デジタルミュージアムを支える技術

− 坂村 健 −


デジタルミュージアムを支える技術は多くあるが、中心的な役割を果たすものはコンピュータである。コンピュータは50年ほど前につくられた情報を扱うマシンである。当初は取り扱うデータは数値データに限られていた。その後、文字データも扱えるようになり、さらには、音声、静止画、動画というようなマルチメディアのデータへと取り扱える範囲を広げていった。

2次元データから3次元データへと幅もひろがり、情報を扱うマシンという名にふさわしい姿に変貌しつつある。

また、コンピュータ技術と通信技術との融合は入力して処理されたデータを瞬時にして世界中のあらゆるところに送ることを可能とし、地理的なハンディキャップをなくし、どこからでもデジタル化されたデータの利用を可能としている。 まさに、デジタルミュージアムはコンピュータ技術と通信技術により支えられている。

博物館においてはまずコンピュータにデータを入力する技術が必要とされる。現存するあらゆるデータをデジタル化する。そのためデータ入力技術はデジタル化するデータの性質によって、さまざまな技術が展開されてきた。

入力にあたってはまず、必要にして充分な精度で入力できるかが重要となる。カラーで入力するには色補正技術が重要だ。さらに実際には入力の速度も考慮する必要がある。

次に、入力したデータをどういう形で入れておくかが問題となる。迅速な検索や、データの加工が容易に行える形式が望ましい。そこで博物館TADという博物館に適したデータ標準形式を提案する。


これにあわせてTADによって収納されているデータを検索、並べ換え、更新するデータベース技術の開発も行う。

また、一度入力したデータをいかにうまくバーチャルなコンピュータ空間の中で見るかを考えることが要求され、そのために我々はMMMUD (Multimedia Multi - User Dungeon) という3次元のデータ空間の中を自由に歩き回り、必要なデータを得ることができるバーチャルミュージアム技術を開発している。

これはコンピュータの非専門家にとって情報空間を扱いやすくするためのHMI (Human Machine Interface) 技術開発の一つとも考えられる。

コンピュータのマルチメディア技術応用、たとえば、コンピュータの中に構築された映像データとテレビカメラで捉えた実映像を合成する技術も開発された。この技術はビデオアバターとよばれ、われわれのMMMUDの中でもテレビカメラで撮影した映像とコンピュータの中に3次元で構築されたデータを合成することができる。

多様な形で入力された大量の博物資料にはそれらを研究することによって得られる知見として重要な文字情報があるが、我国においては古い文献などで使用されている日本語を扱えることが必要とされる。今までのコンピュータ技術ではせいぜい6000文字種しか扱えなかったが、我々の博物学からの要請により数百万字の漢字をはじめとした世界中のさまざまな文字を取り扱うため多国語言語環境が開発された。これは従来のOSでは事実上実現不可能であるために、TRONプロジェクトの中のBTRON技術が使われ、これにより多国語コンピュータのプラットホームでデータベースの作成が可能となった。

デジタル化はバーチャルな空間にデータを置いて見るためだけではない。劣化しやすい収蔵物を永久保存するためにもこうしたデジタルアーカイブ技術は重要である。例えば、映画のフィルムは原理上100年ももたないと言われており、過去に作られた銀塩フィルムをデジタルアーカイブする意義は大きい。

さらに、このようなコンピュータの中に巨大なバーチャルミュージアムを構築することはひとつの博物館だけではできない。物も世界中に分散していることから、分散して入力し、それらをネットワークで結び、論理的にひとつの博物館とする構想が誕生した。

このような構想により世界中のデジタル化された博物データがあたかもひとつの巨大な博物館にアクセスするように閲覧することもできるようになるだろう。

さらにデジタル化されたデータだけではなく、遠く離れた現実の博物館をインターネットを通してリアルタイムで見ることもできる。ここで使われる技術がビデオストリーミング技術である。この技術は例えば発掘現場にビデオカメラを持込み、それを遠隔地からコントロールすることによりリアルタイムで現場をみるという利用を可能とし、またデータベースの中に動画像をたくさん入れビデオオンデマンド技術により必要なときに必要な動画像を取り出すといった新しい応用も可能となった。

強化現実技術 (Augmented Reality Technology) は博物館に展示されているものをよりよく見せる技術として使える。例えば収蔵物を識別するために付ける電子タグ、そして電子タグと会話をしていろいろな情報を引き出すターミナルの開発、これはPDMA=Personalized Digital Museum Assistant と呼ばれるものだ。

例えば英語の情報がほしいのか日本語の情報がほしいのか、大きな字が必要か、必要な予備知識の有無などその展示物を見る人の都合にあわせてPDMAをパーソナライズすることもできる。

さらに電子タグは非接触データキャリア技術により、カード本体に電源をもたずに電波で励信させて動作させることが可能である。数十万、数百万単位の展示物を持つ博物館にとってタグの電池交換をする必要がないのは大きな利点である。電子タグの技術はユーザーの助けになるだけではなく、収蔵物の管理にも使える可能性の大きい技術である。

最近では強化現実技術はインターネットテクノロジーとも結びつき、博物館でその人が何をみたかを記憶させ、帰宅してからインターネットで詳細な情報を得る、さらには他の博物館から関連情報もとりだせるなど、21世紀型と呼ぶにふさわしい分散博物館の実現にあたって重要な基幹技術となってきた。