The Unversity Museum, The University of Tokyo : Material Report No.135
はじめに
本目録は1956年から1957年にかけて派遣された東京大学イラク・イラン遺跡調査団(団長:江上波夫)が残した記録写真のうち、イラン国で撮影された公式写真を収録したものである。この調査団は日本の学術機関が第2次世界大戦後に派遣した最初の大型海外人文学術調査であった。そのため、個別の遺跡調査や遺物収集だけでなく、西アジア各地の訪問地や史跡、風俗をも可能な限り多く写真撮影して以後の西アジア考古学の教材とする、という言わば国家的な使命を意識した目的をもが掲げられていた。
撮影写真の総数は約5万点ともいわれるが、その全貌はなお明らかにはなっていない。これまで、『西アジア考古美術写真』(1996年、UMDB)、『イラクの遺跡写真』(2006年、標本資料目録第64号)等として一部の選別写真をデータベース化してきたが、数年前から組織的な整理を実施することとした。すなわち、イラク、イラン、シリア、レヴァント地方という西アジアの主要地域別の史跡写真集としての刊行である。既に、『シリア史跡写真』(2016年、標本資料目録第107号)、『イラン史跡写真』(2021年、標本資料目録第125号)を刊行済みである。本書は、その三冊目である。
それらの写真群が撮影されたのは半世紀以上も前のことであるから、今や学術的成果を記録する貴重史料であるのみならず、歴史性をもおびている。例えば、今日、活発におこなわれている海外学術調査がどのようにたちあがったのかを語る学史的価値をも含んでいる。事実、この調査団はイラク・イラン遺跡調査団と名乗ってはいたが、最初の調査地、すなわち日本人が西アジア地域で初めて実施した考古学的発掘はイラン南部マルヴ・ダシュト遺跡群であった。本写真コレクションにはその調査記録がふくまれている。第二に、当時の写真は、今や、戦乱や開発により姿を変えてしまった中東の半世紀以上も前のいっときの姿を写しとどめたものであるから、民族誌的価値をもおびているに違いない。
本書が収録するのは、1956 年9月から1957年8月にかけての滞在中、調査団がイランで撮影した写真のうちの2125点である。一部はウェブ版データベースとして、2022年5月以来、総合研究博物館のホームページ(UMDB)にて公開していた。本書は、その後の資料整理の成果をふまえて一部の写真や記載を改訂し、かつ新たなカラー写真や解説記事などを加えて編んだものである。
考古学や歴史はもちろん中東の史跡や風俗、研究史、さらには文化財の保護、活用などに関心を持つ方々に、ウェブ版ともども、参照いただければ幸いである。
整理にあたってご支援、ご理解いただいた考古美術部門主任古井龍介東洋文化研究所教授には厚く御礼申し上げる。また、被写体の同定、出版歴調査にあたっては下釜和也(千葉工科大学)・田邉幹太郎(東京大学)両氏の協力を得た。本書は、令和3年度科学研究費公開促進経費(代表:西秋良宏、課題番号21HP8007)の成果の一部である。あわせて記し、謝辞としたい。
西秋良宏