学 史

縄文人の埋葬骨

− 諏訪 元 −



写真1 岡山県津雲貝塚遺跡、1919年撮影と思われる。


写真2 長谷部らによる1919年の津雲貝塚調査、
18号、19号、20号人骨の出土。

縄文時代の埋葬人骨が土中に埋もれたままの状態で観察できないものであろうか? 今回は津雲貝塚出土の保存良好な個体と、ばらばらな骨10数個体分からなる保美貝塚の集積埋葬骨が土中に埋没している状況を立体的に再現してみた。


写真3 長谷部らによる1919年調査の
津雲貝塚第19号人骨の出土状態。


今回展示する津雲貝塚人骨は標本番号131643、標本名は当館人類先史部門の表記システムにより津雲('19.12.)19号人骨と登録されている成人女性の全身骨である。長谷部言人(当時東北帝国大学、1938年から本学人類学教室)が1919年12月に行った発掘調査で出土した19号人骨の意味であり、当時の記録が残っている場合は調査状況を辿ることができる。残念ながら、津雲('19.12.)19号人骨の詳細を扱った出版記録は存在しないが、長谷部が津雲貝塚人骨全般の埋葬形式と抜歯を取り上げた論考が人類学雑誌に掲載されている(長谷部1919、1920)。一方、当館人類先史部門で保管している古写真の中には「津雲貝塚」との表題のもとに整理されている31枚の焼き付け写真があり、その中には津雲('19.12.)19号人骨の発掘状況のものが含まれている。津雲('19.12.)19号は他の多くの縄文時代の埋葬骨と同様に屈葬の一例であるが、腰はおおよそ水平に置かれ、両膝を右側に傾けた形であったことが古写真から読み取れる。


写真4 鈴木らによる1965年の保美貝塚調査、A集積の出土。



津雲貝塚(岡山県)は今日でも日本を代表する縄文人骨出土遺跡の一つであり、1920年までに、当時、類例を見ない170体分以上の縄文人骨が発掘された。これらの資料の収集には地元の者も加わりながら、長谷部のみならず、大阪医科大学の大串菊太郎、京都帝国大学の清野謙二らが、特に1918年から1919年にかけて競いあって行ったようである。中でも清野らが発掘した人骨群は計測可能な頭蓋骨40点ほどを含み、初めて統計学的手法を用いて縄文人を特徴づけする基盤となった(清野・宮本1926など)。当館に収蔵されている津雲貝塚の縄文人骨は、長谷部が1919年に2回にわたって行った発掘調査による20数体分とそれ以前に収集されたもの若干からなる。

写真5、6 津雲('19.12.)19号人骨の立体再現に挑戦する坂上和弘氏(形態人類学)。
今回の展示では立体的に埋葬状況を再現するが、このためには高度な専門知識と技能が必要である。一見特徴のない小さな破片をくまなく比較検討し、つなぎあわせる。骨の保存が悪く強度が不足している場合、補強剤を浸透させて強化する。必要に応じ、欠損部を樹脂で整形する。こうしてでき上がった全身に渡る「部品」を、手の骨の細かい集合から体幹の複雑な全体まで組上げ、埋葬状態の全貌を再現する。通常のいわゆる交連骨格標本は金具などの連結具を骨に埋め込みながら姿勢を造っている。貴重な古人骨標本にはそのような措置は許されない。


写真7 鈴木らによる1965年の保美貝塚調査、A集積の発掘採集。


今回展示する保美貝塚人骨はA集積として知られ、1965年に鈴木尚らによって発掘されたものである。この人骨群の詳細を扱った出版記録はないが、発掘当時の写真資料、手書きの図面などが当館人類先史部門に保管されている。保美貝塚(愛知県渥美半島)は近隣の伊川津貝塚、吉胡貝塚と共に縄文人骨を量産する代表的な貝塚遺跡として名高い。その存在は、1904年から学会誌に報告されているが、縄文人骨の収集は1922年、本学解剖学教室の小金井良精らの調査に始まった。本館人類先史部門にはこれらの標本と、その後、1941年ごろと1960年代中庸に発掘されたものが収蔵されている。今回の展示にあるA集積は10個体分以上の骨からなり、個体ごとのまとまりが明らかでない状態で出土した。当時の図面をもとに可能な限り埋葬状態を再現してみた。類似した集積墓は全国でも少数例知られているに過ぎないが、1984年の渥美町教育委員会の発掘調査によって発見された伊川津貝塚の例については再葬墓としての性格が詳しく考察されている(春成1988)。



写真8 保美貝塚調査A集積の出土状態の再現展示
(「デジタルミュージアム2000」会場にて)

写真9 津雲貝塚第19号人骨の出土状態の再現展示
(「デジタルミュージアム2000」会場にて)

参考文献

  1. 長谷部(1919)石器時代人の抜歯に就いて。人類学雑誌34:385−392.
  2. 長谷部(1920)石器時代の蹲葬について。人類学雑誌35:23−28.
  3. 清野・宮本(1926)津雲貝塚人人骨の人類学的研究、第二部、頭蓋骨の研究。人類学雑誌41:95−140、151−208.
  4. 春成(1988)埋葬の諸問題。「渥美町埋蔵文化財調査報告書4、伊川津遺跡」渥美町教育委員会編:pp395−420.