古代マケドニアの墓に描かれた絵画

前4世紀から前3世紀にかけて

ハリクリア・ブレクラキ


 マケドニアにおいて発見された、墓の壁や大理石の墓標、葬祭用の家具に描かれていた絵には、前4世紀中頃から前3世紀中頃にかけての古代ギリシア絵画のいくつかの主要な特徴が覗える。この時期というのは、アレクサンダー大王とカッサンドロスの父であったマケドニア王フィリップⅡ世の統治期にあたる。ヴェルギナ(アイガイ)における「フィリップⅡ世の墓」のファサードと、「ペルセフォネの墓」の内部を飾るふたつの大きな絵においては、躍動感や遠近感表現の習得といったものが明らかであり、複合された図柄を表現する深い知識がさまざまな形で示されている。古代の作家の記述からだけではなく、有形の史的証拠として、これらの絵は名高いギリシアの絵画がどのようなものであったのかを我々に想起させるのである。ヴェルギナのベッラの墓、古代ミエツァで発見された3基の大型記念墓(「パルメットの墓」、「最後の審判の墓」、「リュソンとカッリクレスの墓」)、Fig.149またテッサロニキ近郊の古代ヒャラストラ(アギオス・アタナシオス)地域においての近年の著しい考古学的発見によっても、古代絵画についての我々の知見はかなり深まった。そしてさらに言えば、古代マケドニアのさまざまな地域(ピュドゥナ、ペッラ、デルヴェニ、アイネイア、ポティデア、アンフィポリス、ドゥラマ)から発見された、印象度や保存状態においては多少見劣りする他の墓も、アレクサンダー大王のアジア遠征後におけるマケドニアの絵画技術の発展に関しての興味深い情報を提供してくれるのである。

 個々のケースで多少異なるとはいえ、これらの絵ないしマケドニアの墓を飾る絵画装飾全体には、彩色上、はっきりした好みが表れている。それは、鮮やかな色彩が構築的な細部を強調し、また絵がフリーズと破風部分を飾る墓のファサードと内部の多彩モルタルの部分において最も明確に把握される。また、それは死者の調度品にも覗える。Fig.150例えばポティデアの墓、アンフィポリスの墓、ヴェルギナのベッラの墓Ⅱのクリーネ(寝台)、またそれと同じネクロポリスにある「エウリュディケの墓」の大理石製の玉座がそうである。特にこの玉座では、背部分に描かれた絵の質のみならず、ほとんど玉座全体を覆う金と鮮やかな色彩の賛沢な装飾が極めて印象的である。



絵の素材と技法


a.素地および基礎層
 マケドニアの葬祭絵画は主に3種の素地の上に仕上げられている。墓の漆喰で覆われた壁、大理石、あるいは石である。木製フリーズの上に描かれた絵がかつてはヴェルギナの第Ⅲ墓のファサードを飾っていたが、今日ではほとんど何も残っていない。

 たいていの墓の壁には、良質のモルタルと、漆喰から成る最上層を磨き上げる洗練された技術が観察される。それらは、いかにして耐久性のあるモルタルを製造するかを知っており、かつ、しばしばそのモルタルに顔料で色を付け、磨いたのちに、白大理石のごとく目に映らせる術を心得ていた地域の熟練職人の存在を物語る貴重な証拠なのである。漆喰の層の成り方や構成素材は墓によって異なっている。この違いは、大型記念墓と小規模な墓を比較したときに最もよく分かる。大型墓の壁には明らかにより手の込んだ技術が適用されていたのであり、また使用された素材も異なっていた。マケドニアの大型記念墓においては内部壁は通例3から4の異なる層から成る漆喰によって覆われている。下の粗い基礎層はさらにふたつの層に分かれることもあったが、基盤の石と接しており、とても厚く(3〜4cm)、石灰中心の素材と非常に粗い小石の混じったものから構成されていた。第2層は普通、第1層よりももっと薄いが、構成素材は同じである。そして第3層は石灰中心の素材と砕いた大理石からなる2〜3mmぐらいの白漆喰で作られていた。一方、ファサードは、壁の漆喰の層数という点ではより簡略に造られていると言える。装飾画が施されたファサードに関して言えば、その漆喰は決して2層以上から成ることはなかった。その2層とは、素地の凹凸を覆う粗い層と、2〜5mmの薄い白い層であり、どちらも成分は石灰と砕いた大理石である。

