ヒマラヤ地帯植物調査団—極限の適応




海に囲まれた島国日本は、山国でもある。本州中部の山岳地帯の頂には、小規模ながら高山植物の生えたお花畑もみられる。しかし、日本には、一年中氷雪が溶けずに残る下限の高度である、雪線の高さに達する高い山岳は存在しない。

 大地に根を張って生きる植物は、一年中氷雪にとざされては生きていけない。そのため雪線は植物の生育限界線でもある。高山帯とはふつう森林の成立する上限の森林限界と雪線の間の植生帯をいうが、雪線に達する山のない日本では、その上限から下限にいたるまでの高山帯全域に及ぶ全域での、植物とその生態についての観察や研究はしようにも望めない。

 ヨーロッパではアルプスが高山植物とその生態に植物学者の目を向けさせる契機となった。はじめは矮小の割りには大きめの花をもつ草本が注目され、高山植物は観賞を目的としても栽培されることになった。可憐な高山植物を実際にみるために登山する人も生まれた.さらに植物学の目は植物の生育にとっては過酷な高山帯の環境に注目するようになった。すなわち、高山帯では残雪か遅くまで残るばかりか、積雪の始まりも早く、植物が生存できる期間は限られている。そのうえ、気圧が低いため水の蒸発散がさかんで、高山帯はいつも乾燥状態にあり、気湿の昼夜の日較差も大きい。おまけに放射熱もすぐに拡散してしまい、大地や空気は暖まらない、など高山帯は植物が暮らしていくには不都合な極限環境にあると考えられるようになったのである。

 高山帯は極限環境に生きる植物というものがどんな暮らしをしているのか、どんな特徴をもっているのか、またそこにはどんな植物が生育しているのか、その起源や種分化などを研究するのに絶好の場なのである。

 今回の展示では一九六〇年にスタートした東京大学インド植物調査のあゆみをふりかえるとともに、高山帯を中心として極限環境に生きる植物について行われた多面的な研究の一端を紹介する。








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