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新規収蔵展示

重井博士寄贈ウニ・コレクション

佐々木猛智


 

図1. 重井コレクションの収蔵状況

 ウニの標本のコレクションは、存在すること自体が貴重である。海岸で普通に採集できる種はごく限られている上に、コレクションに没頭する人も稀である。採集後にはすぐに固定の処理が必要で、少しでも手抜きをすると腐敗して強烈な悪臭を放つ。また、標本を作製した後も、棘はばらばらになりやすく、殻は薄く容易に崩壊する。採集、標本作製、分類のいずれをとっても、生物コレクションの対象としては手間のかかる存在であり、固い決意がなければ継続できないことである。このようなことから、日本一のウニコレクションを築き上げることは極めてハードルが高い。
  東京大学総合研究博物館に寄贈された重井コレクションは、間違いなく日本一のウニのコレクションである。その理由としては、学術標本としての価値が高いこと、標本の点数が膨大であること、タイプ標本が多数含まれていること、全ての分類群が網羅されていること、の4点が挙げられる。
  重井陸夫博士といえば、分類学の世界でその名を知らぬ人はいない。我が国のウニ分類学における最高権威である。昭和天皇のコレクションの研究も担当され、かつて皇居内にあった生物学御研究所から「相模湾産海胆類」を出版されたことは世界的に有名である。その博士の研究に直接利用された証拠標本であり、しかも全く散逸していないため、学術上の価値は計り知れない。
  標本の個体数は、正確な数は確定していないが、現在までに整理作業が終了した標本だけで1万点以上もある。この数は、個人レベルで集められたコレクションとして、全世界でもベスト3に入る規模である。収蔵庫に山積みになった標本(図1)には圧倒的なインパクトがある。
  重井博士に「ウニを1万個も集めるのはどんなに大変なのでしょうか?」と尋ねてみた。すると「1万個集めるなんて簡単ですよ」とおっしゃる。尋ね直すと「築地に行けば、バフンウニ1万個くらいすぐに買えます」という意味であった。しかし、重井コレクションには世界中のウニが270 種以上含まれている上に、採集地点も1000地点以上から集められている。水深6000mを超える深海産の標本もあり、一般には絶対に入手不可能である。このような条件を満たした上で、1万個以上の標本を作成するとは、とても普通ではできないことである。

図2. ウニ類の代表的な例.
A.Goniocidaris biserialis トゲザオウニ(オウサマウニ目).
B.Centrostephanus longispinum (ガンガゼ目).
C.Coelopleurus undulatus ヤマトベンテンウニ (アスナロウニ目).
D.Toxopneustes pileolus ラッパウニ (ホンウニ目).
E.Echinoneus cyclostomus タマゴウニ (タマゴウニ目).
F.Encope grandis (タコノマクラ目).
G.Maretia planulata オニヒメブンブク (ブンブク目).

 さらに、タイプ標本が53点も含まれている。タイプ標本とは新種記載の基準となった標本のことで、絶対唯一の価値を持つ。その個数が自然史系の博物館のステータスを表す基準となりうるものである。この点からも本館の重井コレクションがいかに貴重なものであるか、容易に想像できるであろう。分類学においては、タイプ標本の有無によってコレクションの評価は大きく変わる。


  ウニ類は、9つの「目」という単位に分類されている(オウサマウニ目、フクロウニ目、ガンガゼ目、アスナロウニ目、ホンウニ目、タマゴウニ目、タコノマクラ目、マンジュウウニ目、ブンブク目)(図2)。重井コレクションには、これらの9目すべてのグループが網羅的に含まれている。例えば、タマゴウニ目は現生種が世界で2種しか存在しない珍しいグループであり、そのいずれもが珍品である。そのような稀少な種も、重井コレクションには、当然であるかのように美しい標本が収蔵されている。
  重井博士に確認したところ、普段我々が食用にするウニはたった6種しかないとのことであった。バフンウニ、エゾバフンウニ、ムラサキウニ、キタムラサキウニ、シラヒゲウニ、アカウニである。これ以外の種は、臭みが強くてとても食べられない代物であったり、美味しくても数が採れないものであったりして流通していない。しかし、6種というのは「国産」に限った時の話であり、最近では南米や北米東岸から大量に輸入されていて、何種食べられているのか正確には分からないそうである。
  今回展示に含めることができなかったが、重井博士が研究中の新種のウニを拝見した。沖縄で採集されたもので、普通の海岸で学生さんが何気なく採集したものであるということであった。重井博士が30 年以上にわたって研究されたにもかかわらず、まだ新種が転がっている。ウニの分類学も本当に奥の深い世界である。

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(本館助手/ 動物分類学)
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Ouroboros 第28号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成17年11月30日
編集人:高槻成紀・佐々木猛智/発行人:高橋 進/発行所:東京大学総合研究博物館