私たちは現在進行形の建物の設計に携わるかたわら、多くの幻の建築を生み出している。幻は時には、全く別の作品の中に姿を現したりすることもあるが、頭の中ではリアライズする空間とそうでない空間の差異はない。ただ、残念なことに幻の建築には夢の中でしか訪れる事ができないのである。そこで、夢の中で訪れた幻の建築との出会いを再現してみることにする。
(工藤和美)
FJ
急な坂道をやっと登り切ると、眼下に山並みが広がる。ちょっと見下ろすと、芝生の丘が目に飛び込んでくる。暖かな日差しの中で散歩する老夫婦がいたり、すり鉢上の客席に腰をおろして談笑する若者。広場はなにやら低く囲まれていて、廻りとはちょっと空気が違う。芝生の先に透明なガラスが見えている、近づくとそこは谷のアトリウム。斜面に様々なスペースがあって、たくさんの人、子供・大人・老人・女・男たちが、生き生きと動き回っている。部屋のなかでは集まって何かやっている様子だ。時折聞こえる歓声は、向こうの小学校から聞こえているのか。谷は楽しげな笑顔があふれている。私も参加してみたいな。
(工藤和美)
DATA名称:福島女性総合センター
規模:約7000m2
用途:研究所・展示施設・ホール・宿泊
形式:公開プロポーザルコンペ
AZU
その日もぼくは校門から17本目のプラタナスの足元でうとうとしていた。午後はいつもこの木の下で土の匂いをたっぷり吸うことにしている。樹幹と建築の柱による列柱空間をぬけて研究室に戻る途中、高校生や近くの住人とすれ違った。研究室は2層レベルに持ちあげられている。窓の外を眺めると梢ごしに熱弁をふるっている彼女の姿が見えた。ぼくは名前だけすりかえた友人のレポートを教授の机に置いた後、スクリーンの様に僕たちを映し出すガラスの高層棟へ向かった。今夜は最上階のペントハウスで先日行われた動物実験のスライドを見ることになっている。ぼくはスライドが流れている間、空から見える星座と、冷えた2本目のビールを冷蔵庫に取りに行くタイミングばかりが気になっていた。
(宇野 享)
DATA名称:麻布大学キャンパス計画
規模:94,172m2
用途:大学・高校施設
形式:ササキ・エンバイロメント・デザイン・オフィスと共同設計による指名プロポーザルコンペ
HN
30m角くらいの半透明の浮かぶキューブ。銀色。キューブを貫通する複数の大きい孔。孔の向こうに見える空や街。ルーバーに覆われたキューブの表面。反射と透過の入れ代わり。ルーバーの開閉。呼吸しているようにうつろう壁面。見え隠れするアクティビティ。行灯のような夜の表情。明瞭でも曖昧でもある輪郭。
(小嶋一浩)
DATA名称:広島西消防署
規模:約5200m2
用途:消防署・救急教育センター・消防音楽隊練習場・武道場
形式:指名プロポーザルコンペ
SK
あちらこちらに、研究員の姿が見える。庭にでて昼食をとっている人もいる。屋根の下で作業している人もいる。春先の気持ちのいい風にふかれてリラックスした自由な雰囲気で先端的な研究が行われるに違いない。軽快な屋根は敷地全体に広がっていて、あちこちが破れていて空が覗いている。そんな身近なスケール感を持つ日常的な場所でこそ、未来へ向けて人間が地球とどのように共存していくか、といったグローバルな環境問題を考えることができる。まだ緑の多いのどかな場所で、オフィスビルのような箱に閉じこめられていては新しい発想も生まれない。床、壁、屋根といった外部とのインターフェースは自然エネルギーを利用するために工夫され、合理的な構法システムによって組み上げられている。精密だがやさしい感じのする建物だ。
(堀場 弘)
DATA名称:環境科学国際センター
規模:約7800m2
用途:研究所・展示施設
形式:指名プロポーザルコンペ
OS
…ここから見下ろせるターミナルの大屋根は、海上に浮かんだ一枚の緑のカーペットのように、客船の白と青い海との鮮やかなコントラストで客船の到着を歓迎している。長い船旅から久しぶりに上陸する人々を迎えるのは、建築というよりも自然のスケールに近い穏やかな起伏をもった土の地面で、それは彼らにいままさに陸地にたどり着いたという気分を強く感じさせるにちがいない。
(三瓶満真)
DATA名称:横浜大桟橋
規模:47,952m2
用途:旅客ターミナル
コンペの形式:国際公開コンペ
OT
ルームナンバー33と書いてあるけど、ここに車止めてもいいのかしら。まるで自分の別荘みたいね。ほら、ここに何か書いてある。車でおこしの方は、ご到着後フロントまでおこし下さいですって。広い芝生の丘だね。ねえ、ママ上に庭があるよ、バーベキューセットもね。鍵あいてるわよ。部屋から見ると、石垣の向こうは広い広い緑の芝生だけだ、すごい。おい車から荷物おろすぞ。ママ、お隣に行く道があるよ。フロントに行かなきゃ。わーこっちには石の広場があるよ。大きな屋根が見えるけど、あそこレストランかなー。
(工藤和美)
DATA名称:大田区区民休暇村+移動教室
規模:約7950m2
用途:区民保養所・小学生の移動教室
形式:公開プロポーザルコンペ