国内では奄美大島とその属島および徳島に生息する。沖縄本島にも古い記録があるが、最近は、発見されていない。国外では中国、朝鮮半島、台湾に分布している。
生息地食樹の多い人家周辺、墓地、林縁のほか、山間部までもよく見かけられ、雄は好んで山頂部に飛来する。韓国では、人家周辺にほとんど産せず、渓流沿いの樹林地帯のかなり高地(標高800メートル付近)まで生息する。このような事実は本種がもともと樹林性の蝶であることを示している。
食餌植物 ニレ科のクワノハエノキ(リュウキュウエノキ)。この植物は南西諸島から九州西まわりの分布型を示し、山口県下まで分布している。エノキ、エゾエノキでも餌育時に与えるとかろうじて成長し、小型の成虫を生ずる場合がある。
成虫の習性 ゴマダラチョウによく似ているが飛び方はゆるやかである。リュウキュウアサギマダラに擬態していると思われるほど飛び方が似ており、飛翔中見まちがえることもある。主な食物は樹液(スダジイ、サルスベリなど)、腐果(パパイア、スモモ、イチジクなど)で、ときにアブラムシの分泌物も吸う。特定の花にも好んで集まり、ホルトノキ、アオキなどが吸密植物として記録されている。雄は食樹または付近の樹冠で占有行動をとり、枝先に翅を全開または半開してとまることが多い。山頂の樹葉上でも同様な行動が見られる。配偶行動の詳細は不明であるが、高い樹上で交尾しているものが多いという(牧野信市氏、未発表)。雌は食樹の小枝から幹へ翅を開閉しながら歩き、樹皮に一卵ずつ産付する。また、成葉の表面あるいは裏面に静止し、腹部を強く曲げて一卵ずつ産みつける。これは食樹の新芽・若葉を除く全表面が産卵の対象部位になっていることを示すが、どちらかというと成葉より枝や幹の方が多く、幹の太さはあまり関係がなく、乱雑に産卵する感じを受ける。
卵 食樹の枝、幹、成葉の裏面・表面に一卵ずつ産付されている。ほぼ球状で青緑色、20〜21本の縦隆起条をもつ。卵期は7〜9日。
幼虫の習性 孵化幼虫は卵殻を少し食べたのち、葉表に静止し、摂食時には葉縁から不規則な食痕を残して食べる。同じ食樹につくテングチョウが若葉を食べるのと対照的に、成葉を好み、飼育時に与えた若葉は食べようとせず死んだという記録もある。ただし、越冬後の春の幼虫は若葉をよく食べるのは興味深い。葉が硬化している場合、若齢は太い葉脈を残すようにして摂食する。非摂食時の若齢・中齢は体の前半を斜め上に持ち上げて葉表の座に静止している。この姿勢の生態的な意味は明らかでないが、降雨時にもこの姿勢を維持することが知られている。越冬幼虫は食樹の枝の分岐点などに1頭ずつ頭を伏せるようにして静止している。その位置は日光の直射を受けない面であれば枝の上面でも下面でもよく、直径3〜4センチ程度の枝が好まれるようである。体色が緑色系から褐色系に変って越冬に入る時期は食樹の黄葉、落葉の時期と関連しているのか、日長や温度によるのか不明であるが、11〜12月ごろがその時期と思われる。ゴマダラチョウのように幹を伝って地表におりる習性は確認されていない。おそらく今後の調査でそのような事例も見つかるであろうが、大部分の幼虫は樹上越冬であることはまちがいない。春の休眠からさめる幼虫についての記録はとぼしいが、1975年3月31日、奄美大島小湊では樹高3.5メートルの食樹で、地上1.5メートルの樹幹(日陰)を上昇し、芽の出ていない枝の先端まで行って後戻りし、分岐部の下側に座をつくって下向きに静止した幼虫を見ている。この幼虫は灰褐色で、歩行時には、2.5センチくらいに体が伸びるが、静止時には2.0センチほどに縮まっていた(高橋真弓、未発表)。越冬後の2回の脱皮によって生じた終齢(6齢または7齢)は緑色で、緑葉表面に静止している。
蛹 食樹の葉や枝に下垂する。習性上はゴマダラチョウとの差異を認めない。
天敵 卵には寄生蜂が多い。幼虫はスズメ、メジロなどの小鳥のほかアシナガバチに捕食される。とくに第2、第3回目の2〜3齢幼虫はアシナガバチによる死亡率が高い(牧野信市氏、未発表)。
