東京大学総合研究博物館には、約50万頭の昆虫標本や5千点以上の昆虫書籍等が収蔵されていて、その多くは最近の寄贈や移管で実現したものです。代表的なものには、日本の昆虫学発祥の地でもある同大学農学部から移管された国内最古の武蔵石寿昆虫標本、明治〜大正期の佐々木忠次郎教授や三宅恒方博士由来のタイプ標本などを含む昆虫コレクションを筆頭に、セミ博士として多くの半翅目を記載した加藤正世博士、キクイゾウムシ類の分類学者であった日本の昆虫文化史学の祖・小西正泰博士、東京産昆虫類を中心に多数収集して教育活動にも貢献した須田孫七氏、アジア産チョウ類の分類学および生活史解明の権威であった五十嵐邁博士、トンボ類や衛生害虫の第一人者であった朝比奈正二郎博士、世界のあらゆる昆虫類を収集した江田茂氏など、多くのコレクションが挙げられます。特に鱗翅目や半翅目、長翅目、甲虫目、膜翅目、蜻蛉目、さらに昆虫病原菌類の第一級資料は学術的に極めて重要で、多くのタイプ標本や希少な昆虫標本が含まれています。また、五十嵐コレクションではその価値が高く評価され、研究発展や社会教育への貢献から本学顕彰制度の「稷門賞」も2010年秋に受賞されています。そのために国内だけでなく欧米やアジア諸国の多くの研究機関からも収蔵標本の調査依頼を受けるなど、この資料を基とした研究や公開発信は世界的にも強い要請があります。
現在、同博物館ではこれらの貴重なコレクションをデータベース化して、出版物やウェブ上に公開発信する計画が進められています。これは国内外の研究者が手軽にアプローチでき、しかも収蔵標本を傷めずに資料データを活用してもらうためです。以下のコレクション目録も本プロジェクトの一環として作成されたもので、合わせて本館の標本資料報告としても随時出版されています。これらの標本情報を活用することで、分類学や形態学、生物地理学のような自然史分野に多大な貢献が見込まれるだけでなく、生物多様性保全の基礎となるインベントリー(目録)作成としても捉えられます。さらに博物館での展示等でもこれらのデータを利用しやすくすることで、幅広く研究活動や教育普及活動に寄与することを考えています。