第2部 展示解説/鉱物界 REGNUM LAPIDEUM 鉱物界の進化
鉱物界の物質進化 ビッグパンから150億年、太陽の誕生から46億年、生物とは違った形ではあるが、鉱物界も 「物質進化」を続けてきている。上で述べたように、太陽系を作り出 した星雲の中に鉱物界の起源となったケイ酸塩鉱物の微粒子が存在していた。誕生時の太陽を 中心とした円盤状のガスの中にもケイ酸塩鉱物の微粒子が含まれており、これらの微粒子は互に付着して1cmくらいまで成長すると円盤の中心に沈んで層を形成する。微粒子は、お互い に付着しながら成長を続け、半径10km程度の微惑星となる。微惑星はさらに互に衝突や合体により集積を続け、原始惑星に成長して、やがて成長を終え、現在の惑星が形成された。 このようなストーリーがなぜ組み立てられるのであろうか。それは、上に述べた成長の各段階の試料を標本として手に入れることができるからである。太陽誕生から原始惑星までの成長段階を示す鉱物は宇宙塵や隙石などの地球圏外標本から得られる。宇宙塵の起源は彗星であるといわれているが、ここでは慣石の母天体を考えてみよう。 損石の母天体は、火星と木星の聞に存在する小惑星であると考えられている。小惑星は、直径数kmから数百kmの小天体で、帯状に広がって火星と木星の聞に分布している(小惑星帯と呼ばれる) 。 小惑星は数万個以上あると見積もられているが、軌道がわかって登録番号が与えられた小惑星は6000個位である。現在までの研究の結果では、隕石の大部分は小惑星に起源を持っていると考えられている。このように考えるのは、 1) 小惑星からの太陽光の反射スベクトルと隕石の反射スペクトルが対応する。 2) 地球に落下する隕石の軌道を精密に測ってみると、その軌道が小惑星帯に起源をもっている。 3) 高い圧力(地下深いところ)でできた鉱物が傾石には見つかっていない。 などが理由である。 小惑星は巨大な木星の引力の影響をうけて軌道を変え、互に高速で衝突する。その結果、小惑星は砕かれ、大部分は木星や火星に落下するが、時には、破片は火星と木星の聞を離れて、太陽に近づく軌道に乗ることがある。そして、このような破片が、偶然に地球のそばを通ると、地球の引力に捕まって地球に落ちる。地球の大気との摩擦で燃え尽きないで、地表まで届いたものが隕石である。従って、隕石の起源は小惑星であると考えられている。隕石がその一部であった小惑星を隕石の母天体という。小惑星は惑星に進化し損なった微惑星や原始惑星の残骸であると考えられている。隕石の持つ情報は、太陽系原始星雲から微惑星・原始惑星への物質進化の情報である。隕石の形成年代を測ってみると、多くの隕石が隕石の種類に関係なく44〜45億年 の年代を示す。太陽系が誕生したのが約46億年であるから、太陽が誕生してから1〜2億年の聞の物質進化の情報を隕石は持っていると考えられる。 上で隕石の大部分は小惑星を起源に持つと記述したが、小惑星以外に起源を持つ隕石として、月に起源を持つ月隕石と火星に起源を持つ火星隕石がある。月隕石と火星隕石については省略する。 隕石はその構成鉱物によって石質隕石・石鉄隕石・鉄隕石と分けられる。ここでは太陽系での進化の順番で分類してみる。 [A] 始源的隕石(primitive meteorite) コンドライト隕石の成分が太陽ガスの成分によく似ていることから、コンドライト隕石は原始太陽系星雲が凝縮して微惑星に成長する様子を記録している隕石であると考えられている。 特に、炭素質コンドライトは、炭素や硫黄、水などの蒸発しやすい成分を大量に含むことから、 太陽系原始星雲から固体粒子が凝縮した段階で熱の影響を受けていない状態、即ち最も始源的な状態を記録していると考えられている。炭素質コンドライトの中には有機物を含むもの もある。普通コンドライト隕石は、熱の影響を受けた微惑星の様子を記録している隕石群である。 微惑星は小さく、集積する過程で温度上昇があったとしても、鉱物が溶けてしまうほどの温度には達せず、単に熱変成のみが起こったような環境であったと考えられる。 [B] 分化した隕石(differentiated meteorite) 石質隕石を作り上げている主要な鉱物はカンラン石、キ石、長石などのケイ酸塩鉱物である。カンラン石は(Mg,Fe)2SiO4、キ石は(Ca,Mg,Fe)Si03 、長石は (Na,Ca,K)(Si,Al)4O8であらわされる。これらの鉱物は地球の地殻や上部のマントルを作っている鉱物でもあり火成岩に特徴的な鉱物である。また鉄隕石を作り上げている鉱物は (Fe,Ni)で地球の核を作っている鉱物であると考えられている。