2.貝殻の形の多様性


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貝殻の退化

 貝殻を作るにはエネルギーが必要です。堅固な殻を作れば安全ですが、殻を分泌するコストがかかる上に、重い殻は移動のためのエネルギーを消費します。貝殻以外に体の保護手段を確保することができれば、貝殻は作らないほうが経済的です。

 貝殻の退化(degeneration)の第一段階は殻の小型化です。例えば、スカシガイ類Macroschisma、ミミガイHaliotis asinina、ヒメアワビ類Stomatellaなどは肉を完全に納めることができません。そして、小型化した殻はしばしば内在化(internalization)と薄質化が起こります。例えば、ベッコウタマガイ類Lamellariaの殻は完全に外套膜に覆われています。後鰓類では多くの分類群が退化的な殻を持ちます。タツナミガイDolabella auricularia(図2-54)の殻も外からは見えません。さらにアメフラシ類Aplysiaはほとんど石灰化されていない膜状の殻をもっています。


 
 完全に殻を失った種は、多くの後鰓類、有肺類のナメクジ型貝類、内部寄生性のハナゴウナ科Eulimidae、ハチジョウチチカケガイTitiscania shinkishihataiiなどに見られます。有肺類では10以上の科レベルの分類群が貝殻を失ってナメクジ化(limacization)しています。

 殻の退化は化学的防御(chemicaldefense)と関係しています。アメフラシ類やタツナミガイは他の生物を不快にする紫色の汁を分泌します。ウミウシ類は他の生物に対してまずくなる戦略をとると言われています。ミノウミウシ類は背側の突起のなかに刺胞動物の刺胞を蓄えた刺胞嚢(cnidosac)と呼ばれる袋を持っており、防御に利用します。頭足類では、体色変化によるカムフラージュ、墨の利用、ジェット推進による遊泳の能力を発達させることにより捕食者から逃れています。


殻皮

 貝類には有機質の殻皮(periostracum)に覆われる種と覆われない種があります。厚い殻皮を持つ例は、海産貝類ではフジツガイ科Ranellidae(カコボラCymatium (Monoplex) parthenopeum(図2-55)、アヤボラFusitritonoregonensisなど)、イボボラ類Distorsio、ヒゲマキナワボラ類Trichotropis、アルビンガイ類Alvinisoncha、クマモスソガイ Volutharpaainos(図2-56)、イモガイ科Conidae、フネガイ科Archidae、イガイ科Mytilidae、オオシマハネガイ Ctenoides concentricus(図2-57)などに見られます。陸産貝類ではヤマトガイ類Japonia、ビロウドマイマイ類Nipponochloritis、ケマイマイ類Aegistaなどに特徴的な殻皮が見られます。


 

 

 
 一方、タカラガイ科Cypraeidae、タマガイ科Naticidaeの一部、マクラガイ科Olividae、コゴメガイ科Marginellidaeの種は光沢のあるすべすべの殻を形成し、殻皮が全く見えません。

 殻皮は一度剥がれると修復できません。そのため、形成後に長時間が経過した殻頂部では殻皮が剥がれて、しばしば殻の一部が溶食されています。

 淡水、汽水に棲息する貝は厚く黒っぽい殻皮に覆われた地味な貝が主流です。腹足類ではリンゴガイ科Ampullariidae、タニシ科Vivipariidae、カワニナ科Pleuroceridae、トウガタカワニナ科Thiaridaeなどがその例です。淡水、汽水は殻の溶けやすい環境であり、殻皮は殻の溶解に対する保護の役割を持っています。

 殻表の殻皮に加えて、有機質のシートを定期的に殻の間に挟み込んで成長する貝類もみられます。そのような成長様式を持つ貝は淡水、汽水に棲息する二枚貝に多く、イシガイ科Unionidae、カワシンジュガイ科Margari-tiferidae、ヒルギシジミ類Geroinaなどがその例です。海の貝でもクチベニガイ科Corbu-lidaeでは有機質の層が発達しています。


貝殻の色と模様

 浅海性の海の貝類の色彩を生息環境の緯度別に比較しますと、低緯度地方(熱帯地方)に棲息する貝類は高緯度(寒帯)の貝類よりも色彩の変化に富んでいます。また、垂直方向に比較すると浅い所の貝は深い所の貝よりも派手です。この傾向は陸貝にも当てはまります。温帯域〜寒帯の陸貝は総じて褐色で地味です。一方熱帯の陸貝には目を見張るような派手な種がすくなくありません。これは一体どうしてでしょうか。日当たりが良いことと貝殻の色には何らかの相関関係があるようです。海産貝類では有光層(photic layer)より深いところに棲息する貝類では貝殻の色が明らかに地味になります。しかし、貝類の色がどのようなメカニズムで形成されるか、十分に分かっていません。貝殻の色素の形成に関する研究が必要です。

 貝殻の色については原始腹足類に面白い現象が知られています。藻食の貝類は餌となる海草の色によって影響を受けています。例えば、サザエTurbo(Batillus)cornutusを特定の海藻で飼育すると、偏った色のサザエを作ることができます。そして、飼育の途中で餌の海藻の種類を変えれば2色に染め分けられたサザエができるのです。同様の現象はアワビ類Haliotisにも見られます。種苗生産されて放流されたアワビでは人工餌料の影響で鮮やかな緑色になります。天然環境に放流された後は褐色に落ち着くためやはり2色のアワビができあがります。

 貝の模様は種内ではほぼ一定です。ところが、模様に多型が存在する例が知られています。陸産貝類のオナジマイマイBradybaena Similarisでは有帯型と無帯型があります。この多型は遺伝的に決まっていることが知られています。同様に日本のマイマイ類Euhadraでは、ある決まったパターンの色帯が出現します(図2-58)。


 
 模様の変異の激しさではアサリRuditapes Philippinarumの右に出るものはありません。アサリの模様にはいくつかの決まったパターンが存在するのですが、多型というよりはむしろ連続的に変異します。左右対称の模様が基本的ですが、なかには非対称の模様もあります。ハマグリ類Meretrix、コタマガイGomphina melanegisなども比較的変異の激しい二枚貝です。すなわち、マルスダレガイ科Veneridaeに色彩の変異の激しい種が多いといえます。イタヤガイ科Pectinidaeも色彩変異の多い分類群です。例えば、日本のヒオウギガイMimachlamys nobilisでは赤、紫、黄色、オレンジなどの鮮やかな色が出現します。

 左右で模様が違う例は、イタヤガイPectenalbicans、ツキヒガイAmusium japonicum、ホタテガイPatinopecten yessoensisなどのイタヤガイ科Pectinidaeに目立ちます。どの種も常に右殻を下にして横たわっており、日が当たらない方の右殻が白くなるという共通性があります。

 成長とともに色彩が変化する例もあります。例えば、ミズイリショウジョウガイSpon dylus variusは、幼貝は赤褐色に彩色されていますが、ある段階から突然白い殻を形成します(図XV)。


 



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