はじめに

本データベースは、1956年9月から1957年8月にかけて派遣された東京大学イラク・イラン遺跡調査団(全15名)が残した記録写真のうち、レヴァント地方諸国・地域(ヨルダン、レバノン、イスラエル、パレスチナ)で撮影されたものを収録する。それは、既に公開したシリア(2016年度)、イラク(2020年度)、イラン(2021年度)史跡写真データベースの姉妹編である。

同調査団(代表:江上波夫)は、イラク・イランにおける発掘を中心に西アジア各地で広範な遺跡調査を実施した。それは、第二次世界大戦後、日本人が初めて組織した大型人文系海外学術調査であり、同時に最初の西アジア考古学現地調査であった。約1年間にものぼる現地滞在中に公式カメラマンあるいは隊員各氏(全15名)によって撮影された記録写真は、かれらの考古学調査の委細をとどめただけでなく、急速に変わりゆく中東の風俗、自然、さらには昨今の政情不安のもと破壊された文化遺産の半世紀以上も前の姿を写したかけがえのない記録を含んでいる。加えて、海外渡航が特権的であった頃の最初の海外学術調査であったことから、当時の日本人が、初めて訪れる中東世界をいかにみつめ、記録しようとしたのか、すなわち、日本のオリエント研究史の理解にも資する希有な資料体である。

撮影された写真は膨大な数にのぼるが、本データベース事業で対象としたのは、そのうち公式カメラマン(三枝朝四郎)が撮影ないし指揮して残した写真群である。したがって、団員個人の撮影分については、扱っていない。また、イラクの記録写真には、数ヶ月を要したテル・サラサート遺跡発掘調査の逐次記録、例えば、遺構の発見状態や遺物の接写などが大量にふくまれるため、これまた別に扱う必要がある。

しかしながら、今回のレヴァント地方編の史跡写真を公開することにより、ひとまず、調査団が踏査した主要諸国(地域)の撮影写真を整理しえたことになる。既公開分とあわせて、本データベースが西アジアの考古学、歴史、文化遺産、民族学等に関心をもつ方々に広く活用されることを期待したい。

なお、レヴァント地方には国境係争地がふくまれる。データベース記載の国・地域については1956年当時の調査団の記録に基づいていること、本データベースの制作には令和4年度科学研究費公開促進経費(代表:西秋良宏、課題番号22HP8007)を使用したことも記しておく。


2023年7月

東京大学総合研究博物館  西秋 良宏