4.人と貝のかかわり


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食用貝

 人類による貝の利用として最も顕著な様式は食用としての利用です。日本では300種以上の貝類が何らかの形で食品として利用されています。日本人は世界一貝好きの国民といってもよいでしょう。

 重要な食用種は養殖の対象になります。日本国内の養殖貝の生産高はホタテガイPatinopecten yessoensisが圧倒的に多く、次がマガキCrassostrea gigasです。この2種で食用貝類のかなりの部分を占めます。それら以外に全国的に食料に利用される貝類では、アカガイScapharca broughtonii、サルボウガイScapharca kagoshimensis、イガイMytilus coruscus、ムラサキイガイMytilus galloprovincialis、タイラギAtrina pinnata、ヒオウギガイChlamys nobilis、ツキヒガイAmusium japonicum、イワガキCrassostrea nippona(図4-1)、トリガイFulvia mutica、マテガイ類Solen、サラガイMegangulus venulosa、アゲマキガイSinonovacula constricta、シジミ類Corbicula、バカガイMactra chininsis、ミルクイSchizothaerus keenae(図1-17)、アサリRuditapes philippinarum、チョウセンハマグリMeretrix lamarcki、ウチムラサキSaxidomus purpuratus、ナミガイPanopea japonica、アワビ類Haliotis、サザエTurbo(Batillus)cornutus、エゾバイBuccinum middendorffi、シライトマキバイBuccinum isaotakii、エゾボラ類Neptunea、エッチュウバイBuccinum striatissimum、オオエッチュウバイBuccinum tenuissimum、ツバイBuccinum tsubai、があげられます。


 
 まとまった漁獲がある場合は、イタヤガイPecten albicans、アズマニシキChlamys farreiri(図4-2)、エゾイシカゲガイChinocardium californiense、シオフキMactra veneriformis、オニアサリProtothaca jedoensis、コタマガイGomphina melanaegis、オキシジミCyclina sinensis、カガミガイPhacosoma japonicum、ビノスガイMercenaria stimpsoni、スダレガイ類Paphia、オオミゾガイSiliqua alta、バテイラ類Omphalius、ダンベイキサゴUmbonium giganteum、ツメタガイGlaussaulax didyma、ヤツシロガイTonna leucostoma、ボウシュウボラCharonia sauliae、カコボラCymatium echo、アカニシRapana venosa(図4-3)、オニサザエChicoreus asianus、テングニシHemifusus tuba(図4-4)、ナガニシFusinus perplexus、バイBabylonia japonica、ミクリガイ類Siphonalia、モスソガイVolutharpa ampullaceaなども利用されます。南西諸島では、チョウセンサザエMarmorostoma argyrostoma、ヤコウガイLunatica marmorata、マガキガイStrombus luhuanus、シャコガイ類Tridacnaが流通しています。有明海ではウミタケガイBarnea(Umitakea)dilatataを食用にしています。地域によっては、ヨメガカサガイ類Cellanaなどのカサガイ類も小規模に利用されています。かつては日本各地でタニシ類Cipangopaludinaも食用にされていましたが、現在ではほとんど流通していません。淡水貝は一般に泥臭く、大型二枚貝類のドブガイ類Anodontaは肉量は十分ありますが食用にはされていません。


 

 

 
 潮間帯の軟体動物では、アメフラシAplysia kurodaiは肉量があり、しかも極めて普通に採集できます。これがなぜ食用に利用されないのか著者は不思議に思い鍋でゆでてみましたが、ぶよぶよのゴムの塊のようになり、とても食べられた代物ではありませんでした。貝類は食べても毒ではありませんが、まずいものは食用に用いられません。

 頭足類では、アオリイカSepioteuthis lessonianaが高級品です。その他のイカ類ではコウイカ類Sepia、ヤリイカ・ケンサキイカ類Loligo、ジンドウイカ類Loliolus、アカイカOmmastrephes bartramii、スルメイカTodarodes pacificus、ホタルイカWatasenia scintillans、ソデイカThysanoteuthis rhombusなどが主に利用されます。国産のタコ類ではマダコOctopus vulgaris、イイダコOctopus ocellatus、ミズダコOctopus dofleiniなどが有名です。