地理的変異・分布 奄美大島のほか加計呂麻島、与路島にも記録がある。奄美大島では海岸付近から山間部まで広く生息し、食樹の多い低地では普通に産する。これらは特産亜種 (ssp. shirakii Shirozu) とされている(挿図1)。
アマミノコギリクワガタ [Prosopocoilus dissimilis dissimilis (Boileau) ]
リュウキュウノコギリクワガタの基亜種で奄美大島および徳之島に産する。黒色で褐色型がなく、長歯型が多く、巨大な雄が現れる。雌は上翅の点刻は粗大で強く、たがいに融合しあって背面の光沢を欠き、明瞭な4本の隆条が現れる。ただし、隆条は徳之島産は奄美大島産のものより弱い。
雄25〜50ミリ、大あご6〜25ミリ。雌25〜36ミリ。雄はノコギリクワガタより光沢がある。雄の頭楯は長く前方に突出し、先端は二叉状となって上反する。顔面との境は中央で角張った隆起となるが不明瞭。複眼の前方および後方の張り出しはノコギリクワガタより弱い。眼縁突起はノコギリクワガタと同様である。雄の大あごはノコギリクワガタと同様に3型あるが、長歯型はノコギリクワガタより側方の湾曲が弱く角張らず、内歯の数も少なく、大きい2本のほかに2〜3本の小歯のみを有する。両歯型は3〜4本の歯の間が細かく凸凹するのみで、原歯型は先端を除いて内歯がほとんど消失する。雌はノコギリクワガタより一般に点刻が強いが、その強弱は地方によって著しい変化がある。6〜9月、樹液や熟した果実に集まり、灯火にもよくくる。幼虫はよく腐朽した朽ち木に棲む。
アマミヒラタクワガタ [Serroganathus platymelus elegans (Boileau) ]
ヒラタクワガタ [Serrognathus platymelus (E. Saunders) ] の亜種で、大あごは外側が湾曲し、下方への湾曲が強く、第1歯は中央よりやや後方に位置する。上翅には雄で不明瞭な、雌では明瞭な3本の縦隆条が現れる。一見スジブトヒラタクワガタに似るが、点刻も隆条もはるかに弱く、雌の背面には光沢がある。奄美大島産のクワガタムシはほとんどすべて、ほかの琉球の島々産よりも点刻が強く、密になるのは興味深い点である。この傾向はほかの科の甲虫にもみられる。
雄20〜50ミリ、大あご4〜23ミリ。雌20〜35ミリ。黒色、わずかに紫褐色を帯びる。頭楯は横長で、幅は長さの約2倍強、前縁は深く三角形に湾入し、その中央にある深い切れ込みによって二片状に2分される。眼縁突起は細長く後方にのび、複眼の1/4〜1/6を残すのみで他を縁どる。複眼の前方は大型のものでは明らかに角ばるが、小型のものでは不明瞭で、前方に向け狭まる。複眼の後方はわずかに膨出し、後方に弱く狭まる。大あごは強大、わずかに下方に湾曲し、ほぼまっすぐで先端が急激に内方に湾曲する。内歯は第1歯のみ大きく顕著、先端に内方に向く不明瞭な小歯があり、両歯の間に細かい小歯を並べるが、小型になるにしたがい小歯は消失し、大あご全体が斧状となる。大あごの形には地方による変異がある。前胸背板は横長で、幅は長さの約2倍、側縁の前方1/3と後方1/3に小突出があるが、その強弱には地方変異がある。背面は、大型のものでは頭部とともに強く一様に密に点刻され、つや消し状であるが、小型のものでは点刻は微細でまばらになり、光沢をもつ。上翅の点刻は微細である。雌は他種に比較してやや扁平、光沢が強く、ときに縦隆条を現すことがある。脛節の外棘は、中、後脛節ともつねに1本、ときに後脛節が不明瞭となることがある。5〜10月、樹液や熟した果実に来集し、灯火にもよくくる。成虫で越冬する。
スジブトヒラタクワガタ [Serroganathus costatus (Boileau) ]
