諸 語
博物館はいまから二千年以上前に作られたアレキサンドリアのムーセイオンに端を発するといわれている。人類の知的財産を保存し、後世に活かすという目的は、その当初から21世紀も目前となった現代まで、変わってはいない。それどころか、本来の理想にはあっても当時は実現できなかったことを、現代のデジタルテクノロジーが達成しようとしている。
たとえば劣化のない収蔵物の永遠の保存という博物館関係者の夢は、収蔵物の持つ多様な情報をデジタルデータ化するデジタルアーカイブ技術により、部分的とはいえ実現される。デジタル化したデータは情報損失なくコピーを繰り返すことができ、それにより単一の記録媒体の物理的寿命を越えて保持することができる。
20世紀最大の発明であるデジタルテクノロジーの力—データベース、ネットワーク、マルチメディア技術は、収蔵物をマルチメディア情報化し、データベースに保存し、ネットワークを通じて公開するという、いままでにない論理的博物館—いわゆるバーチャルミュージアムを可能にした。
また、デジタルテクノロジーは、実際の物を保存し公開するという従来的な意味での博物館—いわばリアルミュージアムにも大きな変革をもたらすものである。
バーチャルミュージアムとリアルミュージアム—それらを対立するものとしてではなく、デジタルテクノロジーを通して互いに補完・強化するリアル・バーチャルシステムとして考える。それがデジタルミュージアムのコンセプトである。
東京大学総合研究博物館では早くからこのことに気がつき、デジタルテクノロジーを博物館にどう活かすかの研究を3年前から総力を上げて取り組んできた。1996に行われたデジタルミュージアム展は、要素技術の提示とそれを組み合わせてどのようなデジタルミュージアムを目指すかというコンセプト提示だったと位置づけることができる。そして今回、3年間の取り組みの成果を世に問うために、デジタルミュージアム2000と銘打った展示会を行うこととなった。
今回の展示会の成果の一つが、デジタルアーカイブ—東京大学博物館データベース。当館がもっている貴重な学術資料—縄文時代の土偶・土製品、東アジア・ミクロネシア古写真、植物標本、森林植物、美術雑誌、西アジア考古美術、古地図——の七分野の学術資料をデジタル化したデータベースをお見せする。
もう一つの成果が、当初より研究されてきたMUD—Multi User Dungeon—技術により構築された、最新のバーチャルミュージアム。
そしてリアルミュージアム・サイドの研究成果として、実際の物の展示をコンピュータにより援助する—強化現実技術。そのために、今回の展示会では特に縄文時代に焦点を当てて、東京大学が誇る縄文コレクションである山内コレクションやモース大森貝塚コレクションを中心として公開する。そして、その実物展示に対し我々の開発した各種の強化現実技術を適用し、新しい演示方式をお見せする。
最後に、21世紀の博物館コンセプトとして分散ミュージアム構想というものを打ち立て、それを提示するための新しい試みを行う。複数の博物館を超高速回線で結び、あたかも一個のバーチャルミュージアムであるかのように融合し、またリアルミュージアムの面でもそれぞれの会場の展示にその接続を活かすという、共同実験を行うこととした。
そして今回の展示会のもっとも大きな目的は、単にデジタルテクノロジーが博物館に大きな影響を与えるということ示すだけでなく—むしろ、それらをどう活かし博物館をどうしていきたいかという哲学をあらためて確認することである。
資料の永久保存という命題と、「いつでも、どこでも、だれにでも」というオープンミュージアム構想の両立。1996年のデジタルミュージアム展でかかげた、この目標が、この3年で21世紀型博物館構想としていかに深化し、実現に近づいているか—それを今回の展示で見ていただけたら幸いである。
坂村 健
デジタルミュージアム2000実行委員会委員長
東京大学総合研究博物館教授