(※年代順に掲載、旧字体は常用漢字に改めた)
[1] | 石田寛孝 「輪石に就き」『東京人類学会雑誌』第X巻第78号 412-413頁(1892) |
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[2] | 若林勝邦 「扁平ニシテ長大ナル石器」『東京人類學會雑誌』第9巻第94号163-164頁(1894) |
[3] | 若林勝邦 「大形石槍ノ出所」『東京人類學會雑誌』第9巻第95号208頁(1894) |
[4] | 田中正太郎・林若吉編 『日本石器時代人民遺物発見地名表第一版』東京帝国大学(1897) |
[5] | 野中完一編 『日本石器時代人民遺物発見地名表第二版』東京帝国大学(1898) |
[6] | 大野延太郎 「越後地方に於ける調査」『東京人類學會雑誌』第15巻第174号508-509頁(1900) |
[7] | 雑報 「人類學教室宛て最近献納品」『東京人類學會雑誌』第15巻第174号512頁(1900) |
[8] | 野中完一編 『日本石器時代人民遺物発見地名表第三版』東京帝国大学(1901) |
[9] | 大野雲外 『模様のくら 第一集 (日本石器時代の部)』嵩山房(1902) |
[10] | 柴田常惠編 『日本石器時代人民遺物発見地名表第四版』東京帝国大学(1902) |
[11] | 長谷部言人 「石器時代遺跡行脚」『歴史と地理』第4巻第5号79-87頁(1919) |
[12] | 鈴木貞吉 「猿澤川筋大洞窟遺跡発見に就いて」『考古学雑誌』第14巻第14号59-60頁(1924) |
[13] | 小田島祿郎 『岩手考古図集』岩手県教育会江刺郡部会発行(1926) |
[14] | 杉山寿栄男編 『日本原始工藝』工藝美術研究會(1927) |
[15] | 中谷治宇二郎 「注口土器ノ分布ト其ノ地理的分布」『東京帝国大学理学部人類学教室研究報告』第四編 東京帝国大学(1927) |
[16] | 八幡一郎・中谷治宇二郎編 『日本石器時代遺物発見地名表第五版』東京帝国大学(1928) |
[17] | 杉山寿栄男編『日本原始工藝概説』工藝美術研究會(1928) |
[18] | 丸山嵐潮 「考古行脚(2)」『高志路』第1巻第3號38-39頁 小林存編輯・発行(1935) |
[19] | 八幡一郎 「奥羽地方発見の箆状石器」『人類学雑誌』第50巻第5号196-200頁(1935) |
[20] | 東京朝日新聞新潟版 「埴輪や小甕が続々出る」(1936) |
[21] | 八幡一郎 「日本に於ける中石器文化的様相に就いて」『考古学雑誌』第27巻第6号355-368頁(1937) |
[22] | 八幡一郎 「四、原始文化の遺物 縄紋式文化」『日本文化史大系 第一巻 原始文化』136-214頁 誠文堂新光社(1938) |
[23] | 八幡一郎 「三 大形打製石器」『日本の石器』20-24頁 彰考書院(1948)(東京人類学会日本民族学会総合大会第二回記事(1937)初出) |
[24] | 分銅志静・小野一二 『郷土史 五城目町』五城目町郷土史編纂委員会(1955) |
[25] | 藤沢宗平・林茂樹 「神子柴遺跡-第一次発掘調査概報-」『古代学』第9巻第3号 142-158頁 財団法人古代学協会(1961) |
[26] | 中村孝三郎 「4中部地方北部の先土器時代」『日本の考古学Ⅰ先土器時代』242-263頁杉原荘介編 河出書房新社(1965) |
[27] | 秋田県立博物館編『真崎勇助翁コレクション図録』秋田県立博物館(1975) |
[28] | 小野一二 「数多い縄文遺跡」『五城目町史』8-18頁 五城目町史編纂委員会(1975) |
[29] | 岡本東三 「神子柴・長者久保文化について」『研究論集』第35冊1-57頁 奈良国立文化財研究所学報(1979) |
[30] | 赤澤威 『先史学資料のデータベース作成』東京大学総合研究資料館(1982) |
[31] | 秋田県教育委員会 『秋田県遺跡地図(中央版)』秋田県教育委員会(1990) |
[32] | 栗島義明 「デポの意義-縄文時代草創期の石器交換をめぐる遺跡連鎖-」『研究紀要』第7号1-44頁 埼玉県埋蔵文化財調査事業団(1990) |
[33] | 磯前順一・赤澤威 「東京大学総合研究博物館所蔵縄文時代土偶・その他土製品カタログ」『東京大学同号研究資料館標本資料報告』25号(1991) |
[34] | 大館市教育委員会編 『真崎勇助翁コレクション目録』大館市教育委員会(1993) |
[35] | 磯前順一・赤澤威 『東京大学総合研究博物館所蔵縄文時代土偶・その他土製品カタログ』言叢社(1996) |
[36] | 冨樫泰時 「講演記録鷹巣町における埋蔵文化財について 七、大畑の巨大石器」『鷹巣地方史研究』第41号7-8頁 鷹巣地方史研究会(1997) |
[37] | 白石浩之 『石槍の研究-旧石器時代から縄文時代初頭期にかけて-』未完成考古学叢書4 株式会社ミュゼ(2001) |
[38] | 中村真理 「青森県金木町相野山遺跡」『考古学』127-151頁 安斎正人編集・発行(2006) |
[39] | 初鹿野博之・山崎真治・諏訪元 『東京大学総合研究博物館人類先史部門所蔵陸平貝塚出土標本』東京大学総合研究博物館標本資料報告 第67号(2006) |