀越1983)。

これらの研究では、種の標徴となる外形、骨片の観察に止まらず、組織学的、発生学的な観察も行った。その記載は詳細を極め、各々の種についての記載は数頁から数十頁にわたった。マーシャルカイロウドウケツにいたっては、その記載は実に116頁にもおよんでいる(挿図9)。

17-9 マーシャルカイロウドウケツ(EuplectellamarshalliIjima)(飯島、1901、第4図版)。
4)体を縦に切断して体壁を胃腔(内側)からみたもの。上端には篩(状)板がある。5)底板、線画を写真撮影。6)-9)幼若個体、各22、32、42、63mm。7)は骨格。10)-14)骨片の一種とその発生。14)は13)の骨片の末端。15)2幼若個体の篩板(39、48mm)。16)平均的大きさの皮層骨片。17)、18)鋭端六放星体。18)は幼若個体のもの。19)-21)骨片の一種。20)では骨片の先端は消失している。22)-25)、28)組織切片図。22)は鞭毛室層の一部。23)は皮膜の一部。24)、25)は原始細胞とその分化。28)は体壁の断面の一部。26)体の基部にある錨状の骨片の下端。27)口(大孔)の周縁の骨片、下側が口の縁。

これらの研究は世界的に極めて高く評価され、その結果、東南アジアを周航したジボガ号の六放海綿類の研究を依頼されるに至った(註11)。大正10(1921)年に飯島は急死したが、原稿はほとんど完成していたので、岡田弥一郎の助力によって、ジボガ号探検研究報告書の一部として出版された。この研究報告には15科34属76種および亜種が記載されているが、これには1新族、3新科、7新属、49新種、11新亜種が含まれていた。この研究では組織学的研究はないが、種々の骨片の系統的考察を行い、六放海綿の各目、各族および他の海綿類について系統を論じた。その結果、六放海綿類の新分類法が考案され、この類の分類の大系が樹立されたのである(堀越1983)。

飯島が研究に使用した六放海綿類の標本のうち約300点は、現在もその多くが乾燥標本として、良好な状態で動物資料部門に保管されている。一部のものは、展示標本のマーシャルカイロウドウケツのように液漬標本として保存されている(註12、13)

(坂本一男)

註1 海綿動物門、六放海綿綱。ガラス海綿、珪質海綿とも呼ばれる。
註2 Edward Sylvester Morse(1838-1925)大森貝塚の発見や日本へ初めて進化論を紹介したことで有名。1877〜79年在任。
註3 Charles Otis Whitman(1842-1910) 1879〜81年在任。
註4 K. G. F. Rudolf Leuckart(1822-1898).
註5 学位論文は「渦虫類 Dendrocoelumlacteum の構造と発生」。
註6 飯島の動物学の中で、ライプチヒと無関係なのは鳥学である。これは飯島の若い時からの銃猟好きと関係がある(註8参照)。
註7 これらの研究には三崎臨海実験所の有能な採集人であった青木熊吉(通称熊さん)の存在が不可欠であった。飯島の論文にも「Kuma」の愛称で登場する。たとえば、Since the first specimen [ofE. marshalli] was brought to me by Kuma in1894. . . (Ijima, 1901: 86)の如くである。
註8 飯島が海綿の研究を始めた動機については、青木熊吉が美しい海綿類を教室に持参したからであろうという推測もあるが(五島清太郎、「動物学雑誌」、34巻)、上野(1981)はドイツ留学中の恩師ロイカルトの影響であろうと考えている。ロイカルトは腔腸動物の研究に際し、海綿動物にも興味を示しているので、彼に感化された飯島が恩師の興味を受けついで、相模湾に豊富な六放海綿類を選んで研究したのであろう。
註9 カイロウドウケツ類の体は中空の筒状で、下端は細長い骨片の束となり、海底の砂泥中に埋まって体を固定している。その先端の骨片は先が錨状になって砂泥中から抜けるのを防いでいる(挿図9の26図)。この海綿類の肉質を晒して骨格のみとした標本は極めて繊細美麗なもので、英語名では「ビーナスの花籠」(Venus' flower basket)と呼ばれている(堀越1983)。カイロウドウケツは漢字では「偕老同穴」と書かれ、これは中国の故事に由来する夫婦仲のよさを表す言葉である。カイロウドウケツ類の体の中空の部分(胃腔)にはドウケツエビが雌雄ペアで共生している。偕老は海老にも通じる。故事にちなんで、カイロウドウケツは結婚の祝い物にも用いられる。本来、カイロウドウケツはこのエビにつけられるものであろう(谷田1961、重井1971、渡辺1992)。
註10 ホッスガイ類は身体の肉質部から長い柄を生じて海底面上に直立しているが、採集後間もなく肉質部は分解して取れてしまい、柄の部分のみが残る。本来は下方となるべき海底の底質内にささった部分を逆に上にしてみると、僧侶の持つ払子(ほっす)に似ているのが和名の由来であるが、この軸はまさに太いガラス繊維をより合わせたようなものからなっている(堀越1983)。
註11 飯島に依頼したのは探検の主長のMax Weber である(上野1981)。
註12 現在、全世界レベルで海綿類の分類学的再検討(Systema Porifera)が行われており、飯島の研究と標本が再び注目されている(McGill University の Dr. HenryM. Reiswig からの飯島標本調査依頼の私信による)。
註13 飯島の六放海綿類標本の調査に当たっては、お茶の水女子大学の渡辺洋子教授に尽力を賜った。記して深謝の意を表する。

参考文献

磯野直秀、1988、「三崎臨海実験所を去来した人々 日本における動物学の誕生」、学会出版センター
上野益三、1981、「採集と飼育」43(『近代日本生物学者小伝』、平河出版社、1988に再録されたものから引用)。
堀越増興、1983、「六放海綿類の研究 飯島魁とその業績」、『総合研究資料館展示解説』、109〜114頁
渡辺洋子、1992、「動物たちの地球」(61)、12〜15頁
谷田専治、1961、「動物系統分類学」2巻、中山書店
重井陸夫、1971、「アニマルライフ」2、893〜894頁
飯島魁編、1918、「動物学提要」、大日本図書
飯島魁の六放海綿類論文目録(堀越1984より転載)
1894. Notice of new Hexactinellida from Sagami Bay, I. Zool. Anz. , 365-369.
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1904. Studies on the Hexactinellida, Contribution IV(Rosellidae).Jour. Coll. Sci., Imp. Univ. Tokyo, 18, Art. 7: 1-307,pls. 1-23.
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