これらの鉱物は、「成長してい く途中の様々な様子を自分自身の中に「微細組織」として記録している。「成長していく 途中の様子」とは、例えば、形成時の温度・圧力、冷却速度、成長後の衝撃、再加熱などである。 分化した隕石(非コンドライト隕石)は、微惑星が成長して原始惑星になった頃の様子を記録している隕石であると考えられる。原始惑星が大きくなると内部では鉱物が溶け始める温度に達する。 物質が溶けると、重い物質と軽い物質は分離し、冷却・固化する時は、溶ける前の鉱物とは違った鉱物が成長する。このような現象を「分化(differentiaon)」と呼ぶ。鉱物が溶けた結果、金属質と石質が分かれて、金属質が原始惑星の中心部へ沈み、石質でも軽い部分とやや重い部分が分かれた。石質で軽く表面に達して原始惑星の地殻を構成した部分に対応するのがHED隕石である。鉄隕石は大部分は鉄で少量のニッケルとの合金である。石質と金属質が分離して、鉄 + ニッケルの金属質が原始惑星の中心部に向かって沈み込んで形成された原始惑星の中心核 に対応する隕石である。原始惑星は石質頗石に対応する地殻、鉄隕石に対応する中心核、そしてその石鉄隕石に対応する中間部分から構成されていたと考えられ、その発展型である地球の中心部にあると考えられている核が鉄ニッケルからできていることを物的に推測させる。 地球は、大陸移動や火山活動をみてもわかるように誕生以来ダイナミックな活動を続けている。 その結果、地球誕生の初期情報は失われてしまったが、われわれは隕石や現存する世界各地の鉱物・岩石標本をもとにして、太陽系誕生以来の地球の歴史をある程度解き明かすことができた。 博物館に収蔵されている隕石・鉱物・岩石標本は太陽系形成史の貴重な情報源であり、将来新たな解析手段が開発されれば、予想もしないような情報を得て太陽系の進化の研究が飛躍する可能性が高い。その点で、標本は無限の情報を持っている資源で、ある。今回展示している鉱石標本は、岩石の中で、特に人類に有用な元素を濃集した標本である。鉱石を構成している鉱物が有用元素の濃集元であり、有用元素の濃集過程はその鉱物の成長過程でもある。地球の物質進化の過程の中で、 マントルから上昇したマグマからどのような過程で有用な元素を成分とする鉱物が特定の箇所で成長していくかという姿を通じて「濃集」という物質進化を考えるのが本展示の眼目の一つでもある。 Systema naturae 展では、太陽系の初期の物質を含むと考えられている始源的関石の代表的な標本として1969年2月8日にMexico, Allende 村に落下した炭素質コンドライトを展示する。始源的隕石である炭素質コンドライトは、それまで極めて珍しく且つ大型隕石が無かったために物質科学的 な研究を進めることが困難であった。Allende 隕石は炭素質コンドライト隕石でありながら総重量2トン近い大型隕石で(落下時に衝撃波でバラバラになり、シャワーのように落下したといわれている)あったために世界中の研究者の手に渡り、太陽系初期の物質進化の研究を飛躍させた記念碑的隕石である。展示されている Allende 隕石は約4kgで、世界でも10指にはいる大きさである。 また、地球における物質進化を「濃集」という形で表現しているのが本展で示している鉱石標本であり、マントルから上昇したマグマから火成作用、熱水作用、変成作用などの多様性に富んだ生成過程で有用な元素が特定の箇所に濃集していった様相が見えることを意図している。 物質進化の結果として現在の太陽系が存在している。その太陽系の中で、地球は生物を生み出す環境が実現する絶妙な位置を占めた。リンネは全ての自然物は神の創造物であると考えて、自然物の分類を試み、自然物すべてを鉱物界・植物界・動物界の三界に分類した。 リンネ自身は鉱物界の分類体系には立ち入らなかったが、三界を対等な位置で分類したことは、現在の科学の知識から見ると、自然史における卓越した感覚を有していたと言えるであろう。なぜなら、地球を構成している鉱物界は植物界と動物界を育み支えてきたし、現在も支えているからである。 国際鉱物学会はスエーデンのBastas 鉱山で発見されたC03S4という新鉱物に対してリンネに敬意 を表してLimaeite(リンネ鉱)の名を冠した。一般には植物分類学者として知られるリンネが鉱物界 においても特別視されていることを象徴している。
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of Tokyo
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