緒言




 われわれの社会は多くの「コピー」に取り囲まれている。もちろん「コピー」とひとくちに言っても技術の粋を集めた精密なレプリカから、写真や印刷物などの複製、さらにはニセモノとして蔑まれるものから、模写、贋物、再現、模型、フェイク、まがいもの、もどき、そして最近では物性を伴わないデジタル画像やヴァーチャル・リアリティまで、その指示対象は広汎にして、様態もまた多様である。そのため、何をもって「コピー」とするのか、その輪郭を規定することは必ずしも容易でない。

 しかし、確かなこともある。すなわち、「コピー」がまた「コピー」を呼ぶというようにその野放図な氾濫は止めどなく継起し、それと反比例するかのように、「コピー」の存在を先駆ける「オリジナル」の影が薄くなりつつあるということである。「オリジナル」こそ正統であり、その存在がアプリオリにして絶対不可侵であるという伝統的な価値観は崩壊の危機に瀕している。代わりに、「コピー」でも充分に用は足りるとする機能主義的な思考がいまや凱歌を上げようとしているのである。

 本特別展示「真贋のはざま——デュシャンから遺伝子まで」展では、こうした時代認識に立って、「コピー」されたもの、「コピー」をすること、「コピー」を用いること、「コピー」の上に成り立つ、否、「コピー」でしか成り立ち得ぬ事柄や行為など、広くコピー現象と包括的に言い表せるものが、われわれの生存をどのように取り巻いているのかを改めて問うてみることにした。

 当然のことながら、「コピー」の問題を俎上に乗せることは、その対概念であるところの「オリジナル」の存在様態を問うことに通じる。ばかりか、ホンモノとニセモノ、真と贋などの認識や言説を成り立たせる、コピー/オリジナルという伝統的な二項対立図式がいかにまやかしに満ちたものであるか、その虚構性を暴いてみせることにもなるであろう。「コピー」は容易に定義し難い。それと同様、「オリジナル」と称する/称されるものも安直な定義を拒んでいる。しかし、われわれの観察するところによると、ものごとの生成の根幹には多くの場合コピー現象が認められる。もしそうだとすれば、「コピー」されたものは「オリジナル」でないと断ずる前に、一般常識を転倒させ、「オリジナル」と称する/称されるものこそ「コピー」の結果にすぎないのであると言い切ってみてはどうだろうか。

 本特別展示は、平成12年度から平成13年度前期にかけて行われた博物館工学ゼミの研究成果を広く内外に公開するためのものである。一つの展覧会をその企画から開催まで体験的に実習する。この呼びかけに応じて延べ百名を超える学生、大学院生が集い、企画の検討から、展示物の選択・借用、展示の組立、図録の執筆と編集、さらには広報から記録まで、1年半にわたり継続的に分担作業を行うことになった。もちろん、参加者の数は企画の成果に直結するわけではない。ゼミの最終到達目標である展示・図録の内容については、大方の叱声を待たねばならない。

 本特別展示の実現にあたっては、多様な専門分野の研究者、研究グループ、団体から多大なご支援を頂いた。いちいち名前は掲げないが、専門家としてゼミの特別講師を引き受けて下さった方々をはじめ、各種調査研究にご協力頂いた公立研究機関と民間企業、さらには貴重な標本・資料の借用・出品をご許可下さった美術館と所蔵者各位など、本展の実現にご協力頂いたすべての機関・個人に対し、この場を借り改めて御礼申し上げたい。


平成13年10月
西野嘉章 東京大学総合研究博物館



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