第2部 展示解説 動物界

軟体動物の分類と系統関係

腹足綱 (Class Gastropoda)

 

直腹足亜網 (Subclass orthogastropoda):

Apogastropoda: 異鰓上目

 

後鰓類 (Opisthobranchia):

 いわゆるウミウシ類やアメ ブラシ類を含むグループである。殻をもたないグループが多い。しかし、幼生の時には他の腹足類と同様に殻をもっているため、殻は二次的に失われたものと考えられる。 後鰓類全体に共通する形質が少なく、側系統の可能性がある。「後鰓類」の名称は opistho-( 後 ) と branchos( 鰓 ) に由来し、心臓の後側に鰓がある点に着目した名称 である。後鰓類は下記の 9目に分類されている。

(1) 頭楯目 (Order Cephalaspidea):

 主に軟らかい海底に潜入して生活する。殻は外側にあるか、体の内部に埋もれているか、全く失われており、次第に退化する方向に進化したと考えられている。 「前鰓類」と同様に内臓神経のループが 8の字状にねじれている (streptoneu- mus) 種があるが、それが失われている (euthyneurous) 種の方が多い。大部分は肉食であるが、 一部に藻食の種もある。蓋はオオシイノミガイ科 Acteonidae だけにしかない。頭部の先端には、平低な頭楯 (cephalic shield) があり、潜入生活に適応した形態である。頭部の周辺には、ハンコック器官 (Hancock's organ) と呼ばれる特有の感覚器官をもつ。外套腔は退化的であり、内部にひざ状の鰓をもつ。足の側面が鰭状に張り出し、側足葉 (parapodial lobes) を形成する。一部の種は側足を動かして遊泳することができる。胃の中には石灰質あるいは有機質の胃板 (gizzard) があり、捕食した餌をすりつぶす機能をもつ。ナツメガイ目(Bullomorpha) という名称で呼ばれることもある。「Cephahspidea」 の名称は cephalo( 頭 ) と aspis( 楯 ) に由来する。

 頭楯目は 9上科 20科に分類されている。オオシイノミガイ上科 Acteonoidea のオオシイノミガイ科 Acteonidae (図 29B) は蓋をもつ。動物体は殻の中に完全に収めることができる。ベニシボリガイ科 Buninidae は殻形はオオシイノミガイ科に類似するが、螺溝の間に刻点状の彫刻をもち、蓋は無い。ミスガイ科 Hydatinidae の殻は薄球状である。軟体部が殻よりも遥かに大きく、殻の中には収まらない。マメウラシマ上科 Ringiculoidea のマメウラシマ科 Ringulidae( 図 29A) は殻口が肥厚し、ウラシマガイを小型にしたような形をしている。殻高 5mm 以下の小型の種が多い。 Cylindrobulloidea の Cylindrobullidae は非常に壊れやすい軟らかい円筒形の殻をもっている。キセワタガイ上科 Pililinoidea のスイフガイ科 Cylichnidae( 図 29C) は殻口が下膨れになる種が多い。ヘコミツララガイ科 Retusidae( 図 30A) の殻は 白く円筒形で、殻高 5mm 以下の小型の種が多い。キセワタガイ科 PIlilinidae は、殻口が大きく広がり偏圧されている。殻が軟体部よりも小さく、軟体部の中に埋もれている。カノコキセワタガイ科 Aglajidae は石灰質の殻をもっているが、体の中に埋もれ、極めて退化的である (図 30B) 。ウミコチョウガイ科 Gastropteridae も殻は退化的で体の内部に内在し、外からはその存在は見えない。側足が大きく翼状に発達し、遊泳すること ができる。ブドウガイ上科 Haminoeoidea は藻食で、ある。 ブドウガイ科 Haminoeidae の殻は球状で、薄い ( 図 29D) 。 動物体は完全に殻の中に収めることができる。ミドリ ガイ科 Smaragdinellidae は殻が緑色の種が多い。ナツメガイ上科 Bulloidea のナツメガイ科 Bullidae の殻は球状。殻頂部に深い孔ができる。英名は bubble shell と呼ばれる。ウズムシウミウシ上科 Runcinoidea にはウズ ムシウミウシ科 Ruminidae ともう1科が含まれる。体は細長い虫状で殻は退化的で全く無い種もある。

(2) スナウミウシ目 (Order Acochlidea):

 砂、小石、泥の中などの間隙に棲息する。 1cm 以下の小型種が多い。少数の種類は淡水からも知られている。貝殻も蓋も全く無く、体の表皮中に石灰質の骨片 (spicule) をもつものがある。内臓塊は体から分離して棒状に突出し、 dorsal sac と呼ばれる。頭部には触角と嗅角をもち、外套腔も鰓もない。 Acochidioidea に 2科と Microhedyloidea に 3科が知られている。日本からはスナウミウシ科 Hedylopsidae の種が記録されている。

(3)Order Rhodopemorpha:

