「骨のある」研究、博物館、そして展示
東京大学総合研究博物館助教授 諏訪 元
1924年に猿人アウストラロピテクスが初めて発見され、その50年後にルーシーが発見された。ようやくアウストラロピテクスの全貌が知られるようになり、「400万年」の人類史が語られるようになった。ただし、まさに人類発祥を思わせる過去にまでは到達しておらず、そうした状況が1990年ごろまで続いた。アウストラロピテクス段階以前の人類祖先であろう最初の画期的な発見が、1992年のラミダス猿人(440万年前)の発見である。様々な偶然と必然により、東京大学の研究者がこの発見に参画していた。1980年代中葉から現在に至る古人類学的野外調査と、エチオピアと米国、そして日本の研究者との間の、息の長い共同研究体制の賜物である。その成果はラミダスの発見にとどまらず、600万年前近いカダバ猿人から、16万年前、最古の現代型ホモ・サピエンスの研究に至っている。
博物資源としての観点からは、化石の発見そのものが最も重要であるとすれば、同時に問われるのがそれを巡る学術研究である。その成果次第で、博物資源としての意義もまた高められるからである。ラミダス、カダバ、ヘルト、ダカと、共同研究体制の一環として、2003年と2004年に東京大学においてマイクロCT調査が実施された。この研究は現在も継続中であり、その成果は順次公表されてゆくであろう。
今回の展示では、過去の研究成果を効果的にまとめ上げて展示発表するのではなく、専門領域の学術研究における純素材としての博物資源の魅力を訴え、同時にそれらにまつわる研究の「動き」をそのまま表現することとした。同じ古人骨・古人類研究の世界にいる方々、専門分野外の方々、一般の方々の、様々な疑問や科学的好奇心に、果たしてどれだけ答えられるだろうか?ラミダスからヘルトまでについては、今後の研究の見通しをも散りばめながら、随想風の解説を盛り込んでみることとした。
博物館が抱える大きな矛盾がある。それは、その最たる基盤となる質の高い学術標本を新たに創生するためには、第一級の水準で学術研究を展開し続けなければならないことにある。そうした競争世界を重視もしくは許容した博物館環境が、果たして存続するのだろうか?例えば、未来を見据えたキュラトリアル・ワークでさえ、研究の遂行と同時に、それを達成することがいかにむつかしいか。東京大学の歴史における、第一線の研究者による多くのコレクションの継承実態が、このことを如実に物語っている。
現在、本館に収蔵されている第一級の古人骨コレクションを再整備すると同時に新たな研究にも着手している。結果、一見つながりのない「アフリカの骨」と「縄文の骨」に様々な関わりが見えてくる。それは、本学ならではの現在と過去における先端的な「発見」であり、前者を生み出し理解する過程が、後者で代表される学術的積層の中から展開されている様相であり、あるいは時空を越えた研究現場の日常であろう。そうした「動いている」研究とキュラトリアル・ワークの姿を展示で表現してみることとした。