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秋季特別展 東京大学コレクションIV

「貝の博物誌」展

佐々木 猛智


図1 チマキボラ 台湾産 殻高7.2cm
図2 オニホネガイ 奄美大島産 殻高12.5cm
総合研究博物館では、9月21日より「貝の博物誌」展を開催します。この展示では(1)貝類の分類と進化、(2)形や模様の法則性、(3)環境への適応、(4)人と貝類の関係、を中心として貝類の美しい世界をお見せしたいと思います。

 貝類は人類にとってもっとも身近な動物のひとつです。どなたも一度は海岸で綺麗な貝殻を拾い集められたことがあると思います。あるいは潮干狩りでアサリを掘り出したり、庭先でカタツムリを発見されることもあるでしょう。

そして、寿司屋に入ればアワビやアカガイなどの貝のネタが必ず並んでいます。女性の方であれば真珠貝の分泌する真珠の美しさに心を奪われることと思います。私達は貝を通じて様々な自然の恩恵に浴しています。

 そのようななじみ深い存在の貝類ですが、私たちが容易に出会うことのできない貝類も存在します。世界中にはおよそ10万種以上の貝類が棲息すると推定されており、日本近海は1万種以上が棲息することが明らかになっています。

 現在地球上に生息している貝類は、無板類、多板類、単板類、腹足類、頭足類、掘足類、二枚貝類の8つの大分類群に分類されます。腹足類はサザエやホラガイなどの巻貝の仲間を含みます。二枚貝類はその名の通り、二枚の殻を持ちます。

頭足類はオウムガイ・アンモナイト・タコ・イカなどを含みます。タコやイカには外側に貝殻は見えませんが、コウイカには石灰質の甲があり、これは貝殻が変形してできたものです。コウイカ類以外のイカにも体の中に有機質の殻が残されており、軟甲と呼ばれています。

 腹足類、頭足類、二枚貝類以外の分類群は一般にはあまり知られていません。掘足類はツノガイ類、多板類はヒザラガイ類を指します。単板類は「生きている化石」として動物学的に興味深い存在ですが、世界中の深海に20種ほどしか知られておらず、日本からはまだ発見されていません。

無板類は殻の無い虫状の動物で、とても貝類には見えません。しかし、解剖学的には貝類と共通の部品から形成されており、貝類の祖先の形態を反映していると考えられています。

 貝類の形の特色は形の規則性です。ほとんど全ての貝殻は、一定の比率で拡大しながら螺旋状に付加成長をする管状体とみなすことができます。典型的な巻貝やオウムガイ類は美しい螺旋を描きながら成長します(図1)。

一方、二枚貝や笠形の巻貝は螺旋形には見えません。しかしこれらの貝殻も螺旋の1種であり、殻口が急激に広がることにより螺旋の部分がほとんど見えなくなっています。

 一方、規則的な螺旋形に従わない貝類も存在しています。その代表例は、不定形の貝類です。カキの仲間にはどれひとつとして同じ形をしたものがなく、付着する地物の形に合わせて不規則な形をしています。岩礁に付着する巻貝のヘビガイ類も同様です。つまり、分類群に関係なく、岩に付着する貝類は螺旋からはずれた不定形になります。

 もうひとつは、「定形」でありながら通常の螺旋から逸脱してしまう例です。陸貝には殻口が成長の途中から全く異なる方向を向いてしまう種が知られています(表紙)。しかし、それらの機能的・適応的な意味は分かっていません。

 さらには、ウミウシやナメクジやタコのように貝殻の無い貝類も存在します。貝殻の材料は炭酸カルシウムです。カルシウムは海水中に豊富に溶け込んでいますので、材料は無限にあります。しかし、貝殻を分泌するにはエネルギーが必要です。つまり、貝殻はただではできません。貝は努力して貝殻を作っているのです。

 貝殻の第一の存在意義は動物体の防御です。つまり、貝類は体を保護するため貝殻を形成しています。しかし、貝殻以外に別の防御の手段を発達させれば、貝殻は作らなくても済みます。多くの無殻の貝類は他の生物にとって不快な物質を生産しているようです。

まずくなることによって、食べられにくくするという戦略です。ウミウシ類はその代表的な例です。ミノウミウシ類は餌となる刺胞動物の刺胞を回収し自分の体内に蓄えて防御に利用しています。頭足類は墨を吐くことと泳ぐ能力を発達させることで難を逃れています。

図3 リンボウガイ 熊本県牛深沖産 殻径5.9cm
図4 マボロシハマグリ 西メキシコ産 殻長6.3cm
図5 フシデサソリガイ フィリピン産 殻高14.3cm
 一方では、貝殻を厚く堅くすることにより身を守る戦略をとる貝類も多く見られます。貝の厚さを様々な地域で比較すると、深海よりも浅海、北方よりも熱帯の方が厚い殻をつくる種が多いことがわかります。これは、殻を破壊して食べる捕食者がそのような環境に多いことと関係していると言われています。

