冬季特別展
デジタルミュージアム開催にあたって林 良博(総合研究博物館館長)
もしデジタルミュージアムが、日本の貧困な博物館をそのまま放置するための装置として期待されているのなら、それはおよそ大学博物館には相応しくない無用の長物だ。しかしそれが東京大学に保存されている600万点を超える学術資料の活用を、さらに高めるための装置として機能するならば、それこそ私たちが待ち望んでいたものに他ならない。
輝安鉱(きあんこう)愛媛県西条市市ノ川鉱山産 総合研究博物館鉱山部門所蔵 |
いかなる時代にあっても、大学博物館には膨大な数の学術資料があふれ、それを基にした研究・教育が進められるであろう。しかしその整理・保存は容易なことではなく、利用者が資料を捜しだすことができないまま「死蔵」されている事例が少なくない。たとえ整理されていたとしても専門家しか検索できず、汎用性が低いことが多い。学術資料のデジタル化はこうした問題点を一挙に解決するであろう。
また学術資料の多くは、たとえ細心の注意を払って保存したとしても劣化が避けられない。資料をデジタルアーカイブすることによって、半永久的にその情報を保存することが可能になろう。さらにデジタル化された学術資料は、閉じ込められていたガラスケースの中から時間と空間を超えてすべての人々のもとへ送ることが可能となろう。
東京大学総合研究博物館は、いままさに大胆な知的冒険の一つとしてデジタルミュージアムを試行しようとしている。私たちは、たとえ一時的に失敗したとしても、それを恐れない。大学は真理の探究の場である。一時的な失敗は、必ずやさらに大きな成功となって私たちに還元されることを信じて疑わないからである。
アドレス:/DM_CD/WELCOME/HOME.HTM
「生きた化石」オオムガイ類 | |
Nautilus scrobiculatus(Lightfoot) 軟体動物門頭足網オオムガイ亜網 パブア・ニューギニア 標本商から購入 理学部地質学教室 所蔵 |
Nautilus belauensis Saunders 軟体動物門頭足網 オオムガイ亜網 パラオ共和国、コロール島沖 早坂 祥三 ほか 1988年 採集 総合研究博物館 地史古生物部門 所蔵 |
マルチメディアやインターネットといったコンピュータ技術の普及により、コンテンツの重要性が急激にクローズアップされている。その意味では、明治10年の創設以来蓄積されてきた膨大な学術資料を保有する東京大学は、まさにコンテンツの宝庫であるといえる。そのコンテンツをデジタルミュージアムに「収蔵」することにより、博物館の持つ資料の保存・整理・公開の機能に新しい地平を開くことを、我々は目指している。
もちろん、資料は時間とともにどうしても傷みが激しくなり、利用の機会を制限せざるを得ない。まして、貴重な学術資料を利用者に触らせることなど、セキュリティ上からも不可能である。
デジタルミュージアムでは、このような保存と公開の要求を両立させるために、デジタル技術を徹底的に活かす。
解説などは文字が書かれたパネルによる場合が多いが、目の見えない人はもちろん弱視の人にとっても、解説が充実しているほどつらいものになる。また、外国の人にとっては日本語で書かれているということ自体がバリアになってしまう。
逆に耳や口の不自由な人にとっては、資料について質問をして答えてもらうということもままならない。 このように特定の人々を博物館の持つ情報から遠ざけているバリアを、デジタル技術により解消することもデジタルミュージアムの目標である。
総合研究博物館新館1階展示場内部 キオスクターミナルが見える。 |
その期間、その場所になんらかの理由で行けない人にとっては、これもバリアである。
東京大学の持つ学術資料をどこからでも、いつでも見られる。終わった特別展についても、あとから見られる。どこからでも、いつでも質問できる。さらには、他の博物館のもつ資料とも合せて、博物館横断的な、特定分野に関する総合展を行いたい。1つの資料が複数の特別展のキー資料となるとき、同時に2ヶ所に展示するわけにいかないといった問題を解決したい。
そういった場所と時間からの開放をデジタル技術とネットワーク技術により実現することを、デジタルミュージアムでは目指している。
デジタルミュージアム専用PDA |
印刷物はコンピュータがなくても読めるし、コンピュータ画面では見られない精緻な印刷画像というメリットを持つ。しかし、同時にそれは容量的にかさばり、紙の利用という意味で環境的な問題をはらんでいる。一方、CD-ROMは紙に比べ遥かに高い情報密度とインターネットに比べ高速の情報アクセスというメリットを持つ。確かにインターネットは回線接続が必要で、公衆回線経由では特にアクセス速度が問題になる。しかし、インターネットの先に広がるのは世界であり、無限の容量とリアルタイムの内容更新という、紙にもCD-ROMにもない大きなメリットを持っている。このように、印刷物とCD-ROMとインターネットは互いのデメリットを補う関係であり、それらを組み合わせることによって、従来の図録の枠を超えた「場所と時間にオープン」な図録が可能になったのである。
CD-ROMドライブを持ち、インターネット接続したパーソナルコンピュータを利用すれば、印刷物はおろかCD-ROMの容量をも超えた、膨大なデータ量の真の「図録」にアクセスできる。しかも、この図録はリアルタイムに内容更新される。学術資料に関する日々の分析・研究の成果や、「デジタルミュージアム」技術の研究・開発の最前線といったものを反映し、内容を常に新しく保つ。
冬季特別展「デジタルミュージアム」開催中も、終了後も本「図録」にアクセスしてもらいたい。そこには、常に新しい発見がある——この本こそ「デジタルミュージアム」への入口なのである。
アドレス:/DM_CD/DIG_MUS/HOME.HTM