 体長は数ミリの大きさで、堆積物の間隙に生息する。 1科 (Rhodopidae) 6種のみ。体は細長く扇形動物のようである。体の構造は極めて単純で、触角、.歯舌、鰓、心臓を欠き、痕跡的 な外套腔がある。頭部と足が明瞭には分かれておらず、表皮中には骨片をもつ。日本産の種は知られていない。

(4) 嚢舌目 (Order Sacoglossa):

 全て藻食である。ー列からなる歯舌をもち、歯舌を食藻の細胞の1 つ 1 つに突き刺して、中の細胞質を吸引して食べる。磨り減って使い終わった歯は特別な袋に収納される。「嚢舌類」の名前はこの特徴に由来しており、 saccus は「袋」、 glossa は「舌」を意味する。殻をもつものから、完全に欠くものまで様々である。中にはユリヤガイ科のように 2枚の殻をもつものがある。体の表面に背側突起 (cerata) をもつものがあり、その中には枝分かれした消化腺が含まれている。その突起は裸鰓類のミノウミウシ類に見られる刺胞嚢 (cnidosac) に似ているが、機能は全く異なるものである。例外的に心臓を欠くグループがある。 陰茎にはキチン質の棘があり、それを交尾相手の皮膚 に突き刺して直接精子を注入する (hypodermic insem- ination) 。このような生殖様式は軟体動物の中できわめ て異例である。食べた海藻の中から葉緑体を取り出して体内で生かしたまま共生させる種があり、その栄養摂取の様式は kleptoplasty と呼ばれている。

 嚢舌類は 3上科 12科に分類されている。ナギサノツユ上科 Oxynooidea は緑藻のイワヅタ類上に生息し、軟体部、 貝殻がしばしば緑色である。ウスカワブドウギヌ科 Volvatellidae は殻が体外に露出しているが、ナギサノツユ科 Oxynoidae では側足が張り出して殻を包む。ユリヤガイ科 Juliidae( 図 31A) は 2枚の殻をもつことが特徴で あり、古くは二枚貝類に分類されていた。しかし、幼生の段階では他の後鰓類と同様に螺旋状に巻いた殻をもち、変態後にもう一枚の殻が追加されることから腹足類であることが立証された。二枚の殻をもつグループは腹足網には他に例がない。ゴクラクミドリガイ上科 Elysioidea はまったく殻がなく、ナメクジ状。消化腺が分岐して足の側面 ( 側足 ) にまで入り込んでいる。ゴクラク ミドリガイ科 Elysiidae 、チドリミドリガイ Plakobranchidae など 5科を含む。カンランウミウシ上科 Limapontioidea は 体の背側に多数の背側突起が突出する。カンランウミウ シ科 Caliphillidae 、ミドリアマモウミウシ科 Hermaeidae 、 LimaPontadae の 3科に分類される。

(5) 無楯目 (Order Anaspidea):

 Anaspidea という名称は化石の無顎類 ( 魚類 ) にも用いられているため、混乱を避けるためにアメブラシ目 (Aplysiomorpha) とも呼ばれる。 2上科 2科に分類される。ウツセミガイ上科 Akeroidea のウツセミガイ科 Akeridae では、殻は外在し、短い円筒形。蓋はない。軟体部は殻の中に収めることができる。 頭部は単純で口触手や触角は発達しない。側足が発達 し、遊泳することができる。アメフラシ上科 Aplysioidea のアメフラシ科 Aplysiidae では貝殻は薄い葉片状、わずかに石灰化するか、あるいは全くない。側足が発達し、その内側に鰓と内臓塊がある。頭部には口触手 (oral tentacle) と触角 (rhinophore) があり、 2対触角があるように見える。外套腔の腹側にはオパーリン腺 (opaline gland) が、背側には紫汁腺 (purple gland) と呼ばれる腺組織がある。前者からは透明な、後者からは紫色の液体が分泌される。どちらも捕食者を不快にさせる忌避物質を含んでおり、防御に役立っている。

(6) 背楯目 (Order Notaspidea):

 体の側面に大きな鰓をもつ。そのため、英名では“side-gilled sea slug" と呼ばれる。頭部には無楯目と同様に 2対の触角をもつ。 外套膜は厚く発達し、背楯 (dorsal shield) を形成する。 無楯目を Aplysiomorpha 、頭楯目を Bullomorpha と呼ぶ形式に対応させて、背楯目を Pleurobranchomorpha と呼ぶこともある。「Notaspidea」 の名称は、 noto-( 背 ) と aspis( 楯 ) に由来する。

 背楯目は 2上科からなる。ジンガサヒトエガイ上科 Tylodinoidea は笠型の殻をもち、傘殻目 (Umbraculomorpha) と呼ばれることもある。ヒトエガイ科 Umbraculidae 、ジンガサヒトエガイ科 Tylodinidae の 2科に分類されている。ヒトエガイ科は特に足が大きく、殻の縁より大きくはみ出している。学名の Umbraculum は 「陰」 を意味し、英語の umbrella ( 傘 ) も同じ語源をもつ。ウミフクロウ上科 Pleurobran-choidea では大部分の種は貝殻を欠き、外套の背側 ( 外套楯、背楯 ) がよく発達する。 側鰓目 (Pleurobranchomorpha) と呼ばれることもある。 カメノコブシエラガイ科 Pleurobarnchidae で、は背楯が足より小さく、ウミフクロウ科 Pleurobranchaeidae では、 背楯の方が足より大きい。

