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エレクトロニック・エイジの建築イメージ

伊東豊雄


エレクトロニック・エイジの建築は情報の渦の形象化である

模型

模型

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原始の時代から私達の身体は、水や空気を循環させる流体としで自然と結ばれてきた。現代の私達は情報を循環させる電子的流体としての身体を備え、このもうひとつの身体によって世界とネットワークで結ばれている。電子的流体としてのバーチャルな身体は家族や社会のコミュニケーションの形式を大きく変えているが、水や空気の流体としてのプリミティブな身体は美しい光や風を求め続けている。

これら2つの身体をいかに統合するかが今日の身体にとっての最も重要なテ−マであるが、この課題はそのまま今日の建築にも適用される。私達の伝統的建築は水や空気の流体に生じる渦を形象化して自然と結ばれてきた。それに加えて現代の建築は電子の流体に生じる渦の形象化としてエレクトロニックな環境に結ばれなくてはならない。したがって現代建築に自然との関係でつくられるプリミティブなスぺースと、電子のネットワークで世界に結ばれるバーチャルなスペースをいかに統合するかが求められているのである。

これら2つの流動体を統合するスペースは、恐らくエレクトロニック・バイオモルフィックなイメージで描かれるであろう。何故なら生命体の形象が水や空気の流れにおける運動の軌跡として描かれるように、バーチャルなスペースは電子の流れにおける人々のアクティヴィティの軌跡を形象化すると考えられるからである。

エレクトロニック・エイジの建築は拡張されたメディア・スーツである

M.マクルーハンは ’60年代に、衣服や住宅が我々の皮膚の拡張であると述べた。建築は古来、自然環境に対する調整機能を果たしてきた。今日の建築はそれに加えて、情報環境に対する調整機能を求められる。即ち、現代建築は自然に対する皮膚の拡張である、と同時に情報に対する皮膚の拡張でなくてはならない。建築はいまやメディア・スーツでなくてはならないのである。

人々は車というメカニカルなスーツに包まれた時、肉体を拡張された。メディア・スーツに身を包んだ人々は、脳を拡張される。メディア・スーツとしての建築は外在化された脳である。膨大な情報の渦のなかで自在に情報をブラウズしつつ、外界をコントロールし、外界に自己をアピールする。

今日の人々は甲胃のような硬い殻としてのスーツによって外界にアピールするのではなく、情報の渦の形象化としての柔らかく軽快なメディア・スーツによってアピールするのである。このようなメディア・スーツに身を包んだ人々はメディアの森のターザンとなる。

エレクトロニック・エイジの建築はメディアのコンビニエンス・ストアである

美術館や図書館や劇場が慣習的なアーキタイプを誇示する時代は終わった。壁にかけられた絵画や紙でつくられた書物はもはや絶対的なメディアではない。それらは電子メディアによって相対化される。

絵画、書物、映画など完成された形式を持つメディアとCDやCD−ROM、ヴィデオなどの新しい電子メディアは、明日にはヒエラルキーを持つことなく並列されるに違いない。人々はそれらをミックスし、相互補完的に利用するであろう。

電子メディアによる絵画鑑賞、電子メディアによる読書は美術館や図書館の完結したアーキタイプを解体し、相互に溶融させてしまうに違いない。もはや美術館、博物館、図書館、劇場などの区別は存在せず、メディアテークとして再構成されなくてはならないであろう。それはさまざまなメディアが配列となったメディアのコンビニエンス・ストアであり、さまざまな文化機能が並列された文化のコンビニエンス・ストアである。コンビニエンス・ストアとしての新しい公共建築は広場の向こうに象徴的に置かれるのではなく、日常生活に接して駅の近くに置かれ、深夜までオープンすべきである。

