一方、農学部の森林植物学研究室で所蔵する約8万点の標本には、 倉田悟教授が同定した600種のシダのタイプ標本や、 木材解剖学研究に欠かすことができない 木材標本と材鑑2万点、 プレパラート2万枚が含まれている。
森林植物部門の沿革および現在行われている森林における生物の営みに関する 研究の一端を紹介してみよう。
昭和18年には、農学部の直轄講座から林学科に所属する講座となり、 森林植物学・林木育種学の猪熊泰三教授が初代講座担任として 研究室を引き継いだ。 昭和29年には森林植物学講座と講座名も改称し、 昭和40年には森林植物学・民俗学の倉田悟教授、 昭和54年には森林植物学・樹木学の濱谷稔夫教授、 平成元年には森林植物学・森林保護学の鈴木和夫教授が担任し、 現在に至っている。
最近、DNAを調べることで、 生物種の系統関係を明らかにすることが普遍的な手法として確立されてきた。 そこで、DNAマーカーとしてRAPDという方法を用いて 系統関係を調べてみたところ、DNAによる系統関係は 苞鱗などの形態による従来の分類とほぼ一致することが明らかにされたものの、 アメリカカラマツのように 同じカラマツ節の中でも遺伝的に大きく異なる種が発見された。 カラマツ属の系統関係については 現在も北海道演習林を中心として研究中である。
このようにDNAを調べることで、 カラマツ属のように地球規模で広く分布する 樹木の遺伝的な類縁関係をはじめ、 森林における樹木同士の遺伝的なつながりといった 局地的な関係まで明らかにしていくことが可能となっている。
森林の中の樹木や草などのほとんどの植物が、 土の中に存在する微生物と共生しながら生活していることについて、 どれほどの人が知っているであろうか。 植物や昆虫、動物といったものは肉眼で観察することが出来るが、 微生物となると肉眼ではほとんど観察することが出来ないため、 普通人の目につくことはない。 しかし、木々の葉が色づく頃、 森の中で人知れず生活していた菌類が子実体であるキノコを形成すると、 その多様さに人々は驚く。 そのようなキノコの約半分は、 マツやブナなどの樹木と共生する微生物なのである。 共生微生物を認識する方法は他にもある。 山道でよく見かける、ヤシャブシやケヤマハンノキ、ヤマモモ、 ドクウツギなどの樹木の根を掘り起こしてみると、共生微生物の一つである フランキアによって形成された根粒を見ることが出来る。
また、マメ科植物であるクローバーやハリエンジュなどの根にも、 根粒菌によって形成された根粒を見ることが出来る。 これらの共生微生物はいずれも植物の成長を助けながら、 また自らも植物に助けられながら生活しているのである。
1992年の世界的な科学雑誌 Nature には、 世界で最大・最長寿命の生物としてナラタケが取り上げられた。 このナラタケはRFLPやRAPDでDNA解析され、1個体で15ヘクタールの広がりに 10トンの重さをもち寿命1,500年と推定された。 森林の共存者としてのこれらキノコの意義は、 今後グローバルな観点から明らかにされていくことであろう。 現在、森林植物学研究室ではマツ林を対象として 森林生態系における共生関係の解明に取り組んでいる。
猪熊教授の後を受けて森林植物学講座の担任となった倉田悟教授は、 1964年から1976年にかけて、 それまでの森林樹木に関する分類学の成果の集大成として 「原色日本林業樹木図鑑 (全5巻) 」を著した。 また、その抜刷である倉田悟・濱谷稔夫著 「日本産樹木分布図集 (全5巻) 」も同時に出版された。 これらは、正確かつ詳細なカラー図版や、 全ての産地を標本等で確認した点分布図において 学術的に高い評価を受けている。 また同時に、倉田教授の樹木にまつわるエッセイを収録している点で 異彩をはなっている。 そして、このような植物の分類方法の基準となる、 リンネの「植物の種 Species Plantarum (1753年) 」 の初版本も展示する。
展示品名 | 大きさ | 年代 | 備考 |
---|---|---|---|
原色日本林業樹木図鑑 (全5巻) | W450×D300×H30mm | 1964〜1976年 | 倉田悟著・日本林業技術協会編、地球出版 |
日本産樹木分布図集 (全5巻) | W450×D300×H30mm | 1964〜1976年 | 倉田悟・濱谷稔夫著、原色日本林業図鑑抜刷 |
東京大学農学部附属秩父演習林主要林木材鑑 (木材標本) | W620×D420×H120mm | 1952年制作 | 製作 : 東京大学農学部附属演習林、製作指導 : 猪熊泰三 |
植物の種 (Species Plantarum) 初版 | W300×D210×H800mm | 1753年 | リンネ著 |
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