雄25〜45ミリ、大あご5〜15ミリ、雌26〜32ミリ。黒色。雄の頭楯は横長、幅は長さの約4倍、前縁は浅く、弧状に湾入する。眼縁突起は複眼の中央を超え、前方3/4〜5/6を縁どる。複眼の前方は鈍く角ばり、後方はわずかに膨出する。大あごは、大型のものでは強く、小型のものでも弱く下方に湾曲し、ヒラタクワガタより湾曲が強い。先端は内方に三角に膨出し、第1内歯は大型のものでは中央よりやや前方に、中型、小型のものでは中央に位置し、大型のものでは先端とその間に小歯数個をそなえるが、小型になるにしたがい消失する。前胸背板は幅広く、側縁と後縁は細く縁どられて上反し、側縁は前方1/3で湾入、その前方は丸く、後方は後方1/3でほぼまっすぐ、1/3で小歯状に突出、これから後縁に向け斜めに狭まり、後角は鈍角で丸まる。上翅には3本の強い縦隆条を走らせ、間室は強く密に点刻され、点刻は一部融合する。雌は雄よりも点刻が強く密であり、隆条も強くより明瞭である。脛節の外棘は中脛節は雌雄ともに1本、後脛節は雄では欠き、雌は1本である。6〜10月、樹液に来集し、とくにアカメガシワを好む。成虫越冬と思われる。奄美大島産が基本型で、徳之島産(雄)は上翅の縦隆がやや弱く点刻が弱い。
アマミシカクワガタ (Raetulus recticornis Y. Kurosawa)
雄19〜31ミリ、大あご3〜11ミリ。雌20〜25ミリ。黒色で光沢が弱く、点 刻は密。頭楯は山形、中央および両側の突出は鋭く強い。眼縁突起は複眼の半ばに達するが、超す。その前方は斜め裁断状。大あごは細長、基部で外方に向き、中央でまっすぐに前方を向き、先端近く第2内歯あたりより内方を向く。基部に上方に向く歯があるが、台湾のシカクワガタ (R. cretatus Westwood) のように強大ではない。前方に2/3に細かい鋸歯状の小歯があり、中央前に内を向くやや大きい内歯、先端直後に大きい上方を向く歯があるが長大ではない。小型のものでは大あごの湾曲がほとんどなくなり、内歯は中央に1個のみ、一見コクワガタに似た形となる。上翅の点刻は細かく密でたがいに融合する。雌は強い光沢があり、上翅の点刻は雄よりも大きく、側部でのみ融合する。脛節の外棘は、中、後脛節ともに1個である。7〜9月、樹液にくる。成虫越冬。奄美大島、徳之島、沖縄本島にも存在する。
アマミマルバネクワガタ (Neolucanus protogenetivus Y. Kurosawa)
タテヅノマルバネクワガタ (Neolucanus saundersi Parry) の奄美大島亜種である。雄32〜53ミリ、大あご5〜15ミリ。雌37〜48ミリ。黒色、時に褐色を帯びやや光沢がある。雄の大あごは2型あり、やや長く湾曲し、内歯は中央以前に3〜4本あるもの(両歯型)と短太で雌に似ていて、内歯は基部より先端まで5〜6本が鋸歯状に並ぶもの(原歯型)とがある。1〜2本の上方に向く大きな歯状突起があるが、小型になるにしたがって次第に小型化しやがて消失する。本種は大部分が原歯型で、両歯型はごく少ない。眼縁突起の張り出しはタテズノマルバネクワガタよりも弱く鈍角で、縦に裁断状である。雄の大あごは基部に歯を欠く。頭楯は横長で、幅は長さの約3倍、前縁は湾曲する。前胸突起は中央に広い縦溝がある。9〜1月、朽ち木中に棲み夜間活動する。奄美大島。
アマミミヤマクワガタ (Lucanus ferriei Planet)
オオシマミヤマクワガタとも呼ばれる。雄25〜35ミリ、大あご8〜9ミリ。雌23〜27ミリ。雄は赤褐色、雌は黒色、ともに無毛。雌雄ともに上翅の点刻は強く密で光沢を欠く。雄の肢は赤褐色で腿節の先端部のみ黒色、雌はまったく黒色。雄の大あごは湾曲が弱く、ほぼまっすぐ、第1歯は基部に近く、ほぼ痕跡のみ、端歯は長く前方に突出する。頭楯はほぼ楯状で先端中央はくぼみ、基部に明瞭な横隆状がある。頭部前縁の横隆起は鋭く、中央部は上方に向かって波曲するが、突起はない。耳状突起は後方にあまり突出せず、複眼の内方で大きく内方に湾入する。脛節の外棘は、中脛節2〜3、後脛節2である。7〜9月、倒木上に発見され、灯火にも飛来する。成虫越冬はしない。奄美大島。
蝶についての記述は省略する。口絵の蝶の特徴を記述した図鑑は福田他にも複数あり、しかも容易に見ることができる。
(小野寺節)