 ところで、現在日本の食用自給率はおよそ4割です。この数値は軟体動物を見てもうなずける数値かもしれません。国内の貝類資源は軒並み減少しており、そのため大量の貝類が海外から輸入されています。金額的に最も高級なアワビ類は、世界中の主要な産地から輸入されています。一方、安い「アワビ」はアワビモドキConcholepas concholepas(図4-5、4-6)というチリ産の代用品です(市場名はロコガイまたはチリアワビ)。通常は殻はなく肉のみが冷凍で輸入されています。ハマグリの代用品は中国・韓国産のシナハマグリMeretrix petechialisです。「ムール貝」としてはニュージーランド産のモエギイガイPerna canaliculatusが冷凍品で普通に売られています。バイ類Babiloniaも国内では資源が枯渇したため、東南アジア各国から類似種が輸入されています。イカ類・タコ類も世界中の種類が冷凍で輸入されています。しかし、加工品になってしまえば産地は分かりません。また、日本で食用になる貝類の多くは中国沿岸や韓国にも同種あるいは類似種が分布しています。アサリ、ハマグリ、タイラギ、ミルクイ、マテガイ類などは国内資源の減少をこれらの国々からの輸入で補っていますが、見た目には輸入品には見えません。


 

 

有害貝類

 有害貝類には、人に直接危害を加える貝類と経済的に不利益を与える貝類があります。

 前者の一例は捕食のための毒をもつ貝類です。イモガイ科Conidaeの一種であるアンボイナConus geographus(図4-7)は最も要注意な貝類です。アンボイナは矢のように尖った歯舌に毒を詰めて毒矢のように用い魚類を麻痺させて捕食します。このアンボイナを不用意に捕まえると歯舌で攻撃されます。アンボイナの毒は人間にとっても致死的な強さを持っており、沖縄では「ハブガイ」という通称で恐れられています。大型の個体に刺された場合、数時間のうちに命を失ったという記録もあります。アンボイナの分布範囲は奄美以南のインド—太平洋のサンゴ礁です。幸い南西諸島では生息密度が低いため、陸上のハブに匹敵するほどの被害は発生していません。アンボイナ以外のイモガイ類も毒を持ちますが、人間にとって致命的なほどの強さはありません。もう一つの有毒種の例はヒョウモンダコHapalochlaena fasciataです。房総半島以南の浅海の岩礁に分布しており、咬毒による死亡例があります。


 
 最も多くの人々に甚大な危害を与える可能性のある貝類は寄生虫をもつ貝類です。我が国では、カタヤマガイOncomelania nesophoraの媒介する「片山病」によって多数の人々が死亡し、深刻な被害をもたらしました。片山病は現在では根絶された寄生虫病ですが、かつては広島県片山村、山梨県、福岡県、佐賀県のみに見られる奇妙な風土病として有名でした。カタヤマガイ以外の淡水腹足類も要注意です。大抵の種類は何らかの寄生虫の中間宿主になっています。陸産貝類も安全ではありません。南西諸島以南に多産するアフリカマイマイAchatina fulicaには広東住血線虫が寄生しています。これらの寄生虫が脳に入り込んだ場合は危険であると言われています。地域によっては「生きたナメクジを飲むと声が美しくなる」との俗説があったといいますが、陸淡水貝を生で食べることは極めて危険です。

 人類の生活に損害を与える貝は農業有害種です。我が国における農業有害種の元祖はアフリカマイマイAchatina fulica(図4-8A)です。本種はアフリカ東部原産で、インドや東南アジアを経由して、食用目的として1930年代に沖縄へ移入されました。さらには小笠原諸島にも移入されています。結局、インド−西太平洋の熱帯域に広範囲に広まり、各地で農作物に被害を与えています。小笠原やマリアナ諸島ではアフリカマイマイ対策として、北米産の肉食性の陸貝ヤマヒタチオビEuglandina rosea(図4-8B)が導入されましたが、効果は上がっていません。幸い、奄美諸島以北では冬の低温に耐えることができず、本土では持ち込まれたとしても繁殖できませんでした。南西諸島ではサトウキビなどの農作物に被害を与えています。


 
 アフリカマイマイに匹敵する例としてはスクミリンゴガイPomacea canaliculata(図4-9)が有名です。1980年代に食用の「ジャンボタニシ」という触れ込みで輸入されました。しかし、市場価値がないままうち捨てられ、野外で爆発的に増殖しました。現在では南西日本の水田では最も普通に見られる貝です。本種は繁殖力が旺盛で、水田の稲を食害し損害を与えています。本種は一つ一つ取り除く以外に、有効な駆除法は確立されていません。海産貝類では、水産有用種を捕食する貝類が有害種です。二枚貝類を食害するタマガイ科Naticidaeやカキ類などを食害するアクキガイ科Muricidaeの種がその例です。二枚貝類には付着性の貝類がありますが、何らかの経済的不利益をもたらす付着生物は汚損生物(fouling organism)と呼ばれます。足糸付着型のムラサキイガイは繁殖して、発電所の取水管をつまらせるなどの被害を起こします。カキ類などの固着性の貝類も船舶の船底に付着して抵抗を大きくするため汚損生物の一種です。フナクイムシ科Teredinidaeは木材に穿孔するため、かつて船舶や桟橋に被害を与えました。しかし、現在では金属やコンクリートを用いるため問題にはなっていません。


 



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