広い視野で縄文時代を見る

縄文時代の地球と宇宙

− 松井 孝典 −



縄文時代の地球環境


図1 南極ヴォストーク基地の
氷床コアの分析にもとづく気温の変動 (Jouzel et al., 1996)

最終氷期における地球環境

地球が寒冷な時期をたびたび経験していることはよく知られている。この寒冷な時期を「氷期」といい、氷期にはさまれた相対的に温暖な時期を「間氷期」という。今から2万1千年前の地球は最後の氷期の真っ只中にあった(最終氷期極大期)。南極・グリーンランドの氷床のボーリングコアや海底や湖底の堆積物のボーリングコアなどの分析によると、このころの地球表面の平均気温は現在より約5℃以上低かったらしい。大陸規模の巨大な氷河を氷床という。当時、北米(ローレンタイド氷床)やヨーロッパ北部(フェノスカンジア氷床)は巨大な氷床に覆われていた。これらの氷床の厚さは中心部で3kmを超えたと考えられている。

巨大な氷床があると、大量の水が陸上に固定されるので、海水準は低くなる。当時の海水準は、現在よりかなり低かった。そのため海岸線は海側に広がって、現在の大陸棚のほとんどは陸上に姿を現していたことがわかっている。当時、ベーリング海峡や、インドネシアとユーラシア大陸、オーストラリアとニューギニアは陸橋によってつながっていた。日本では、瀬戸内海が海面の上昇により陸化していた。

氷期以降の地球環境

最終氷期極大期を境に地球の気温は上昇に転じ、各地の氷床からは氷が融けて海洋に流出し始めた。この相対的に温暖な時期は、ベーリング・アレレード期と呼ばれている。ところが、約1万2千年前後の約1千年間、氷期の寒冷な気候に逆戻りした時期があった。この時期は新ドリアス期と呼ばれている。この時期の寒冷化・温暖化は非常に急激であり、例えばグリーンランドは数十年間に7℃という急激な温度変化を経験した。新ドリアス期の後、気候はふたたび温暖化の方向に向かった。北半球の中高緯度の多くがもっとも温暖な時期をむかえたのは、約6千年前のことである(気候最適紀またはヒプシサーマルと呼ばれる)。このころまでには、氷床は北米や北ヨーロッパからほとんど姿を消して、グリーンランドと南極大陸に退いていた。この氷床から海洋への融水の流出は、かつて氷床があった陸上からは荷重が取り除かれ、一方では海洋底に新たに荷重が加わったことを意味する。その結果、陸上では隆起運動が、海洋では沈降運動がはじまった。フェノスカンジアでは今もこの隆起が続いており、中心部では1年あたり1cmの割合で地表が高くなっている。
図2 最終氷期極大期の北半球の海岸線と氷床の分布、最終氷期極大期の日本の海岸線




縄文時代は、この地球の温暖化および海水準の上昇とに歩みを合わせるようなタイミングで展開している。約6千年前の温暖期には、日本では「縄文海進」と呼ばれる海水準の上昇が見られた。これは、氷床の融解に伴う海水準の上昇を反映している。また、縄文時代の海水準の変動を調べると、海水準の上昇が終わり、下降に転じた時期があったことがわかる(海退)。この海退には、先に述べた陸上と海洋の質量再分配に対する、マントルの日本周辺での局所的な応答が関与していると考えられている。

その他の地球環境の変動

数万年のタイムスケールで、地球環境に重大なインパクトを与えうるプロセスは、氷期・間氷期サイクルの他にも考えられる。そのひとつは、隕石の衝突である。地球はたえず隕石の衝突にさらされている。しかし、これらの隕石のほとんどは非常に小さく、地表に達する前に分解してしまうものや、地表に達してもおおきな被害をもたらさないものが多い。

ところが、地球史というスケールでは、地球規模の災害を引き起こすような隕石の大衝突が、過去何度もおこっている。もっとも有名な例は、白亜紀末の恐竜絶滅の原因となった隕石衝突であろう。

隕石が地球に及ぼす影響の大きさは、大雑把に言って隕石の大きさと衝突速度で決まる。隕石が大きいほど、また衝突速度が大きいほど破壊力は大きく、環境への影響も大きい。ただし、大きな隕石衝突ほど、発生する頻度は低い。

有名なバリンジャー隕石孔(アメリカ、アリゾナ州)は、およそ5万年前に形成された衝突クレータで、さしわたし約1.2kmの大きさである(図3)。このクレータを形成した爆発のエネルギーはTNT火薬にしておよそ20メガトンに相当し、局所的にかなりの被害を引き起こした。

地球規模の大災害を引き起こすには、衝突エネルギーは少なくともTNT火薬に換算して10の4乗メガトン以上でなくてはならない。このような隕石衝突が起こる頻度は、10万年に一回程度である。縄文時代に、地球にこのような隕石衝突が起こったという証拠は今のところ見つかっていない。しかし、もしそのような事件があったならば、一瞬にして地球環境に多大な影響を及ぼしたと考えられる。

また火山の大規模な噴火が環境に与える影響も無視できない。例えば、地中海に浮かぶサントリニ島の紀元前1500年頃の大噴火は、大津波や気候変動を引き起こし、地中海沿岸の文明に多大な影響をおよぼしたとされている。


縄文時代の星空


図3 バリンジャー隕石孔


図4 紀元前5000年のおおいぬ座(左)と現在のおおいぬ座(右)

縄文時代の星空はどのようなものだったのだろうか。夜空をあやどる星座を構成している星々は恒星と呼ばれている。ひとつひとつの恒星は、それぞれ固有の速度で運動している。地球上の観測者からは、この運動は、天球上での星の位置の変化として認識される。この恒星の天球上における位置の変化の大きさを固有運動という。肉眼で見ることのできる恒星の固有運動の平均は、1年あたり約0.1秒角である。これは満月の直径のわずか0.005%にすぎない。したがって、日常的なタイムスケールでわれわれが恒星の運動に気づくことはない。

しかし、恒星のなかには、数千年程度でかなりの固有運動を観測できるものもある。1718年、ハレー彗星で有名なイギリスの天文学者、エドモンド・ハレーは、ギリシア時代の星図を調べているときに不思議なことに気付いた。ギリシア時代の星図に記載されている星の位置は、おおむね正しい位置にあるにもかかわらず、一部の特に明るい恒星に限って位置のずれが認められたのである。これが固有運動の発見であった。ハレーが固有運動を発見した恒星は、シリウス、プロキオン、アークトゥルスである。図4は紀元前5000年と現在のおおいぬ座のすがたである。シリウスの固有運動によって、星座の形が変化しているのがわかる。


参考文献

  1. 岩波講座地球惑星科学3 地球環境論
  2. 岩波講座地球惑星科学11 気候変動論
  3. 岩波講座地球惑星科学13 地球進化論
  4. 気候と文明の盛衰 安田喜憲 朝倉書店
  5. 古代の環境と考古学 日下雅義編 古今書院
  6. 文明と環境I 古代文明と環境 安田喜憲・川西宏幸編 思文閣出版