第2部 展示解説 動物界

哺乳類の多様性と
標本から読み取ること

 

 

齧歯目 :

 種数で哺乳類全体の 40% にも達する 30の科、 1700種からなる最大の目である。齧歯目 rodentia の名はラテン語の rodere( 齧る) に由来するが、その名 のとおり最大の特徴は門歯で齧ることにある。上下の顎の先端には伸び続ける長い門歯があり (図 61) 、

 口の奥には歯根の深い大臼歯がある。小臼歯は少ないかあるいはまったくない。頭骨は頬骨弓が大臼歯の外側に大きく張りだしている。頭骨とのバランスでいうと、食肉目などと比較して歯列が中央部に集中しているこ とがわかる ( 図 60) 。この両脇に強力な咬筋があって歯に強い圧力がかかり、硬い食物を噛み砕くのである。 四肢は多くの種で短く、尾はさまざまなタイプのものがある。齧歯目は生息地も森林、草原、砂漠、水中とい たるところに生息し、食性も果実食、葉食、見虫食な どきわめて変異にとみ、1種でも幅広い食性をもつものもいる。

 リス科のムササビ Petaurista leucogenys( 図 62) とホ ンドモモンガ Pteromys momongo( 図 63) はいずれも前肢と後肢のあいだに飛膜をもち、樹から樹へと滑空する。そのため前足の第 5指が異様に長い ( 図 9参照 ) 。 北海道にはタイリクモモンガ Pteromys volans がいる。

 アメリカビーバー Castor canadensis ( ビーバー科 , 図 64) は齧歯目のみならず哺乳類全体をみまわしても ユニークな存在で、その強力な門歯で木を簡単に倒 してしまう。その木でダムを作り、川の水流を調節す るなどして、地域の水系全体にも影響をおよぽす。体の大きさや個体数を考えればこれほどの影響をおよぼす動物はそうはいない。

 ポケットマウス科 ( 図 65) は 60 種あまりの大きい科で、 カンガルーネズミ属はそのひとつの属である。本属は北アメリカの乾燥地帯に生息し、前肢は貧弱で長い後肢で二足歩行をする。尾も長く、これで体を支えたりジャンプしたときにバランスをとる点もカンガルーと似 ている。トピネズミ科 ( 図 66) はユーラシアからアフリカにかけて分布し、乾燥地にすむ。外見も生態もカンガルーネズミとよく似ている。トピウサギ Pedetes capensis ( 図 67) はアフリカ南部の乾燥地に生息する。 体重は 3kg ほどあり、大きい目、長い耳、よく発達した後肢などたしかにウサギに似ており、後肢の強い力で ジャンプにすぐれている。ホリネズミ科はおもに北アメ リカに分布する比較的大きな科で、乾燥地に生息する。 ネズミ科のドブネズミ Rattus norvegicus ( 図 68) は世界中 に分布し、人間の生活空間に最もよく入り込んでいる。 大都会のコンクリートのすきまなどでも営巣し、地下鉄構内などでも見かける。食性の幅が広く、繁殖力も きわめて高い。

 

 ヤマネ科はユーラシア、アフリカにもおり、26種がいる。 齧歯目の中で唯一であるが、盲腸をもたず発酵をしないため、良質の植物や小動物を食べる。ヤマネ Glirulus japonicus (ヤマネ科 , 図 69) は日本の固有種で、北海道には生息しない。体重は 20g ほどしかなく、全体に丸みのある体型をし、背中に黒い線があり、長い尾をもつ。山地の森林に生息し、樹洞に巣を作り、冬は体温の放散をふせぐため球状に丸まって冬眠する。 37 ℃あった体温が冬眠時には 1 ℃にまで下がり、脈拍も 500 回 /分から 50回 /分まで下がり、呼吸は 30分間に1回 となるなど、仮死状態となる ( 芝田 ,2000) 。これはク マ類の浅い冬眠とは対照的である。

 ヤマアラシ ( ヤマアラシ科 , 図 70) は南アジアからアフリカに 10種ほどがおり、頭から背面にかけて長いトゲ をもつ。トゲは硬く鋭く、相手に刺さると容易に抜け、 ダメージとなる。頭骨は鼻腔部分が大きく開いている点と、目が後方に位置している点などが特徴的である。 強力な前肢で地面を掘って球根などを食べる。カナダヤマアラシ Erethizon dorsatum アメリカヤマアラシ科 , 図 71) は北アメリカの森林に生息する樹上生活者で、体重は 15kg 以上にもなる。植物食で、夏は果実や地下部を食べるが冬には樹皮などを食べる。

 

 ツコツコ科 ( ツコツコ属の 1種 Ctenomys sp., 図 72) は南アメリカの乾燥地帯に生息し、穴を掘ってその中 にすむ。ヌートリア Myocator coypus (ヌートリア科 , 図 73) は南アメリカに分布し、齧歯目としては大型で体重が 10kg にもなる。水中生活をし、植物食である。日本 にも侵入して農業被害を発生させて問題となっている。 門歯がよく発達し、下顎の下部が大きく外側に張り出 して、全体として台形となっている。これは張り出した部分に咬筋が付くためである。リス類ではそのよう にならず、顎は平行に近い。ビスカーチャ Logostomus maximus ( チンチラ科、図 74) は体重が 8kg もある齧歯目で、アルゼンチンのパンパスの低木林に生息する。 滑らかなきめの細かい毛皮をもつため珍重され強い狩猟圧を受けている。

 

 パカ、パカラナ、カピパラなどは南アメリカに生息する大型齧歯目で、重量感のある胴体と短い首、短い四肢から受ける全体の印象はイノシシやパクなどに似ている。 パカ Agouti paca( パカ科 ) は中南米のアンデスに分布し、体重が 10kg 近くにもなり、胴体に 4列ほどの白斑列があり、マメジカの模様とよく似ている。頭骨は極端に扁平で左右に広い特異なものであり、大きな共鳴室をもつ ( 図 75) 。パカラナ Dinomyus branickii ( パカラナ科 , 図 76) は森林に生息し、果実食である。カピパラ Hydrochoerus hydrochaeris ( カピパラ科 , 図 77) は体重が 60kg にもな り、ネズミの仲間とはほど遠く見える。水中生活をし、水中では驚くほど器用に動く。第 4大臼歯がはなはだ大きく、植物食である。

 

 マーラとモルモットはテンジクネズミ科に属し、いず れも南アメリカに生息する。マーラ Dolichotis porcellus ( 図 78) は体重が 8kg ほどにもなりアルゼンチンの乾燥した低木林にすむ。四肢が長く、耳も長いのでウサギとよく似ている。モルモット Cavia porcellus( 図 79) はテンジクネズミを家畜化したもので、 頭部が大きく、後肢が長い。野生種は南米の乾燥低木林に生息する。もともとは食肉用に改良されたのだが、現代では実験動物として利用され、その代名詞となっ ている。

 

 

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