生命の科学

第一部 生命の科学の基礎:植物と動物

浅島 誠


生命科学の基礎—日本の生物科学の歩み

メガネトリバネアゲハ(雌)
世界最大の蝶 メガネトリバネアゲハ(雌)
日本の国は南北に細長くのびており、生物相および生物種は多種多様である。それゆえ昔から、日本人は自然を愛し、親しんできた。そのような中から日本の蝶についてみる。蝶は日本の自然の中にとけ込み「花蝶風月」ともなり、その代表的なもので昔から人々に愛されてきた。そしてここに展示されているのが、日本の全部の蝶の標本であり、約270種がある。その美しさは人々の心をとらえてやまない。多くの生物学者もこの蝶の持つ美しさと変化の多さにとりつかれてきて現在に至っている。そして最近ではその蝶の持つ模様を分子生物学的に解明するところまできている。

一方、植物は食物としてのみならず薬草としても古くから観察されてきた。今回、展示されている「大和本草」や「本草綱目啓蒙」1巻〜48巻(1829年)は日本のその当時の植物学の総まとめであり、今日の日本の植物学の源流となっている。東京帝国大学理学部、植物学教室で学び、後に東京帝国大学農科大学の教授となった白井光太郎(文久3年生まれ、明治19年東京帝大卒)は植物病理学と本草学の大家でもあった。そして平瀬作五郎とともにイチョウとソテツの精子を世界で最初に発見をした。東京帝国大学植物学教室を明治23年に卒業し、後で東京帝国大学農学部教授となった池野成一郎は植物形態学と遺伝学の基礎をつくった。この植物形態学と遺伝学は後に藤井健次郎(東京帝国大学理学部植物学、明治25年卒)に受け継がれ、理学部に植物形態学、遺伝学を設立することになる。

本草綱目啓蒙
小野蘭山著、「本草綱目啓蒙」
このような流れの中にあって大きな役割を果たしたのが顕微鏡である。当時の日本人が手製でつくった「木製カルペパー型顕微鏡」は18世紀中頃、イギリスのカルペパーにより考案されたものをもとにしてつくられているが、この顕微鏡は植物学のみならず、動物学の方面でも大いに役立った。

一方、東京大学理学部動物学教室ではE・S・モ−ス(1877〜1879年)とC・O・ウィットマン(1879〜1881)が教授となられた。そして箕作佳吉が日本人として初めて動物学教室の教授となった(1882〜1909)。今回の展示品の中にはモースに関する「Morse 別刷集」や「Japan Day by Day」、モース・スクラップブック2冊、モ−ス自筆のスケッチが展示される。また箕作佳吉先生については箕作先生実験ノート(原本)などが展示される。

一方、このような人たちによって、日本にも新しい生物学の学問をする仲間が集まるようになり、「東京大学生物学会記録帳」(明治11年10月20日〜明治12年6月8日)があるが、これこそが、その後の日本動物学会および日本植物学会の創立に直接つながるものである。

梅園禽譜 写生斎梅園禽譜 巻一
毛利梅園著、「梅園禽譜 写生斎梅園禽譜 巻一」
それゆえ日本動物学会と日本植物学会は日本で最も歴史があり、由緒ある学会である。その学会が発行してきた初版本を現在まで引き続いて発行されているものを並べることによって、日本の生物学の大きな流れにふれることができよう。他に日本遺伝子会誌、日本生物学会の「Journal of Biochemistry」や日本発生生物学会の「Enbryologia」なども初版本の実物が現在と比較して展示される。 そしてそのような時代の変遷の中にあって、学会法を通して生物科学は大きく発展し、現在に至っているといえる。日本の科学を世界に発信するための大きな役割を写している。ここではいくつかの話題を拾い出して、現代の生命科学の一端を紹介したいと思う。

植物科学の分野では「光る植物」としてウィルスに光る遺伝子を組み込んでみる。また植物にできる腫瘍(がん)についても触れてみる。その1つはある細菌が感染してクラウンゴールとよばれるコブを試験管の中で培養することができる。これによって植物細胞の増殖と分化に関係する因子や遺伝子の解析が可能になってくるのである。また動物では1個体の中に異なった遺伝子をもつキメラアホロートルを展示する。キメラガエルやキメラマウスもよく知られているが、このように1個体の中で色の異なる(遺伝的に異なる)ものも統一のある形づくりをするのである。

また動物の卵から親への形づくりについても最近、少しずつわかってきた。今回は試験管内にある特定の分子を作用させることによって、未分化細胞に様々な器官をつくることが可能になったり、双頭の幼生をつくったりすることができるようになり、“発生のメカニズム”も分子の言葉でどこまで理解が可能になったかについても展示する。ここに展示されたものは日本の生物科学の非常に限られた一端ではあるが、その歩みをみることによって、昔の日本の生物学と現代の生物学の一端の実物をみていただき、実物の展示の中から、また、新しい生物科学が展望できれば幸いである。


日本の生命、昆虫

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