エレクトロニック・エイジの建築はバリアーの概念を変える

今日の社会におけるさまざまなバリアーが建築を規定している。それは単に障害者や高齢者と健常者との間のバリアーだけではない。建築の管理者と利用者の間にも、プライベート・スペースとパブリック・スペースの間にも、図書館と美術館のような異なるジャンルのアーキタイプの間にも、或いは母国語と外国語の間にも、そして映像と活字のような異なるメディアの間にも大きなバリアーが存在している。電子メディアの発達はこれらのバリアーを次々に無効にする可能性がある。パーソナル・コンピューターの導入は私達のコミュニケーションの形式を大きく変えつつあるし、活字や絵画等の慣習的なメディアによって固定された教育システムや社会システムにも大きな変革が求められるからである。さらに電子メディアが発達すれば、眼や耳、鼻など五感を司るセンサーを経由せずに、脳や神経に直接信号を送り込むことによって、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の区別は意味を喪うに違いない。

車のナビゲーション・システムは地図の概念を変えた。ドライバーは通信衛星からの情報によって、絶えず自らの位置を知り、目的地へとガイドされる。ドライバーは地図と向かい合うのではなく、地図の空間に没入しているのである。こうしたナビゲーション・システムは都市空間や建築空間を歩く人々にも容易に適用されるであろう。エレクトロニック・エイジの建築は健常者に対する障害者、管理者に対する利用者、パブリック・スペースに対するプライベート・スペースといった概念を根底から変えてしまうに違いない。

エレクトロニツク・エイジの建築は時間をデザインする建築である

コンピューターの導入によって設計のプロセスは変わる。この違いは単にトレーシング・ペーパー上に鉛筆で描かれていた図面がコンピューターのスクリーン上に置き変わるだけではない。設計過程で、私達は既にバーチャルな建築を立ち上げバーチャルな建築を体験できるのである。そしてその後で我々はフィジカルなもうひとつの建築を体験する。バーチャルな建築からフィジカルな建築、そのプロセスは不連続ではない。2つの建築はオーヴァラップしながら進行する。

やがてフィジカルな建築は立ち上がるだろう。しかしその時それは電子メディアの導入によって、次なるバーチャルな空間体験を生み出すに違いない。また新しいメディアの発達に伴ってフィジカルな建築が完成後も建築のプログラムは変わり続けるであろう。かくして我々の空間体験はリアルな体験とバーチャルな体験が重なり合って止まるところがない。建築のデザインはかつてのようなハードウェアのデザインだけではなく、プログラムも包含した、よりフレキシブルなソフトウェアのデザインとなる。我々は空間をデザインすると同時に時間をデザインすることになるのである。

プログラムとコンセプト

せんだいメディアテークは、全く新しいアーキタイプの建築の提案である。このプロジェクトは、仙台市によって企画された“メディアテーク”オープン・コンペティションを経て、現在基本設計・実施設計がほぼ終了した段階にある。この建築はメディアテーク、アートギャラリー、図書館、視聴覚障害者情報サービスセンター、映像メディアセンターが複合された施設である。従来の美術館や図書館といったアーキタイプを解体し、新しいメディアを用いた“メディアテーク”として再構成していくことが、コンペティションから基本設計を通しての最大のテーマであった。それは建築のハードウェアにとどまらず、プログラムをも含んだソフトウェアの再構成である。

そのために、様々なジャンルの専門家からのヒアリングや市民との意見交換が繰り返され、基本設計は進行した。

私たちの提案はコンペティション以来一貫して、フォルマリズムの建築ではなく、きわめて原型的かつコンセプチュアルなものであった。それは、<プレート>、<チューブ>、<スキン>という3つの概念で構成される。

<プレート>は、メディアによって異なる人と人、人とものとのコミュニケーションの形式を6枚の正方形のスラブの上に図式化したものである。

<チューブ>は、プレートを垂直に貫いて統合組織する13本の樹状のエレメントである。それらはフレキシブルな構造体であると同時に、垂直動線や各種エネルギー(光・空気・水・音etc)や情報などのフロースペースでもある。チューブの作用によって、プレート上の均質な状態の中に、自然とエレクトロニクスの流れの場がつくり出される。