 大規模な埋葬墓に対して、絵画装飾が施されたマケドニアの小規模な墓では、普通2層の漆喰が壁面を覆ったが、それらは石灰と粘土から成る粗いベージュの層と、それより滑らかな石灰と砂から成る白い層であった。砕いた大理石は、洗練度では劣るこのような漆喰には決して用いられることはなかった。

 ヴェルギナの墓の大理石製墓標の表面には、今まで見てきたようなどの基礎作業も行われず、彩色は直接素地の上になされた。このようなやり方はヴェルギナの「エウリュディケの墓」の大理石玉座でも観察される。しかしテッサロニキの考古学博物館に展示されている、ポティデアの墓の葬祭寝台の表面には、彩色された非常に薄い基礎層が施されている。Fig.150



b.絵の表面:顔料と固着剤
 マケドニアの墓から採取されたいくつかのサンプルで行った科学的分析によって、自然界に存在する鉱物から取り出した、あるいは人工的に作られた非有機顔料、ならびに主に黒と真紅の一連の有機顔料の使用が確認された。顔料の混合は幅広い色合いを作り出すために極めて頻繁に行われ、これによって比較的に制限されていた古代の画家たちの色彩パレットは豊かなものになった。現在までに特定できた顔料は以下に要約される。自然界の鉱物から取られた非有機顔料としては、炭酸カルシウムの白、赤と黄色の黄土、辰砂、クジャク石、蛇紋石、コニカルキート、鶏冠石、金箔。人工的に作られた非有機顔料としては、白鉛、エジプト青。有機顔料としては、骨炭、炭素黒、真紅、である。

 顔料は、水で薄められて湿らせた壁に塗るといういわゆるフレスコ画法か、ゴムや卵白、タンパク質などの有機固着剤と混ぜて壁に塗られるというテンペラあるいはセッコ画法で処理された。フレスコ画法は、石灰中心のモルタルが固まっていく過程に起こる変化を利用している。絵は壁の表面に直接描かれ、壁が乾いていくうちに石灰がゆっくりと方解石に化学変化を起こしていくことによって顔料とモルタルが化学的に付着するのである。この画法の最も代表的な例はヴェルギナの「ペルセフォネの墓」において見られる。ここでは湿らせた漆喰の上に下絵として直接線刻された多くの跡がはっきりと見てとれる。顔料もやはり水分を含んだ漆喰の上に塗られた。こうすることによって色が漆喰に完全に付着し、フレスコ画法特有の透明感とつやが維持されるのである。混合画法やテンペラあるいはセッコ画法もある部分を強調するためや、部分的に厚塗りして絵を描くために使われ、そしてこの場合には石灰の薄塗りか何らかの有機物質が固着剤として用いられた。前文に「何らかの有機物質」と書いたが、古代絵画においてテンペラ画法の固着剤として用いられた自然界の有機物質を特定するのは至難である。もともとの有機物質が化学変化してしまったり、その性質が完全に失われてしまったりするからである。が、それにも関わらず化学的分析によってヴェルギナの「エウリュディケの墓」の玉座の絵において使われた固着剤はゴムであったことが判明している。このゴムはエジプトのインクや絵画において固着剤として伝統的に用いられてきた植物性物質であった。いずれにせよ、さまざまな素材と画法が最終的に古代マケドニア画家たちの美意識に合うように適用された。そしてこの中に我々は、これらの画家たちが各々の素材の特性を完全に理解していたこと、また立体をいかに表現するかを習得していたことなどを見てとれるのである。    (訳:松田 陽)

(在アテネ、アメリカ古典学研究所)


前頁へ   |   目次に戻る   |   次頁へ