壷や人骨などの実物資料も、 レーザー利用の3次元デジタイザや各種のセンサーにより デジタルアーカイブされ、さまざまなデータの集合体として表現できる。
例えば一つの壷は、3次元デジタイズデータ、CADデータ、 表面のテクスチャーデータといった外観再現用のデータだけでなく、 X線CTのデータや、釉薬の化学分析データ、さらには図案の解説から、 制作手法に関する分析まで、さまざまなデータが結びつけられ、 それらのデータ群全体が関連しあった実体として データベースの中に「収蔵」されるのである。
このように資料を精緻に電子化することにより、 オリジナル資料へのアクセスの必要性を減らすことができ、 将来的にも資料の傷みを最小限にすることが可能になる。
視覚情報によりかかってきた従来の博物館の枠を越えて、 聴覚やさらには触覚など、広い感覚 —— マルチメディアで資料を「公開」する。
各所に情報端末をおき来館者の関心の流れにそって変化する展示を行ったり、 個々の人の必要に応じて、使用言語を他の言語に変えたり、 動画像から音声までマルチメディアを利用した解説を行う。
さらに無線によってネットワークに接続することのできる 携帯型の情報端末を利用者が持ち歩くことで、 館内のどこにいても自由に情報検索が出来るようになる (詳細については、「デジタルミュージアムを支える技術」の 「見せ方の多彩化」 の項を参照のこと)。
テル・サラサート第2号丘XV出土
また、視覚、聴覚だけでなく、 触覚による展示のためにレプリカ作製装置を導入した。 これによりデジタルアーカイブに「収納」した立体資料を、 レプリカとして「取り出す」ことができる (詳細については、「デジタルミュージアムを支える技術」の 「レプリカ」の項を参照のこと)。 簡単に再生可能なレプリカなら、破損を恐れずに自由に触ってもらえる。 レプリカ作製時にもとのデータを加工することで、 スケールを変えたり、微細なゆがみや凹凸を強調したりといった、 理解を助けるための特殊なレプリカを作製することもできる。
さらに、博物館館内やレプリカなどに 各種のセンサーとコンピュータを仕込むことで、 「本来の現実をコンピュータによる反応で強化する」 という強化現実技術を利用して、それ自身が質問に答える展示物や、 注目されている部位に合せてより細かい解説を行う展示物、 樹脂のレプリカが叩かれたときに陶器の硬質の音を返すといった 一種のシミュレーションなども可能になる。
このようなマルチメディア展示能力は一般の人の理解を助けると同時に、 いままで博物館の恩恵を受けられなかった様々の障害を持つ人々にも 門戸を開くことにつながる。
蓄積した資料をインターネット経由で世界中から一瞬に検索したり、いろいろ な所で同時に利用できる。
さらに、電子化の際に各種関連情報を関連づけ マルチメディアデータベース化するので、音声や動画はもちろん、 3次元データなどもネットワーク経由で入手できるようになる。 そのため立体物上の距離を測るといったことも ネットワーク経由で行うことが出来るようになる。
このようなバーチャル展示により資料の利用価値は格段と高くなり、 これらの資料を利用した研究を促進させることになろう。
数百万枚の写真がデジタルで収められるデータ量である。
基本システムの中核となるのが、500ギガバイトにもおよぶ 容量のディスクアレイ装置を備えたサーバーである。 デジタルアーカイブのために、それぞれのデータの特質に合わせて、 Photo-CD、動画、音声などの形で資料のデータを保存する。
館内には155Mbpsで伝送が可能なATMネットワークが構築されており、 大容量の動画データも ビデオオンデマンドシステムにより、 サーバーからネットワークを介して 館内の汎用端末へ高速で配信することが可能である。
また、館内の展示ホールには来館者が自由に情報を検索できる タッチパネル式のプラズマディスプレイ端末を設置するとともに、 講義室とミューズホールには大型映像表示装置や音響装置、 各種コンピュータを利用した効果的なプレゼンテーションシステムが 導入されている。
これらのシステムはAV環境コントロールシステムにより、 各種AV機器やコンピュータだけでなく室内環境までが、 タッチパネルで簡単に集中制御できる。
その他、2048×2048ピクセルのフルカラー高精細画像表示装置、 6000dpiの精度でフルカラー入力可能な高精度スキャナー、 また3D映像を作製し、 それを立体視することができるシステムなどが導入され、 マルチメディアを駆使した臨場感あふれる展示を実現することが 可能となっている。