(7) 有殻翼足目 (Order Theeosomata):

 裸殻翼足目 とまとめて翼足類 (Pteropoda) と呼ばれる。両者とも一生涯浮遊性 (holoplanktonic) で泳ぎ方が似ているが、 それ以外には共通性はない。「翼 」 は足が変形してできたものである。全ての有殻翼足目は雄性先熟である。ウキビシガイ Clio pylamidata は横分裂 (strobilation) によって無性生殖を行うことが知られている。貝殻は深 毎底の泥底に大量に堆積して翼足類軟泥 (pteropodooze) を形成する。ミジンウキマイマイ科 Limacinidae は左巻の殻をもつように見えるが、超右巻 ( 軟体部は右巻 ) である。カメガイ科 Cavolinidae は、左右相称で、後端をはさんで 2つに折れ曲がったような形をもち、背殻と腹殻に分かれたような形をしている。ウキビシガイ科 Clioidae は三角形、左右相称で、背腹方向に偏圧されている。ウキヅツガイ科 Cuvierinidae は左右相称のびんのような形をしている。アミメウキマイマイ科 Peraclididae は左巻の殻をもち、表面には特徴的な網目状の彫刻をもつ ( 図 31B) 。「Thecosomata」 の名称は、 theca( 容器 ) と soma ( 体 ) に由来する。

(8) 裸殻翼足目 (Order Gymnosomata):

 体は左右相称で、成体では、貝殻、外套膜、外套腔は全て失われて いる。主に有殻翼足類を捕食する。同時性の雌雄同体であり、この点で有殻翼足目とは異なる。裸殻翼足目は 2 亜目 5科からなる。 Gymnosomata 亜目のニュウモデルモ科 PIleumodermatidae は吸盤のついた腕 (acetabuliferus arm) をもつ。腕に吸盤をもつ軟体動物は頭足類以外にはこの科しかない。ハダカカメガイ科 Clinidae は一般には属名のクリオネ (Clione) の方が有名である。体は円筒形で側足を使って遊泳する。学名はギリシャ神話の女神 Clio ( 海の妖精 ) の名前に由来する。 Gymnoptera 亜目はマメツプハダカカメガイ科 Hydromylidae のみからなる。マメツブハダカカメガイ Hudmmules globulosa は墨を吐く特殊な習性をもっている。

(9) 裸鰓目 (Order Nudibranchia):

 後鰓類の中で最も大きなグループである。いわゆる「ウミウシ」の約 7割 はこの目に属する。成体には貝殻も蓋もない。呼吸は、肛門のまわりにリング状に形成される 2次鰓、または背 側突起で行われる。表皮の中にある腺組織は捕食者の捕食から逃れるための忌避物質を生産している。 特殊化した種の中には、浮遊性あるいは漂泳性のものがある。「 Nudibranchia」 の名称は nudus( 裸 ) と branchos( 鰓) に由来する。

 ドーリス亜目 (Doridina) Anadoridoidea ( = Phanerobranchia) と Eudoridoidea (=Cryptobranchia) の 2上科、12 科からなる。イロウミウシ科 Chromodorididae とドーリス科 Dorididae に種類が多く、種ごとに異なる派手な色彩をもつ。クロシタナシウミウシ科 Dendrodrididae は歯舌と顎板を欠いている。和名の「舌なし」とは歯舌 がないことを指している。

 スギノハウミウシ亜目 (Dendrorlotha) は 9科に分類さ れている。ホクヨウウミウシ科 Tritoniidae は体の側面 に枝分かれした突起の列をもっている。ユピウミウシ科 Bornellidae は体の背側に鋭く長い突起をもつ。マツカサウミウシ科 Dotidae では突起の先端は丸みを帯び ている。メリベウミウシ科 Tethydidae は、背側に大き な鰭状の突起があり、口の周囲がずきん状に広がる。 コノハウミウシ科 Phylbddae は浮遊性。

 タテジマウミウシ亜目 (Arminim) は 6科に分類されている。タテジマウミウシ科 Arminidae は多くの縦方向の縞が体の表面にあり、頭部の前端が頭膜として広がる特徴をもつ。 ミノウミウシ亜目 (Aeolidim) は 7 科に分類されている。体の表面が多数の鋭い突起によって覆われている。背側突起は防御のための器官であり、餌として食べた刺胞動物から未発射の刺胞を回収して突起の中に貯蔵する。アオミノウ ミウシ科 Glauddae のアオミノウミウシ Glaucus atlanticus は 消化管内に空気を飲み込み、浮力を得て外洋を浮遊する。

 

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