デジタルミュージアムを支える技術
仮想現実技術

MMMUD

− 鵜坂 智則・越塚 登・坂村 健 −



図1 クロマキーによるビデオガイド

MUD(Multi-User Dungeon:マルチユーザダンジョン)は、もとは複数のユーザがネットワークを使って参加するアドベンチャーゲームのためのシステムとして開発されたものである。しかし「複数のユーザが参加」という点が着目され、現在では、コンピュータ上に構築された仮想世界に多数のユーザが参加して、そこで様々なコミュニケーションを行う、マルチユーザ仮想環境システムとして研究されている。初期のMUDは、仮想環境の様子の説明やユーザ同士のコミュニケーションを、文字だけで行うものであったが、近年では、仮想環境を三次元CGで描画し、ビデオ映像や音声での会話などによるコミュニケーションが可能なシステムが開発されている。

我々が開発したMMMUD(Multimedia MUD:マルチメディア・マルチユーザダンジョン)は、博物館が所蔵する膨大な学術資料をデジタルアーカイブ化し、それを仮想環境中に作られた仮想博物館で展示するためのシステムである。MMMUD の仮想環境は、サーバシステムによって管理・運営がされている。

MMMUDを利用するためには、ユーザは、それぞれ自分が利用しているコンピュータでMMMUDブラウザ実行し、ネットワークを利用してサーバシステムに接続する。すると、仮想環境中でのユーザの代理の存在であるアバター (avatar) が作成される。そして、MMMUDブラウザの画面には、アバターの視点から見た仮想環境の様子が表示され、ユーザは自分のアバターを自由に操作して仮想環境中を探索する。

仮想環境中に仮想博物館を作り、そこで資料の展示を行うことの利点として、まず、仮想環境は現実世界と異なり、展示スペースがいくらでも確保できることが挙げられる。博物館は膨大な量の学術資料を収蔵しているが、現実世界の博物館では展示スペースが制限されているため、それらの資料のごく一部しか展示することができない。一方、仮想環境での展示は、展示スペースが無限に確保できるため、現実世界では展示しきれなかった様々な資料を展示することが可能である。また、複数のユーザが同時利用可なMUDを利用することで、単なる資料のデータベースとしてではなく、ユーザ同士がコミュニケーションを行う場として仮想博物館を利用することが可能となる。現在インターネット上にはWWWを利用した数多くの美術館や博物館が存在する。ルーブル美術館やスミソニアン博物館のウェブサイトを見たことがある人も多いであろう。しかしそこでは、展示されている物を見ることは出来ても、複数のユーザが同じ物を見て、それに関して話し合うということは出来ない。一方、MMMUDは多数のユーザが同時に利用するマルチユーザ仮想環境である。ブラウザの画面上には、仮想環境中の部屋や展示物だけでなく、他のユーザのアバターが仮想環境中を移動したり、展示物を観察している様子も表示される。現実世界の博物館では、人の流れや人混みの様子を見て、自分が次に何を見るか決めたり、展示物に興味を持ったりするといったことが行われるが、たくさんのアバターが仮想博物館の中を動いている様子を見ることで、同様のことが仮想博物館でも可能となるのである。また、MMMUDではユーザ同士がコミュニケーションを行うための手段として、音声による会話機能や、自分が道具を操作している様子を他のユーザに見せるための機能が提供されている。これらの機能を利用することで、MMMUDによる仮想博物館を、他のユーザから展示物に関しての説明を受けたり、同じ展示物を見ながらそれについて討論したりするための場として利用することが可能となる。


図2 解説ツール


図3 虫眼鏡ツール(1)


図4 虫眼鏡ツール(2)


図5 回転ツール

MMMUDの仮想環境中に作られた博物館では、現実世界の博物館と同じように、様々な資料が展示されている。そして、ユーザはアバターの前にある展示物の解説や、その展示物に関する様々なマルチメディアデータを、「道具」を利用することで閲覧することが出来る。展示物の説明やそれに関するマルチメディアデータを見るためには、まず、その展示物の前に移動して「道具選択メニュー」を呼び出す。ここでは、その展示物に対して利用可能な、何種類かの道具が表示される。各道具は、閲覧できるデータの種類毎に用意されている。そして、ユーザは利用したい道具を選ぶことで、道具に対応したマルチメディアデータを閲覧することができる。現在MMMUDでは、利用可能な道具として以下のようなものが用意されている。

解説ツール:展示物に関しての解説文章を読むための道具である。解説は、画像や、他の文章へのリンク、あるいは他の展示物へのリンクを含んだ、ハイパーテキストとして表示が可能である。また、展示物のタイトルや、解説文章を読み上げたり、展示物に関する音などの音声データを埋め込み、それらを利用した解説を行うこともできる。

虫眼鏡ツール:デジタルアーカイブでは、一般的なコンピュータのディスプレイの解像度よりもかなり高い解像度の画像が提供されている。そのため、画像の全体像を確認したり、画像の細かい部分を観察したりするために、画像を拡大・縮小・スクロールをしながら見るための道具として、虫眼鏡ツールが用意されている。

回転ツール:回転ツールは、三次元スキャナなどで作成された、立体形状データを観察するための道具である。この道具によって、ユーザは三次元立体形状データで表現された展示物を、回転したり拡大したりしながら観察することができる。また、資料の任意の二点間の距離を計測することも可能である。

震源地表示ツール:地震の発生した時間とその震源地、および規模を表示するための道具である。この道具では、時間変更コマンドにより、任意の期間に発生した地震の震源地の分布を観察することができる。また、回転ツールと同様に、画像を回転させたり拡大したりする機能を持ち、様々な角度から震源地の分布を観察できる。

協調ツール:これは、他のユーザが道具を操作している様子を観察するための道具である。協調ツールを利用した場合、その画面には、観察対象となるユーザが見ている画面と同じものが表示される。そして、そのユーザの道具操作にしたがって、協調ツールの画面がリアルタイムで更新される。また、道具を利用している間は、同じ展示物に対して道具を利用している他のユーザと音声会話が可能であるため、協調ツールと音声会話機能を利用することで、展示物に関しての説明を受けたり、同じ展示物を見ながらそれについて議論したりすることが可能となっている。

さて、現実世界の博物館では、学芸員に展示物の説明を聞いたり、あるいはガイドツアーに参加して館内を案内してもらうと言ったことも可能であるが、仮想博物館ではビデオガイド機能によって、展示物の説明や館内のガイドツアーを行うことができる。ビデオガイドは、クロマキー技術によって作成された、人間のくりぬきビデオ映像を、特殊なアバターとして仮想環境中に表示して、展示物の説明やガイドツアーに利用するものである。これにより、道具を使って展示物の説明を見たり読んだりするだけでなく、ビデオガイドによる、ジェスチャーや音声を使った展示の解説を受けることができる。また、ビデオガイドには、仮想博物館内の巡回ルートと、各ビデオガイドを見るために最適な視点の位置が設定されており、それに従い、アバターを自動的に移動させる機能がある。この機能を利用することで、MMMUDを利用した館内のガイドツアーを行うことが可能となっている。


図6 震源地ツール(1)


図7 震源地ツール(2)