 さらには殻の外側に棘を付けて武装する種も見られます(図2〜5)。棘が伸びた範囲内には捕食者も近づくことができなくなります。ホネガイ類(図2)はその代表的な例です。あるいは、殻口の内側にも歯を形成して入り口を狭する分類群があります。歯の存在によって捕食者の侵入を防ぐことができ、貝の本体は貝殻の奥深くに退縮させれば安全です。

 このように多くの貝は、周囲の環境に調和しながら美しい形態を生み出しています。

 貝類のもう一つの特徴は種類の豊富さです。陸上においては昆虫の種数が圧倒的に多いことが知られています。しかし、海中では昆虫は見る影もありません。実は海中で最も種類が多い動物は貝類です。陸上が昆虫の王国であるとすれば、海は「貝の王国」です。

 貝類の大部分は浅海に棲息しています。それは光合成による栄養分の生産が盛んなことと関係しています。深海では生産者がいないため、浅海から流れ落ちてくる有機物に頼って生活せざるを得ません。深海では海藻を食べる藻食性の分類群が全く見られなくなる点が大きな特徴のひとつです。

 一方、陸上にも貝類は生活しています。汽水・淡水域には巻貝(腹足類)と二枚貝類が進出しています。完全な陸上に進出した貝類は巻貝(カタツムリ)のみです。二枚貝は鰓で水中の浮遊物を濾し取って食べるため、水から干上がった陸上では生活できません。陸上に上がった貝類は鰓が退化し、外套腔内で空気呼吸をする共通性が見られます。

 貝類は深海から高山まで幅広い環境に適応しています。しかし、貝の生息できない環境も存在します。それは、「空中」と「地中」です。貝は空を飛ぶことができません。イカの仲間ではトビイカやアカイカが水を噴出する勢いで空中に飛び出して滑空することができます。

しかし、これは逃避のための行動であり、空中で生活していることにはなりません。重い貝殻を背負った貝類には空を飛ぶことは困難です。空を飛べないことが貝類が陸上であまり成功していない要因のひとつです。

 地中に深く埋もれると貝類は呼吸も摂餌も困難になります。陸上ではモグラのように地下を利用する貝類は見られません。海産の二枚貝類には底質中に潜る種があります。しかし、その場合も水管と呼ばれる管状の器官を海底面まで伸ばしており、水管の長さ以上の深さには潜れません。

 我が国は、世界的にみても貝類の多様性に恵まれた国です。日本列島の周辺は寒流と暖流が入り交じるため、寒帯性・温帯性・熱帯性の貝類が全て分布しています。わずか数千kmの範囲内に寒帯性〜亜熱性の種が全て揃う国は他に例を見ません。さらに領海の大部分が深海に取り囲まれているため、深海性の種も豊富です。日本は世界一貝類に恵まれた国と言ってもよいでしょう。

 日本人は貝類を大量に消費する国民です。貝類を様々な形で利用する日本の食文化は豊かな海の資源と種の多様性によって培われているのでしょう。

 ところが、近年では多くの貴重な貝類が絶滅の危機に瀕しています。これは深刻な環境問題です。最近では保全を要する種のリストが各地でレッドデータブックとして出版されていますが、貝類も多くの種が含まれています。貝類相の歴史的変遷を調べるだけでも日本が世界を代表する環境破壊大国であることが容易に理解できます。

 驚くべきことに、既に食用貝類にも絶滅の危機が及んでいます。その代表例がハマグリです。ハマグリは関東地方の貝塚からは最も大量に出土する貝類です。すなわち、ハマグリは日本の本土では最も平凡で、取るに足らない貝の1種でした。

ところが日本古来のハマグリは、今や西日本の一部にかろうじて生き残っている状態です。東日本からは完全に絶滅しており、今我々が東京で食べているハマグリは別種のチョウセンハマグリか、シナハマグリです。

 その他の多くの貝類にも同様の運命を辿ると思われる例があります。例えば、「タイラガイ」として寿司ネタにも利用されるタイラギは、有明海が有名な産地でしたが、今では激減して漁業として成り立たなくなりました。「ミルガイ」として利用されるミルクイも減少し、驚く程の高値で売られています。

 しかし、これらの種は同種あるいは類似種が韓国や中国にも分布しています。しかも、物価が違うためか、国産よりも輸入品の方が明らかに値段が安いのです。

従って、国内で採れなくなった貝類が近隣国から大量に輸入され続けており、国内の貝類の危機は輸入によって覆い隠されている格好です。20年以上前には掃いて捨てるほど採れた貝類が、年々貴重品になっていく現状には驚かされますが、一般にはあまり知られていません。

 貝類は我々に危害を加えることはほとんどありません。むしろ、貝類の美しさは我々に安らぎを与えてくれます。食材としても魅力的です。すなわち、貝類は生活の潤いの一部とも言えます。今回の展示を通じて、貝類の造形の美しさ、科学の対象としての面白さ、そして生物多様性の大切さを実感していただきたいと思います。

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(本館助手/動物分類学・古生物学)

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Ouroboros 第19号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成14年9月20日
編集人:佐々木猛智/発行人:高橋 進/発行所:東京大学総合研究博物館