9 「模型(レプリカ)」と「贋作(フェイク)」は紙一重





 考古遺物の場合、模型(レプリカ)と贋作(フェイク)に本質的な違いはない。学術研究目的のために造られた模型、さもなくば土産品として造られたものを、「ホンモノ」と称して売りさばけば、それは立派な「贋作」である。「『本物』を模擬し、偽造したものが、模型であるかニセ物であるかというのは、その機能と社会的価値が、公にされているか隠されているかということである。エンジンのない木製の実物大の飛行機を、飛ぶものとして売ればニセ物であり、飛ばないものとして売れば模型である。(これには『売り買い』という関係を欠かすことはできない。私たちには対象物への売り買いといったような関わり方によってのみ、本物、ニセ物という区分けがあらわれる。エンジンのない木製の飛行機を、売り買いといった所有に結ばれた関わりをもたずに、漠然と眺めているかぎり、それはただ『エンジンのない木製の飛行機』である)」(赤瀬川原平『死産したニセ札』、1969年)。しかし、これはもっとも単純なケースであり、たとえば、一部とはいえオリジナルを含むかたちで復元された「模型」をどのように位置づけるべきなのだろうか。現に手の込んだ「贋作」のなかには、構成要素の一部に「ホンモノ」を含むものも多く、なかにはすべてのパーツが「ホンモノ」であるにもかかわらず、全体としてはありもしないものの捏造物にすぎないものとなっているケースも存在する。


9-1 (一部がオリジナル)
イラン、ギャプ遺跡、紀元前4000年、高12.5、最大径23.3、総合研究博物館考古美術部門蔵

 1960年代に石膏復元されていたものに、模型をもとにして2000年に彩色を施した。そのため、欠損部を復元した箇所については、オリジナルと模型との関係が転倒している。

9-2 イランのギャプ遺跡(紀元前4000年)で発見された(同上の模型)
高12.5、最大径23.3、1960年代制作、総合研究博物館考古美術部門蔵

 一部が仮想的に復元された原型を、復元部分を含めて模型化している。そのため、これは「オリジナル」の純然たる模型とは見なし難い。


9-3 イランのギャプ遺跡(紀元前4000年)で発見されたゴブレット(模型)
高22.0、最大径16.0、1960年代制作、総合研究博物館考古美術部門蔵

 東京大学の調査隊が発掘し、持ち帰ったもので、学術用の模型を製作した後、オリジナルはテヘラン博物館へ返却された。注意して見ると、本来あってはならない欠損部や傷の部分にまで釉薬が及んでおり、レプリカであることが見て取れる。

9-4 イランのギャプ遺跡(紀元前4000年)で発見されたゴブレット(模型)
高16.0、最大径12.2、1960年代制作、総合研究博物館考古美術部門蔵

 オリジナルはテヘラン博物館。

9-5 イランのガレクティ遺跡(紀元前1000年)で発見された水注形土器(模型)
高13.6、最大長30.8、1960年代制作、総合研究博物館考古美術部門蔵

 オリジナルはテヘラン博物館。学術用の模型として複製されたものと考えられる。これほど特殊な形態の土器が無傷のまま出土することはほとんどなく、また表面が綺麗過ぎることなどから、専門家にとっては紛れのない模型である。

9-6 鉢(一部がオリジナル)
イラク、サラサート遺跡、紀元前5000年、高5.7、最大長17.1、総合研究博物館考古美術部門蔵

 1960年代に石膏復元。残存部分が僅少であったため、彩色されぬままある。発掘品の復元作業に熱中し過ぎると、過剰復元の罠に陥る。オリジナル部分が1、2割しかなくとも、はたして「ホンモノ」と呼べるのか。

9-7 (一部がオリジナル)
イラク、サラサート遺跡、紀元前5000年、高5.3、最大長8.7、総合研究博物館考古美術部門蔵

 1960年代に石膏復元、復元に疑問があるため彩色されぬままある。


9-8 石製容器(一部がオリジナル)
イラク、サラサート遺跡、紀元前5000年、高8.3、最大長10.3、総合研究博物館考古美術部門蔵

 1960年代に石膏復元、復元に疑問があるため彩色されぬままある。これもまた過剰復元のケースではあるが、ごく僅かな断片からこうした器形を組み立てる研究者の「想像力=創造力」には敬意を表したい。



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