3次元のモノの形状をコンピュータの中に取り込む装置
3次元映像を立体視することができる装置
また、館内のシステムはUTNet2 東京大学学内システムに接続され、 そこを経由して全世界にマルチメディア情報を発信することも 可能となっており、 まさに開かれた博物館を目指す東京大学総合研究博物館の 世界に対しての重要なインタフェースとなっている。
このような問題点とその解決のために、 我々は古今東西のあらゆる文字を収納できるコード体系の枠組み —— TRONコードを開発し、 さらにその表示のためのフォントの開発も行っている (詳細については、「デジタルミュージアムを支える技術」の 「漢字処理」と 「活字から電子文字へ」 の項を参照のこと)。
しかし、単に説明文を読んだり、画像をディスプレイで見るだけでなく、 実際に博物館に行って資料を調査するのに近い環境を与えようとすると、 文字とディスプレイレベルの画像を中心とする現状のWWWでは限界がある。
デジタルアーカイブで述べたように、 例えば一つの壷についても各種のタイプのデータが存在する。 それらの —— おそらく無限にデータタイプが増えるような —— 多様なデータを結びつけ、 一つの「収納物」としてオブジェクト化する枠組みが必要であり、 さらにそれを扱えるような博物館用のWWWブラウザが必要とされる。
例えば、立体物上でのある点からある点への距離を測りたいとか、 資料を画面上で見ながら位置ぎめをして そこを自由な倍率で拡大して見たいとか、 さらに資料上にマーカーで仮想的にマークを付けて保存したいといった 要求が挙げられている。 さらに、このような作業をネットワーク上の複数の研究者で 共同して行いたいという要求が強い。
これらの実現のため、TRONのデータ規約であるTAD仕様を拡張し、 多様な情報が時空座標で相互に対応関係をとった形で統合できるような オブジェクトデータフォーマットを開発し、 それらを取り扱える博物館用のWWWブラウザの開発を行っている 。
さらに、コンピュータに詳しくない一般の研究者にデジタルアーカイブされた 「収納物」を取り扱わせ、複数の研究者の共同作業を助けるといったことを 考え、MUD (Multi User Dungeon) の枠組みを利用した Multi-Media Virtual Environment System を開発した (詳細については、「デジタルミュージアムを支える技術」の 「MUD」の項を参照のこと)。
このため、TRONプロジェクトで仕様設計されたBTRON仕様OSを PDA向けに改造したμBTRON仕様OSを利用した携帯端末を導入した。 コンパクトで省資源のOSであるため、消費電力を低くすることができ、 ハードウェアを小さく軽く安価に作ることが可能で、 またバッテリの持続時間も単三形乾電池2本で50時間と長い。
このような携帯端末に、無線LANと位置認識の機能を組み合わせ 博物館用の携帯端末とし、これを来館者に貸し出す。これにより、 展示物のある場で個々の利用者の興味に応じた解説を引き出したり、 大きな展示物については さらにその表面の個々の位置に応じた解説や内部画像等を表示させたり、 目の不自由な利用者には 音声で提示物の説明を行ったり文字情報を読み上げるといった パーソナライズ化を可能にすることを考えている (詳細については、「デジタルミュージアムを支える技術」の 「パーソナライズ」 の項を参照のこと)。
また、音声合成 / 認識機能を持ったPCカードを組み込み、 音声で使えるコンピュータのために開発している音声インタフェースと合せ、 目の不自由なユーザーのための 本格的な博物館用携帯ブラウザ端末を実現する予定である。
今後も、 コンテンツのデジタル化と並行してこのような技術の開発を継続的に行い、 今後日本で順次増やされていくと考えられるユニバーシティミュージアムや、 既存のミュージアムで利用できる「デジタルミュージアム」技術体系として まとめ上げたいと考えている。
さらに、このことにより、広く博物館、美術館のコンテンツの デジタル化フォーマットが標準化されれば、ネットワーク経由で標準化された デジタルミュージアムのコンテンツがリンクされ、 それらが統合された膨大なバーチャルミュージアムを、 ネットワーク中に構築することも可能になる。
これのような基盤の提供により、 我々の研究が世界的な文化・学術・産業にわたり 多大な貢献をするものと確信している。
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