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学位記展 IIより

学位記展での新しい試み

高槻 成紀


昨年度に引き続いて学位記展を開催した。今回の展示について若干書き留めておきたいことがある。

 学位記展の場合、学内の研究科にお願いして出展を推薦していただくことになるため、通常の展示と違い、展示内容については「他力本願」とならざるをえない。当然のことながら出展内容ははなはだ多岐にわたっているので、これに対する対応として分担を決めて取材や展示の準備をおこなうこととした。これには西野教授の「博物館工学」を専攻する学部生・院生の協力を得たが、今年度は昨年度以上に学生に主体性をもたせることにした。

とくに女性博士第一号が誰であるかを調べ、その人についての取材や展示準備を学生に一任することにした。どの程度できるかについて少し不安はあったが、できるところまで任せて経緯をみきわめながら最終判断をすることにした。数度の会議を経ながら報告を聞き、アドバイスをくり返したが、その過程で学生諸君が次第に熱意をもってゆくのがはっきりとわかった(図1)。それは予想を上回るもので、次々とアイデアや注文を出してくるので嬉しいと感じるとともに、経費とも関連するので少し抑制することさえあったほどだ。

図1 学位記展の準備会儀で議論する学生たち
図2 女性博士第一号の保井コノを展示するコーナー

 学生諸君により、女性博士第一号は植物学の保井コノ女史であることがわかり、彼らは多くの収蔵品がお茶の水女子大学のジェンダー研究センターにあることをつきとめてくれた。同センターの全面的な協力を得たことは幸いであったが、これにも学生諸君の熱意が貢献していたものと思う。展示では展示物を精選し、保井博士の研究だけでなく、その波瀾にとんだ人生も紹介した(図2)。

このことは当然ひとり保井博士の問題にとどまらず、もう少し広い意味でのジェンダー問題を考えるものとなり、よい展示になったと思う。展示期間中に自分の生き方に迷いを抱いていた人が、この展示を見て迷いがふっきれて大きな決意をしたということを伺ったのは望外の喜びであった。

図3 各展示のまとめ文を配列したコーナー
図4 入り口で学問の世界への導入を象徴した大地球儀
 ところで学位記展を担当して最も苦心するのは難解な研究内容をいかにわかりやすく紹介するかということである。研究の前線にいる出展者は博物館での展示を学会発表と同じものと考えがちであり、解説には専門用語が溢れ、文章もきわめて硬い。これでは一般の来館者はまったく理解できない。そこで各展示の導入部にできるだけやさしい文体でその展示を見たくなるような文章を書くことにした。そしてその作文を展示者ではなく学生諸君に任せたのである。

まだ専門の世界に入っていないということがこのような場合にはうまく機能するようであった。学生は研究内容を知らないだけに「この研究は要するにどういうものなんですか?」といった、専門化した者にはしにくい質問をする。その結果、出展者からも一般人が聞きたいと思うような言葉が吐露されるようであった。このような導入文をそれぞれの展示の入り口部分に同じ青いボードで示すことによって、多様な展示内容に統一感を与えようとした。

 これに対をなすような形で研究のエッセンスを一言でまとめた短文を、照明効果を工夫した展示として実現していただいた。カーブを描く壁面に配列された一連のことばは幻想的な効果をあげていた(図3)。

 このように今回の展示では学生諸君が大きな貢献をしてくれた。ともすれば受動的であるとか覇気がないというのが最近の学生に対する評価であり、確かにそういう傾向はあるように感じることが多いが、今回の経験で私は真剣勝負の機会さえ与えられれば彼等はそれにちゃんと応えてくれるのだということを確認できた。それは学生に対する評価がステレオタイプに過ぎないかという反省と、実習はなんといっても「まやかし」(ヴァーチュアル)なのであり、そのような教育の現場に再検討の余地があるとの再考を促すものであるようにも思った。

 今回、特記すべきもうひとつの点は、本号に菊池によって別記されているように、本館に新しくできたミュージアム・テクノロジーのスタッフの協力が得られたということである。狭隘感が強かった昨年度に比較すれば会場の広さや展示数なども違うのだが、それを除いても彼らのアドバイスによって展示空間が洗礼されたものとなった。準備会議のたびに用意されるスケッチや設計図は私には魔法のように思われた。

それらがぼんやりしていたイメージを明確な形として示してくれた。スタッフのアイデアによって入り口に展示した大地球儀はこの展示の印象に決定的な意味をもつものとなった(図4)。またこの地球儀コーナーの壁面に大学者のことばをレイアウトし学問の世界への導入とするというアイデアや、前述した導入の文章とまとめの単文を作るというのもミュージアム・テクノロジーのスタッフのアイデアによるものである。

 博物館の展示に素材が最重要であることは論をまたないが、そうであるからといってそれをむき出しで展示しても魅力あるものにはならない。特に学位研究の中には博物館の展示にしにくいものも少なくない。であるからこそ、いかに展示に工夫を加えるかが一層重要となる。学位記展はそのようなむずかしさを潜在的に内包する大学博物館での展示に挑戦するよい機会であるあといえるだろう。このなしがたいことに強力な援護射撃をしていただけるスタッフが仲間となって下さったことは我々にとってまことに心強いことである。

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(本館助教授/動物生態学)

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Ouroboros 第22号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成15年10月1日
編集人:高槻成紀/発行人:高橋 進/発行所:東京大学総合研究博物館