■ハートニエ湖
塩湖から環境変動を読み取る
ハートニエ湖は、東西1.5km、南北3.5kmの小さい湖である。ただ、氷期には東西4km、南北10kmの大きさであったことが、湖周辺に分布する湖岸段丘の分布から確認されている。このように現在は湖域が小さくなっているため、湖水の塩分は9パーミルに達している。これは海水の約4分の1の塩分濃度である。夏季は乾季のため水位はさらに低下し、湖底はひろく干上がっている。この時期は湖の中心付近まで徒歩で移動することができる(図3,図4a,b)。
この湖で新石器時代以降の湖水の変動を復元するためのボーリング調査を2004年に行った。まず、湖水位変動を復元するための方法について述べてみたい。ボーリングのために湖中央まで移動するが、湖底は軟泥からなることが多いので、足を取られぬよう慎重に移動する。ボーリング機材は、軽量でしかも操作が簡単なように特別に工夫したものである(図5a,b)。
湖底の泥は、そのままでは環境変化をとらえることができないため、次のような分析を行った。
(1) 炭素14法による年代測定(図6)
湖底に堆積した有機物、植物遺骸について、その堆積年代を測定するもの。本研究では、ニュージーランドのワイカト大学に測定を依頼して行っている。
(2) 微化石群集による堆積環境の復元(図7,図8a,b)
湖の堆積物には、珪藻、貝形虫、種子、花粉など顕微鏡サイズの化石が多く含まれている。これを用いて、過去の湖水の塩分や水位などを復元することができる。
調査結果を総合すると、以下のような古環境変動史が明らかとなった。ハートニエ湖では、氷期に広大な湖が形成されていた(古ハートニエ湖)。2万年前以降の温暖化の開始に伴って、この湖はその後いったん消失するが、約1万年前頃から再び湖が形成されるようになった(新ハートニエ湖)。当時は、水深の小さい塩性湖沼であったが、8,500年前頃から水位上昇と湖水の塩分低下が急激に進んだ。この水位上昇は6,500年前頃まで継続していた。その後、再び水位は低下し、湖水の塩分は上昇した(図9)。
ここで重要なことは、湖が二度形成されていることである。同様の現象は、トルコ中部などのいくつかの湖で確認されている。もうひとつの点は、8,500年前ごろ、つまり新石器時代の途中で気候が急激に湿潤化している点である。これは、これまでに述べた地球規模の気候の急変期に対応するものと考えられ、この地域では気温変動に加えて乾湿変動が大きかったことを示している。さらに、トルコ中部が湿潤化する6,500年前頃には、この地域では対照的に乾燥化が始まっている。
■さいごに
新しい地球環境観
地球環境の変動に関する学説は、1990年代後半から2000年代にかけて大きく変わってきた。その中でも特に、ヤンガードリアス期以降の、考古学的時代区分では新石器時代とその後の時代についての気候変動観が一番大きく変わった。気候は安定的なものではなく、短いときには数十年で急激に変化することが分かってきた。
ハブール平原、そしてシリア・トルコでは、この急激な気候変動の時代に、人々は自然と直面しながら営々と文化を築いてきた。「自然環境と人間生活の関わり」という古くから言われてきた命題について、新しい地球環境観に基づきながら、さらに調査を重ねてゆきたいと考えている。
図3 図4a,b シリア北東部ハートニエ湖の位置と風景
夏季は湖水位が低下しており、干上がった湖底には塩が析出している。 |
図5a,b ハートニエ湖におけるボーリング調査風景
すべて人力による、炎天下における調査であったため、大変であった。
しかし、良い成果はその疲労も吹き飛ばすものであった。 |
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ハートニエ湖では、6mで湖底泥層の基底に達した。
炭素14年代測定はニュージーランド・ワイカト大学に依頼し、測定結果は暦年補正をほどこした。 |
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図7 ハートニエ湖ボーリングコアから得られた珪藻化石 |
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珪藻化石は淡水から塩水まで産出し、その産出特性から過去の湖水の塩分を推定することができる。 |
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図8a,b ハートニエ湖ボーリングコアから得られた貝形虫化石と植物種子化石
今回の分析では、貝形虫化石は主に塩水環境の指標として、植物種子化石は主に淡水環境の指標として用いた。 |
図9 ハートニエ湖における化石群集の変動と推定された湖水の塩分変動 |
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それぞれの化石の産出状況から、ハートニエ湖における過去の環境変動を推定した。 |
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