第2部 展示解説 動物界

哺乳類の多様性と
標本から読み取ること

 

 

食肉目 :

 7科 130種ほどからなる比較的大きなグループであり、世界中に分布する。裂肉歯とよばれる牙 ( 上顎 の第 4小臼歯と下顎の第 1大臼歯 ) が共通の特徴であるが、形態的にも生活様式も多様である。体の大きさは大型のクマ類からイタチ類まで 1万倍以上の違いがあるし、シベット類は樹上、ラッコ Enthydra lutris は海に すみ、ライオン Panthera leo のように肉を食べるだけで なく、キツネ Vulpes vulpes のように事実上植物に依存 した雑食性のものもおり、さらにはジャイアントパンダ Ailuropoda melanoleuca のようにササを食べることに 専門化したものもいる。またトラ Panthera tigris のよう に単独生活をするものからリカオン Lycaon pictus のよ うにチームをつくって狩猟するものまでいる。食物連鎖の上位に位置する種は環境変化の影響を重層的に受けるため、個体数が減少している種が多い。トラ、ユキ ヒョウ Panthera unicia など絶滅の危機に瀕した種も少 なくなく、日本でもニホンオオカミ Canis lipus hodophilax、エゾオオカミ C.l.hattai は絶滅し、カワウソ Lutra lutra も長く生息情報が絶えている。

 ネコ科は食肉目を代表する科のひとつで、典型的な肉食ハンターで、あり、犬歯と裂肉歯がよく発達している。 その鋭い歯で獲物の肉を切り裂き、飲み込むので、イ ヌ科のように臼歯は発達していない。一般に大きな目をもち、暗いところでもよく見える視覚をもつ。網膜の奥に反射板があって光が当たると反射して光る。聴覚も鋭く大きな耳介をもつ種が多い。ひげは感覚毛として機能し、非常に鋭敏である。樹上生活をするものが多く、運動神経がよくてバランス感覚にすぐれている。チーター Acinonyx jubatus の俊足はよく知られるところである。 またライオンとトラは強い動物の象徴的存在であり、家畜ネコ Felis catus ( 図 94) は人間生活と長い歴史をもっ。 ヒョウ Panthera pardus ( 図 95) の頭骨にはよく発達した犬歯や筋肉を支えるための発達した頬骨がみられる。 これはライオン( 図 96) の頭骨でさらに明瞭で、大きな 犬歯や側頭筋、咬筋を支える、頬骨や頭骨の稜 ( 矢状 稜 ) と後頭の後櫛がよく発達している。日本にはイリオ モテヤマネコとツシマヤマネコがいる。イリオモテヤマネコはかつて Mayailurus iriomotensis として独立の属がたてられたが、現在ではネコ属の 1独立種 Felis iriomotensis であるというのが一般的である。ツシマヤマネコはベンガルヤマネコの亜種 Felis bengalensis eupitilura とされる。現生のネコ科もよく発達した犬歯 をもつが、絶滅種の中には異様と思えるほど巨大な犬歯をもった種がいた。本館には剣歯トラ ( サーベルタイ ガー ) Smilodon californicus の化石標本が収蔵されている ( 図 97) 。

 

 食肉目のもうひとつの代表的な科はイヌ科であり、オオカミ、キツネ、タヌキなどは我々になじみが深い。鋭い牙と先に伸びる吻部が特徴的で、顎もよく発達している。タヌキ Nyctenutes procyonoides ( 図 98) は東アジアに生息する。形態学的には典型的な食肉目といえるが、食性はおもに植物食であり、動物質としては夏に昆虫や冬に哺乳類や鳥類の死体を食べる程度である。 生活様式に柔軟性があり、環境の変化にも耐性があり、古くから人間の生活空間の中でも生活してきたためよく知られている。タヌキはヨーロッパに導入され野生状態で定着している。日本のキツネ ( 図 99) は北半球に広く分布するアカギツネ Vulpes vulpes と同じ種で、北海道のキタキツネ V.v.schrencki と本州以南のホンドギツネ V.v.japonicaを亜種区分することもある。さまざまな能力にすぐれた動物で、視覚、聴覚、嘆覚、触覚などいずれも鋭く、また知能が高い。ネズミ類や鳥類をよく食べるが、食性の幅は広く実質的には雑食性で、秋には果実類をよく食べる。生活様式に柔軟性があり、タヌキほどではないが都市近郊でも生活する。ニホンオオカ ミとエゾオオカミはそれぞれ今世紀初頭と 19 世紀末に絶滅した。北海道や東北地方では家畜を襲ったため に駆除がおこなわれ個体数が減少したが、絶滅については原因がよくわかっていない。

 

 クマ科はわずか 7種の小さなグループであるが、その大きさと印象的な外見などから人によく知られた存在である。食肉目の中では食物が植物質への依存性 が大きく、大臼歯の磨滅面は平坦で植物をすりつぶす のに適している。ヒグマ Urusus arctos は我国最大の陸上哺乳類で、北海道の日高地方で得られたオスの標本は、体長 240cm で、体重 300kg はあったものと推定さ れている。ヒグマは食物を噛み砕くための筋肉がよく発達しており、側頭筋がつく頭頂部の稜 ( 矢状稜 ) と後 頭後櫛がよく発達している ( 図 100A) 。また犬歯の立派さきもきわだっている。メスはこれらの部位は未発達である ( 図 100B) 。ヒグマは植物に依存した食性をもつが、 肉食もし、サケを食べることはよく知られているし、シカの死体などもよく食べる。ヒグマは腕の力が強く、前足の爪もよく発達しており、一撃でウマを殺すことができるほどだといわれる。秋に冬眠のための脂肪を蓄積するため、その時期のクマはとくに丸々としている。このためクマは温和なイメージがあるが、行動は俊敏であり、速く走ることもできるし、水を泳ぐことにも、木を登ることにも巧みである。