<スキン>は、建築の内外を隔てるエレメントであるが、特に最上部・最下部に設けられるマシンスペースとメインストリートに面したダブルスキンのファサードを指す。 シンプルな3つの要素による構成によって“メディアテーク”は、電子的流体としての身体と、自然と結ばれるプリミティブな身体を統合する場となるであろう。

仙台メディアテークプロジェクト
メインエントランスの大型開口を見る断面図
メインエントランスの大型開口を見る断面図
1F  平面図2F  平面図
1F 平面図2F 平面図
3F  平面図4F  平面図
3F 平面図4F 平面図

5F  平面図6F  平面図7F  平面図
5F 平面図6F 平面図7F 平面図

1F  ギャラリーホール内部
1F ギャラリーホール内部

構造システム

この建築の構造は、建築を規定するプレート(フラットスラブ)とチューブ(シャフト)だけで構成された、ミニマルでピュアーな鉄骨造によるドミノシステムの提案である。プレートは、スティールハニカムスラブ構造(デプス400mm、格子間隔1, 000mm)を採用し、軽量コンクリート(厚70mm)と一体化した50m×50mのハイブリッド床板である。チューブは、細径肉厚鋼管(125〜240φ/t=10〜30mm)を用いた単層トラスによる立体構造を採用することで、構造的に高い強度と剛性を確保しながら、透明度の高い強靭でしなやかな主体構造を実現している。

また、耐震計画上の新しい提案として、下部構造(B1F)に免震構造に準ずる効果を期待できるエネルギー吸収機構を導入している。つまり、下部構造と上部構造(チューブによる主体構造)を構造的に柔らかく分離することで、地震時に建物に入力されるエネルギーを下部構造で吸収し、上部構造へのエネルギーの入力を軽減するものである。数百年に一度の確率の大地震でも、油圧ジャッキにより修復が可能である。

線光源
クリアガラス
フロストガラス
クリアガラスフロストガラス
点光源
クリアガラス
フロストガラス
クリアガラスフロストガラス
チューブライティングシュミレーション
上段:レンダリングイメージ 下段:輝度分布図

空調システム

この空調システムは、樹木の生命活動に例えることができる。

最上部(RF)と最下部(B2F)には、それぞれ空調機械のためのマシンスペースが配置されている。この上下のマシンスペースを、各プレートを貫いてチューブが接続する。たとえぱ、光合成によって生み出された成分が幹の内部をフローしたり、地中の根より汲み上げられた水や養分などの成分が幹の内部をフローしてゆくように、上下のマシンスペースでつくり出され取り入れられた各種のエネルギーは、チューブの内部をフローしていく。チューブより各プレート上に供給される空気は、フリーアクセスフロアの2重床部分をプレナムとして、床面の吹き出し口より低速の緩やかな流れとして放出される。このシステムは、各プレート上のワンル−ムの大空間の中で、パ−ソナルな快適さをつくり出している。

また、南側のメインストリ−トに面したダブルスキンの機能は、皮膚の呼吸に例えることができる。

夏季には、上下部の開閉機構を開放することで、ダブルスキン内に上昇気流を発生させ壁面の冷却効果を生み、冷房負荷を軽減する役割を果たす。冬季には、上下部の開閉機構を閉鎖することで、ダブルスキンを断熱性の高い空気層とし、暖房負荷を軽減している。

このようにメカニカルなテクノロジーは様々なレベルで統合され、全体として有機的な機能体が生み出されている。

自然採光システム

また、チューブは、自然光を建築内部に取り入れるのに有効な装置となる。

チューブは、まず、最上部(RFレベル)において光学的なメカニズムにより、自然光を有効に取り込む(ライトインテーク)。取り込まれた光は、チューブ内側の光学反射シートによって下方へ伝搬され(ライトエクストラクター)、各階レベルにおいてプリズム、レンズ等により室内に拡散される(ライトアウトレット)。またチューブ内部には人工照明が付加され、自然光と人工光の色温度をミックスし、対比しながら明るさを調節する。このシステムにより、昼間は豊かな自然光と人工光が共存する環境となる。これらの装置は、自然光の積極的な利用を具現化する第一歩となることが期待される。


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