 シカは警戒心が強く俊敏な動物であるが、ヒグマはそれを追跡して倒すことがで きるほど敏速であり攻撃的でもある。 実際にはヒグマによる傷害や死亡事故の例は少ないが、住民の恐怖心は大きく、そのために出没しただけで駆除される状況があり、その将来は楽観を許さない。一方、ツキノワグ マ Urusus thibetanus はヒグマよりはひとまわり小さい体色の黒いクマで、本州以南に分布する。 ただし九州では事実上絶滅した可能性が大きい。ヒグマ同様肉を裂く鋭い犬歯と硬い果実などをすりつぶす臼歯が分化 し、筋肉を支える頬骨弓が発達している。幼獣の頭骨 は細長いが ( 図 101A) 、オスでは頬骨が左右に張り出し ( 図 101D) 、また頭頂の稜 ( 矢状稜 ) と後頭の後櫛が発達する ( 図 101B) 。おもに果実を食べるが、季節に応じて植物の地下茎、ハチやアリなどの昆虫なども食べる。 秋には大量の果実とくにドングリ類を大量に摂取して、 体内に脂肪を蓄積する。冬眠する動物には小型のも のが多く、クマのような大きな哺乳類の冬眠は珍しい。 ただしヤマネなどのように心拍までが極端に下がる真の冬眠ではなく、必要に応じて起きることもある浅い眠りで、「冬ごもり」と呼ばれる。メスグマは冬眠のあいだに出産する。ヒグマでもツキノワグマでも繁殖力は小さく、近年増加したとは考えられないが、人との出合いや事故は減っていない。これは山間地への人 の進出の機会が著しく多くなったことによる。大型肉食獣と人間との共存は困難な問題であるが、世界的に非常に重要な課題でもある。

 

 イタチ科にはテン、イタチ、アナグマ、カワウソなどがいる。アナグマを除くと、細長い体型をもち、四肢 は短く、全身を波打たせてすばやい動きをする。頭骨は扁平で鋭い歯をもつ。テン Matre putorius ( 図 102) は齧歯類、鳥類、両生類、腿虫類、昆虫、果実などさまざまなものを食べる。ヨーロッパケナガイタチ Mustela putorius ( 図 103) とカワウソ ( 図 104) の標本は 今世紀初頭に採集された古いものである。カワウソはユーラシアに広く分布するが、日本では著しく減少し、高知県に不確かな生息情報があるにすぎない。漁業に被害を与えるために捕獲されたことと河川環境の急激な変化のために減少した。アナグマ Meles meles( 図 105) はイタチ科にあってはずんぐりした体型をもち、四肢も比較的長いのでタヌキと混同されることが多い。 ユーラシア北部に広く分布し、ミミズを好んで食べ、地面 を掘るのに適した長い爪をもった丈夫な前肢をもつ。

 

 ジャコウネコ科は熱帯を中心に繁栄するグループで、日本にはもともといないが、ハクビシンとジャワマングースが帰化している。ハクピシン Paguma larvata ( 図 106) は東南アジアにいる中型の晴乳類で、木によく登り、果実、鳥類、昆虫などを食べ、しばしば農業被害を発生させる。ジャワマングース Herpestes javanicus ( 図 107) はハブ対策のために沖縄島と奄美大島に導入され、在来の動物群集に大きな影響を及ぼして問題となっている。とくに沖縄島のヤンバルクイナなどの鳥類や奄美大島のアマミノクロウサギなどは大きな被害を受けている。 これは安易な動物の導入が予想しない悪影響をおよぼす典型的な例である。

 アライグマ科は分類学的に議論の多いグループで、 パンダ亜科とアライグマ亜科があり、とくに前者の帰属 には異論がある。ジャコウネコ類と似ており、長い尾、鋭い爪をもつものが多い ( ただしジャイアントパンダはその限りでない ) 。分布は南北アメリカとアジア( パンダ類 )である。アライグマ Procyon lotor( 図 108) はタヌ キに似ており、タヌキは英語で、 racoon dog ( アライグマのようなイヌ ) と呼ばれる。しかし尾にある縞状の模様や前肢の長い指と爪はタヌキとはっきり違う。水生動物を好んで食べ、それを前足で洗うようなしぐさをす るのでこの名がある。最近日本各地でペットが放たれて、農作物に被害を出したり、水生動物を食べたりするなどの問題を発生させている。

 鰭脚類は食肉目のうち、水中生活をするアザラシ、アシカ、セイウチの仲間であり、独立した目とする考えも ある。鰭脚類はクジラ目ほどではないが水中生活に適応的で、流線形の体型、鰭となった四肢はそのことをよく物語っている ( 図 109,110) 。アシカやオットセイの仲間 は雌雄の体格差が大きく、オスの体重はキタオットセイ Callorhinus ursinus はメスの 5倍、トドで 4倍もある。 トド Eumetopias jubatus ( 図 111) はアシカ科で、体重 が 1トンにもなる大きな動物である。オットセイ Callorhinus ursinus ( 図 109) もアシカ科に属し、体重はオスが 250kg ほどで、トドよりはかなり小さい。ゴマフアザラシ Phoca largha はアザラシ科で、体重は 150kg ほどである。ミズダコを最も好むほか、魚類を食べる。頭骨はアシカ科に比べると前後に短い ( 図 112) 。

 

 

 

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